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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第6章 穏やかな日々の終わり
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252 名前で呼んでもらいたい

 藤城皐月(ふじしろさつき)は同級生の月花博紀(げっかひろき)のことを思い出していた。

 目がクリっとして、黒目が大きい博紀は女子の間で人気があり、クラスではファンクラブまである。そんな博紀だが、ファンクラブができるまでは女子の間で盗撮写真が出回っていたことがあり、SNSに上げられたりして困っていたことがあった。

 SNSに強い新倉美優(にいくらみゆ)と、博紀のことが好きなクラスのカースト最上位の松井晴香(まついはるか)が手を組んで、博紀を守るためにファンクラブを作った。

 美優がSNSに写真を上げている女子を特定し、晴香たちがその子らに圧力をかけた。これで完全に博紀の盗撮がなくなったわけではないが、見つけ次第そのつど対処をしていたので、盗撮騒ぎは次第に沈静化していった。

 皐月は博紀を近くで見てきたので、入屋千智(いりやちさと)の憂鬱がよくわかる。皐月は芸妓(げいこ)明日美(あすみ)が外ではいつもサングラスをしているのを思い出した。

 明日美が素顔を隠しているのも、千智と同様、盗撮を警戒しているためかもしれない。同じ芸妓の(みちる)(かおる)はまるで警戒をしていないし、満はカメラを向けられたら喜んで被写体になりそうな気がする。

「先輩も気をつけた方がいいよ」

「えっ? 俺が?」

「先輩も格好いいから、写真撮られそう」

「それはないって。何言ってんの?」

「自覚ないんだ……」

「自覚?」

「そう。先輩って自分が格好いいことに気付いていない」

 皐月に自覚がないわけではない。最近では背が高くなったとか、格好良くなったと言われているし、自分でもそんな気がしている。鏡を見ると、顔立ちが以前よりもシャープになったような気もする。だが、こんなことは相手が千智でも言えることではない。


「さっき先輩が水野さんたちを連れて出てきた時、変なオーラが出ていた」

「何だよ、その変なオーラって?」

「そんなのわかんないよ……」

 千智を前にした江嶋華鈴(えじまかりん)の様子は明らかにおかしかったが、千智まで様子がおかしくなっている。皐月には千智の機嫌があまりよくないように見える。千智に対しても何か失敗したのだろうかと考えたが、思い当たることがなかった。

「でも、変なオーラって言っても、悪いわけじゃないよ。どちらかといえばいい方っていうか、魅力なんだけど……」

「っていうことは、変な魅力があったってこと?」

「んん……まあ、そうかな」

「じゃあいいや」

 千智の言う「けど」が気になったが、いいならなんでもいいやと開き直った。なんなら千智から少しくらい悪く思われていても構わないとさえ思った。皐月の千智に対する意識がいつの間にか変わっていた。


 千智に先立って、皐月は歩道橋の階段を下りはじめた。千智が後から追い付いてくるのを待って、二人並んで階段を下りた。

 皐月は今までこの辺りを自転車で走ったことがなかったので、千智の通学路は新鮮だった。街路樹が植えられている歩道は広々として、歩きやすい。平成や令和の風情の住宅街の中に、ところどころ昭和の建物が入り混じっている箇所があって、味わい深い(おもむき)を出している。

「ねえ、先輩?」

「ん? どうした?」

「さっきからずっと黙っちゃってる。私と二人でいても楽しくない?」

「そんなことないよ。何言ってんだよ、千智。そんなわけないじゃん! ただ、この辺りは歩いたことがなかったから、ちょっと街並みが珍しかっただけ。でも、こういう風景って商店街で育った俺には少し寂しい風景かな」

「また寂しいって言った……。先輩、今日はいつもと違うね。どうかしたの?」

 千智の表情が曇っている。今日は誰よりも自分が一番おかしいのかもしれない。

「いや……別にどうもしてないよ」

「私がさっき変なこと言ったから、気にしてるの?」

「ああ……俺から変なオーラが出てるってこと? 別に気にしてないよ。それに魅力があるって言ってくれたんだから、嬉しいし」

 皐月は立ち止まった。千智も遅れて立ち止まり、皐月の方を振り向いた。


「ねえ、千智。そろそろその『先輩』っていうの、やめてくれないかな? なんか微妙に距離を感じるんだけど」

「……わかった。じゃあ、皐月ちゃん」

「ちゃんっ! 皐月ちゃんか……。まあ、いいけど」

「冗談だよ。ちょっと美香(みか)ちゃんの真似をしてみただけ。皐月君でいい?」

「いいよ。皐月ちゃんでもいいし、祐希みたいに皐月って呼び捨てにしてくれてもいい。気分次第で好きなように呼んでよ」

「じゃあ、これからは皐月君って呼ぶね。へへへっ……なんか慣れていないから恥ずかしいな」

 皐月は千智にずっと名前で呼んでもらいたいと思っていた。千智は先輩という呼び方に思い入れがあったようだが、皐月は軽く嫌悪感を覚えていた。皐月の提案におどけて応えてくれた千智のことが皐月にはありがたかった。

「俺も千智のこと、千智さんとか千智ちゃんって呼ぼうかな」

「先輩の好きなように呼んでくれていいよ」

「先輩?」

「あっ! 言っちゃった……」

「徐々に慣れていこうか」

 皐月たちは道の狭い住宅地にいた。ここはもう二見町(ふたみちょう)だから、千智の家はこの辺りにあるのだろう。もうすぐ千智の親と会うことになるかもしれないと思うと、皐月はこれ以上何も話せなくなってきた。


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