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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第6章 穏やかな日々の終わり
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249 歩道橋の上から眺める景色

 姫街道の歩道橋を渡ろうとした時、ふと後ろを見ると、距離を開けて水野真帆(みずのまほ)が一人で歩いているのが見えた。藤城皐月(ふじしろさつき)江嶋華鈴(えじまかりん)と真帆から離脱した瞬間、意識を全て入屋千智(いりやちさと)に振り向けていたので、真帆が同じ通学路の新宿町(しんじゅくちょう)に住んでいることを忘れていた。

 皐月は歩道橋を上らないで立ち止まった。真帆に気が付いた以上、声をかけないわけにはいかなくなった。

「ねえ、千智。俺、ちょっと水野さんに声をかけてくるわ。あの子が同じ通学路だと思わなかった」

「うん」

 皐月はうっかりを装い、嘘をついた。帰り道が同じなら、最初から真帆を誘うべきだ。皐月は千智に友だちを置いて行くひどい奴だと思われたくなかった。

「水野さんと途中まで一緒に帰ってもいい?」

「うん、いいよ」


 修学旅行実行委員会の時と違って、一人で帰り道を歩いている真帆は委員会の時よりも小さく見えた。皐月は真帆の元へ駆けていったが、ランドセルが背中で暴れて走りにくかった。

「どうしたの?」

 真帆がきょとんとしていた。

「俺……水野さんもこの通学路だってこと、気付かなかった。水野さんって新宿町だよね? 俺、新宿町って行ったことないから、場所がよくわからなくて……」

「私も委員長の住んでいる栄町(さかえまち)って、どこら辺なのかよくわからない」

 皐月には真帆が気分を害しているようには見えなかった。少し気が楽になった。

「途中まで一緒に帰ろうよ」

「えっ? ……別にいいけど、二人の邪魔にならない?」

「邪魔じゃないよ。変な気、まわさないでよ」

「ふ〜ん」

 千智が歩道橋の階段の前で待っている。真帆を促して、皐月は千智の元へ歩き出した。

「ねえ、委員長」

「ん? 何?」

「今日は会長と一緒に帰るつもりだったんでしょ?」

「まあ、方角が同じだからね。でも、そういう約束をしてたわけじゃないけど」

「そう……」

 真帆の表情が曇ったような気がした。

「後で江嶋にメッセージ送っておくよ。水野さんと三人で帰ったって」

「私のこと、利用するつもりなの?」

「ダメか?」

「まあ、いいけど」

 皐月は真帆のことを利用しようとしていたことを自覚していなかった。真帆に言われてハッと思ったが、言い訳はできなかった。


 千智がキャップを取って真帆に再び礼をした。皐月は千智にも真帆にも余計な気を使わせたことに罪悪感を覚えた。いっそ真帆に気付かないふりをして、千智と二人で先に進んでしまえばよかったのかもしれない。

「入屋さんって村中君と同じ通学班だよね?」

「あっ、はい」

「ウソ?!」

 皐月は思わず絶句した。村中茂之(むらなかしげゆき)は皐月の同級生だ。昼休みによく一緒にドッジボールなどをして遊ぶ仲だ。

「あなたのこと、見たことあるなって思ってたの。女の子なのにキャップをかぶってたから印象的だった」

「そうだったんですね……」

「うん。私、そういうキャップって全然似合わないから、羨ましいなって思ってた」

「そんな……水野さんだって似合うキャップありますよ」

「あればいいんだけど、まだ見つかっていないな……」

「水野さんはマカロンキャスケットが似合うんじゃない?」

 皐月はキャスケットが真帆に似合うと思った。キャスケットでもころんと丸くてかわいい、マカロンキャスケットが特に似合いそうだ。

「委員長、そのマカロンキャスケットってどんな帽子?」

「丸くてふんわりとした感じの帽子なんだけど、ちょっと画像出すね」

 皐月はランドセルからスマホを取り出して画像検索をして見せた。

「かわいい〜」

 真帆よりも先に千智が喜んでいた。真帆も興味を持って見てくれた。

「確かにかわいいけど、これってモデルがかわいいから帽子もかわいく見えるだけで、私がかぶったらかわいくなくなるかも……」

「そんなことないよ。水野さんだってかわいいじゃん。絶対に似合うって」

 真帆が顔を赤くしていた。すぐに顔を赤くする真帆のことを皐月はかわいい人だなと思った。真帆が先に歩道橋を上って行ったので、皐月と千智は後を追った。


 皐月がこの古宿(ふるじゅく)歩道橋を渡るのはこれで二度目だ。初めて渡ったのは5日前で、絵梨花と歩いた時だ。二人並んで歩道橋から姫街道を行き交う車を見ていた時間は、皐月にとって至福の一時だった。

「歩道橋の上から見る景色っていいよね」

 絵梨花が皐月に言った言葉をそのまま千智と真帆に言ってみた。台詞の使いまわしだ。

「うん。東京からこっちに引っ越してきて、最初に好きになったのがここからの眺めだった」

「へえ〜。どうして千智はここから見た景色を好きになったの?」

「転校して来てからしばらくは不安が多かったんだけど、この歩道橋の柵越しに俯瞰(ふかん)したら、『あ〜、ここがこれから私が暮らす街なんだな〜』って思えたの」

「ああ、それわかるわ。俺も駅の跨線橋(こせんきょう)からプラットホームを見下ろすと、この駅に確かに来たっていう実感が湧くよ。こういう感覚って、Googleマップで鳥瞰(ちょうかん)してもわかんないよな」

 皐月の言葉を聞いて、千智は嬉しそうに笑っていた。皐月は転校の経験がないので、千智が感じた不安はよくわからない。だが、ここからの眺めが千智の救いになった感覚はわかるような気がした。


 千智と話していて、皐月は改めて千智と絵梨花が同じ時期に転校してきた偶然に神秘的な縁を感じた。転校生なんてそんなに多くはないのに、同じ時期に豊川に転校してきて、その二人と縁を結ぶことができた。皐月はこのことが不思議で、何か意味があるような気がした。

「なんか、ずっとここにいたくなっちゃうな……」

 今は千智や真帆と一緒にいるのに、皐月はこの瞬間を絵梨花といた時の幸福感と重ねていた。

「私、親が心配するから先に帰るね。二人はここにいればいいよ」

 真帆が委員会の時と同じ顔、同じ口調で言った。真帆の淡白さに慣れていない千智に緊張が走った。

「いや、本気でずっとここにいようと思っているわけじゃないんだ」

「わかってる。でも、二人にはお話があるんでしょ。だから私、やっぱり邪魔をしたくない。委員長、明日はしおりの印刷だから手伝いに来てね。じゃあ、また明日」

 真帆は手を振って、皐月たちを置いて歩道橋を下りて行った。真帆を見送っていると、皐月は千智と一緒にいるのにもかかわらず、ひどく寂しくなっていた。


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