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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第6章 穏やかな日々の終わり
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251 ねえ、先輩?

 藤城皐月(ふじしろ)は歩道橋の柵越しに、姫街道(ひめかいどう)を見た。遠くに名鉄(めいてつ)飯田線(いいだせん)を渡る踏切が見える。踏切の名称は、JRで言えば姫街道2920、名鉄では稲荷口(いなりぐち)9号だ。今はちょうど遮断機が下りていて、停車した車が連なっている。踏切は待ってさえいれば必ず開く。

 皐月は水野真帆のことが気になっていた。やはり真帆のことを怒らせてしまったんだろうな、と思った。

 皐月は江嶋華鈴(えじまかりん)のことも気にしていた。華鈴は千智にきつい言い方をしていたが、これは自分が華鈴を怒らせたせいだと思っている。

 華鈴や真帆を差し置いて、即座に千智のもとへ走って行ったのは失敗で、千智のところへ行くにしても何らかの気づかいをするべきだったと反省した。

 皐月が真帆を怒らせたのは、皐月が華鈴のことを軽く扱ったことだと考えている。その時は無意識だったが、あの時の皐月は確かに華鈴のことをないがしろにしていた。そう考えると、真帆が腹を立てるのも無理はないと思う。

 だが、それだけではないような気もする。皐月は何か真帆のことを軽んじたことがあったのではないかと思い返してみた。考えられるのは千智と二人で歩道橋の上で話をしていたことだ。

 思い当たることが見つかった。皐月はあの時、千智と二人の世界に入り込んでいた。もしかしたら真帆はそのことに疎外感を抱いていたのかもしれない。

 もしそうだとすると、皐月の言った「なんか、ずっとここにいたくなっちゃうな……」の一言が真帆を怒らせた引き金になったのかもしれない。


 複数の女子を同時に相手にすることの難しさを改めて知った。

 皐月は自分のことを女子と二人で話すことが得意だと思っていた。それはその時この世界に、自分と相手の子の二人だけしかいないと思いながら話ができるからだ。二人きりの場では、自分の全ての気持ちを相手に注ぐことができる。

 そこにもう一人別の女の子が加わると状況が複雑化する。二人で話をする時のような接し方をすると、残された一人を孤立させることになりかねない。それがたとえ短い時間であっても、残された子を傷つけてしまうことはあり得る。

 こういう人のさばき方は芸妓(げいこ)の接客に通ずるものがあるのかもしれない。皐月は芸妓の誰かに客のさばき方を聞いてみたいと思った。

 ナンバーワン芸妓の明日美(あすみ)に聞いても駄目だろう。明日美は客の相手が下手だと、母の小百合(さゆり)から聞いている。母に聞けば的確なアドバイスをもらえそうだが、さすがに母に聞くことではない。

 若い芸妓の(みちる)(かおる)に聞くのがいいのかもしれない。あるいは老芸妓(ろうげいこ)京子(きょうこ)か。京子が一番頼りになりそうな気がする。


「ねえ、先輩?」

 隣にいた千智が話しかけてきた。皐月はまた黙りこくっていたようだ。

「何をそんなに一所懸命見ていたの?」

 千智には、皐月が歩道橋の下を流れる車の流れを見ているように見えたらしい。

 以前、喫茶パピヨンで栗林真理(くりばやしまり)が理科の問題に見入っていた時に、「見ているように見えるかもしれないけど、何も見ていないよ。集中しているから」と言っていたことを思い出した。自分も同じ境地にいたのかもしれない。

人気(ひとけ)のない所よりも、ここみたいに車が絶えず走っていたり、いつも人が歩いている所の方が好きだな、って思ってたんだ。だって誰かがいると思うと、寂しくないじゃん?」

「前に住んでいた東京がそんな感じだったよ。どこに行っても人がいっぱいだったから。確かに先輩にそう言われると、そうだったかもしれない。でも私、あまりそういう風に考えたことなかったな」

「中途半端な田舎って寂しいんだよな。いっそ自然に囲まれた田舎だと、もうちょっと安心感があるんだけど……」

「先輩って寂しがり屋なの?」

「そうみたいだね」

 千智に微笑(ほほえ)まれ、皐月は恥ずかしがり屋になっていた。いつもならばつが悪くて逃げ出したいと思うところだが、今はこのままずっと照れているのもいいかな、と思った。


「今日はどうして校門の前で待ってたの?」

 皐月は千智に、会ってからずっと気になっていたことを聞いてみた。

「塾が休みだから、先輩と会いたいなって思ったの」

「ホント? それは嬉しい!」

 皐月はあまりハイな気分ではなかったが、少し頑張って弾けるような笑顔を作って見せた。すると、千智も今日一番の笑顔を返してくれた。千智の笑顔は皐月の作り笑顔と違って本物だった。

祐希(ゆうき)から高校の文化祭のこと聞いてるよね。一緒に行く?」

「うん、行く!」

「じゃあ行こう!」

 校門前で見た憂いを含んだ千智から、二人で会っていた時の明るい千智に戻っていた。皐月は千智の顔が見たくなったので、膝をかがめて目線を合わせてみた。バイザーで陰になった顔を見ると、そこには圧倒的にかわいい千智がいた。

「えっ、どうしたの? 先輩」

「ちょっと顔が見たくなっただけ。千智がキャップを被ったままだから、こうしないと顔が見えないだろ?」

「あっ、ごめんね」

 千智が慌ててキャップを脱いだ。ずっと被ったままだったせいで髪の毛が少しぺちゃんこになっていた。

 こういうことに慣れているのか、千智は手櫛で髪を下から持ち上げて、髪をふんわりとさせた。皐月は千智の仕草が余りにもかわいくて、見惚れてしまった。

「最近、塾の帰りに駅で盗撮されたっぽいことがあってね、家の外でも帽子を被って顔を隠すようになったの」

「そんなことがあったんだ」

「うん。それで外でも帽子を被るようにしてたんだけど……先輩と一緒にいる時は脱げばいいのにね。なんか変に癖になっちゃって」

「気になるんだったら、キャップ被っててもいいよ」

「ううん。やっぱり先輩の前では素顔でいたい」

 皐月も千智の顔を見たいから、そう言ってもらえるのは嬉しい。でも、千智が犯罪まがいの出来事に遭遇したことを聞くと心配になってくる。

「これからはサングラスをかけたり、マスクをした方がいいのかな……」

「そんなに心配なんだ……」

「うん。だって今はみんなスマホ持ってるから」

「ああ……なるほど」

 街の中に監視カメラが増えて、治安が良くなったという話がある。だが、カメラ付きのスマホをみんなが持っているので、どこで盗撮をされているかわかったものではない。


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