317 同級生のお母さん
藤城皐月と入屋千智はイオンのスターバックスにいた。皐月は千智に修学旅行の土産話をしていた。千智は修学旅行実行委員会の話や、旅行1日目の京都での班行動の話を興味深く聞いてくれた。
千智は6年生になったら実行委員になるつもりでいるので、委員会でどんなことをしているのか興味があるようだ。班行動の話は観光地の選定までのエピソードが面白かったみたいだ。
二人ともドリンクを飲み終えたので、店を出ようとした。容器を片付けに店内に入ると、千智に手を引かれた。
「どうした?」
「あの人、この前一緒にドッジボールをした人だと思うんだけど」
少し離れたところにいたのは皐月の同級生の松井晴香だった。母親と一緒に買い物に来ているようだ。
皐月と晴香の目が合った。これで無視してやり過ごすわけにはいかなくなった。皐月は千智を連れて晴香のテーブルへ行き、晴香とお母さんに挨拶をした。
「こんにちは」
皐月は第一声をなんて言おうか迷ったが、とりあえず母親向けに丁寧な挨拶をした。千智はキャップを取って頭を下げた。
「こんにちは。今日はデート?」
「買い物。修学旅行に履いていく靴を買いに来たんだ」
皐月は晴香に「こんにちは」なんて言われたことがなかったので、おかしくなって自然と笑みがこぼれた。
だが、筒井美耶の事を考えると後が怖い。美耶は皐月に好意を寄せていて、晴香は美耶の想いを知っている。親の前で責められることはないが、後日学校で何を言われるかわからない。
「お母さん、彼が藤城君」
「はじめまして。藤城皐月です。彼女は入屋千智さん」
「はじめまして。晴香の母です。あなたが藤城君なのね。晴香からよく話を聞いてるわ」
「ちょっとお母さん、そんなに話なんてしてないでしょ!」
晴香が真っ赤な顔をして狼狽している。こんな姿の晴香を学校で見ることがないので、皐月はつい笑ってしまった。
「藤城さん、いつもこの子と仲良くしてくれてありがとう。この子って気が強すぎるでしょ? みんなに迷惑をかけていないかしら?」
「そんなことないですよ。晴香さんはみんなから慕われています。晴香さんのおかげでクラスの女子がまとまっているから、僕たちのクラスはすごく居心地がいいんです」
「まあっ……そんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいわ」
母親の前で褒められれば、晴香も悪い気はしないだろう。ここでポイントを稼いでおけば、自分への風当たりが和らぐかもしれない。
皐月はこんなずるいことを考えていたが、晴香のお陰でクラスがうまくまとまっているのは事実だ。それに、皐月と晴香はなんだかんだ仲がいい。
「じゃあ僕たちは行きます。松井、また月曜日学校で」
「うん……」
皐月は松井母娘に手を振って、千智とスターバックスを後にした。これからどうするか決めていなかったので、もう少し店内をぶらぶらと歩くことにした。
「松井は博紀のファンクラブの会長なんだ」
「そうなの? 松井さんって皐月君のことが好きなのかと思った」
「全然! あいつは博紀のことが好き過ぎて、博紀以外の男子なんてまるで眼中にないんだ。気が強いし、男子はみんな松井のことを怖がってる」
「だからお母さんはあんなこと言ったんだね」
晴香のお母さんは明るくて優しそうで、気が強そうには見えなかった。晴香の優しいところはお母さんから引き継いだのだろう。
「皐月君が同級生の女の子と丁寧な言葉で話してるの、初めて見た」
「俺も焦ったよ。よりによって松井と会うとは思わなかった。しかも親と一緒にいたし。同級生の親と話すのって緊張するよな」
「全然そんな風に見えなかったよ。私もお母さんに皐月君のこと、紹介したいな」
「いつでも紹介してよ」
「うん。家が落ち着いたら家族に紹介するね」
皐月は晴香の母と会ったことがきっかけで、千智の祖母のことに意識が向かった。これ以上のデートは自粛して、千智に病院に戻るよう提案した。千智も同じことを感じたのか、素直に皐月の言うことを受け入れた。