284 夕明かりの中
豊橋の夜は迫っていた。まちなか広場の並木はすでにライトアップされていた。今はまだ夕明かりの中にあるが、夜の帳が下りてしまえば、樹々は光で美しく照らされる。
ショッピングを終えた明日美と藤城皐月はメンズファッションショップ『コンパル』を出た。
「ねえ、皐月ってカレー好き?」
「うん、好きだよ。大好き。給食で一番好きな献立」
「今晩は一緒にカレー屋さんに行ってもらいたいんだけど、いいかな?」
「いいよ。CoCo壱番屋?」
「ううん。インド料理の店」
皐月はまだ本格的なインド料理を食べたことがなかった。インドのカレーが日本のカレーと違うということは知っていた。作ってみたいと思ったこともあったけれど、自炊するにはスパイスを揃えるなどハードルが高い。皐月はいつか本格的なカレーをインド料理店で食べてみたいと思っていた。
「私、外食ってほとんどしないんだ」
「本当? じゃあ、普段の食事は自分で作っているの?」
「めったに作らないかな……。何か買って来て食べたり、レトルトで済ませたりすることが多いよ」
「あぁ〜、なんかそんな感じ。明日美の部屋って生活感がないから、自炊しているように見えないんだよね」
「片付けをちゃんとしているだけよ」
皐月は自分の家の台所が片付いている方だと思っていた。及川頼子が住み込むようになり、家の中が整理整頓されるようになったからだ。
だが、明日美の家のキッチンはレベルが違う。全ての物が完全に収納されていて、外に物が一つも出ていない。
明日美と皐月はライトアップされた並木道を抜け、豊橋まちちか駐車場から emCAMPUS EAST の建物の中に入った。
1階のフードコートには寄らずに、そのまま地下にある豊橋まちちか駐車場へ下りていった。事前精算機で支払いを済ませて明日美の車の方を見ると、周りには一台も車が止まっていなかった。
改めてレジェンド・クーペを見るとデザインが美しい。大きな車体なのに2ドアというのも贅沢な感じがしていい。車の後方から近づいたので、リアからのスタイルをよく見ることができた。この車は豊満な女性を思わせる色気がある。
明日美と皐月は車に乗り込んだ。明日美のスマホでナビをするので、明日美にインド料理店を検索してもらった。
「皐月、どの店がいいと思う?」
スマホを持って明日美が身を寄せてきた。皐月がスマホを覗きこむと、自然と顔を寄せ合うことになった。
大人の女の匂いがした。皐月は女性の香りに弱いので、理性のたがが緩んでしまい、明日美の頬にキスをした。
「あっ……やったね」
「へへっ。だってしたかったんだもん」
「今はダメ。我慢して」
「じゃあ後で。ええっと……インド料理か」
拒否する意思を見せられると、これ以上強引なことはしたくはないので、皐月は話を元に戻した。
「スーパーの『フィール』でね、時々インドカレーのお弁当を売りに来る『スヴァーハー』っていう店があるの。そのお店のレストランが豊川にあるから、そこに行ってみたいな」
「なんだ……行きたい店、決まってんじゃん。それならスマホで探さなくても良かったのに」
「一緒にスマホを見ているから、こういうことができるんでしょ?」
そう言いながら、今度は明日美からキスのお返しをされた。
「さっき俺に我慢しろって言ったじゃん」
「皐月に先にキスされちゃったからね。ちょっと意地悪を言ってみたくなったの」
明日美が眼鏡を外した。地下駐車場の車内は顔の辺りが少し暗くなるが、かえって明日美の美しさが増しているように見えた。
大人の色気に怯みそうになるが、皐月は自分から明日美に顔を寄せた。三度目のキスは唇が重なった。




