250 心配し過ぎ
歩道橋の上に取り残された藤城皐月はしばらく言葉を発することができなかった。皐月は水野真帆が先に帰ってしまった理由を考えていた。
真帆への対応で何かを失敗をしたんだろうとは思うが、それがまだわからない。明日、真帆本人に聞けばいいのかもしれないが、本音を話してくれるかどうかはわからない。皐月は自分なりに理由を考えておかなければならないと思った。
「ねえ、先輩?」
隣にいた入屋千智が話しかけてきた。いつまでも無言でいるわけにはいかない。皐月は真帆のことを考えるのをやめることにした。
「ああ……そういえば千智、さっき村中と同じ班だって言ってたけど、6年生の村中茂之のことだよね?」
「うん」
「そうか……。あいつは俺のクラスメートなんだ」
「知ってるよ」
「あれっ? 知ってたの? 俺、茂之からは千智の話って何も聞いたことないな。あいつ、隠してるのかな?」
「隠してないよ。私が村中先輩に藤城先輩のことを知ってるかって聞いたの」
「えっ? そんなこと聞いたの? なんで?」
「だって先輩のこと、もっと知りたかったんだもん。私が知ってる6年生って、同じ通学班の村中君しかいなかったから、他に聞ける人いなかったの」
皐月にはいろいろショックだった。自分の知らないところで自分の話をされていて、そのことを何も知らなかった。
それはよくある話に違いないが、当事者になるとあまり気分のいいものではない。茂之にしても千智にしても、すぐに自分に話してくれればいいのにと思った。
「俺のことなら茂之になんか聞かないで、直接俺に聞けばいいじゃん。何でも教えてあげるから、遠慮しないでいいよ」
「うん、わかった」
「で、あいつ、俺のこと何て言ってた?」
「『藤城は同じクラスだけど、何だよ?』だって」
「『何だよ?』って何だよ?」
「村中君、ちょっと怒ってるっぽかったから、それ以上は聞けなかったんだけど……」
皐月は茂之の千智への対応が気になった。気になる点は二つある。
一つは茂之が月花博紀と同じ感情を皐月に対して抱いているかもしれないということだ。つまり、男のやきもちだ。
茂之は同じクラスの筒井美耶のことが好きだ。このことはクラスの男子ならみんなが気付いている。そして、美耶が皐月のことを好きだということもクラス中に知れ渡っている。だから茂之が皐月のことを気に入らないと思っていてもおかしくない。
茂之が千智から自分のことを聞かれ、美耶のことを思い出して機嫌が悪くなったのかもしれない。あるいは茂之が千智にも気があって、自分にやきもちを焼いているのかとも考えた。
もう一つは茂之の千智に対しての口の利き方だ。千智の話すニュアンスから、茂之は少し乱暴な言い方をしたんじゃないかと想像した。茂之が千智のことをいじめることはないと思うが、少し心配になってきた。
「茂之ってクラスではほとんど女子としゃべらないから、そういう会話に慣れてないだけなんじゃないかな。ぶっきら棒に見えたかもしれないけど、あいつはいい奴だよ」
茂之がいい奴だというのは皐月の本心だ。一緒にクラス対抗で球技をしている時、皐月と茂之は十年来の親友のように仲良くなる。だから皐月はここで茂之のことを庇ってやりたくなった。
だが皐月は普段、茂之とはクラスであまり話をしない。茂之は博紀たちとつるんでいるので、休み時間のクラス対抗戦以外で皐月が茂之と雑談をすることがほとんどないからだ。だから茂之にそこまでサービスをしてやる義理はない。
「でも、もしあいつが千智に嫌な思いをさせるようなことがあったら、俺に言ってくれ。何とかするから」
「大丈夫だよ。村中君は優しくしてくれてるから」
「そうだよな……。あいつは面倒見がいいからな。ちょっと心配し過ぎたか」
皐月は男の友だちから嫉妬をされるようになり、どろどろとした感情の怖さを知るようになった。