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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第11章 茜空に吹く風
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511 光と熱のある世界

 藤城皐月(ふじしろさつき)及川祐希(おいかわゆうき)祐希は一階で母たちにこの日の報告を済ませると、二階の皐月の部屋に戻ってきた。祐希は廊下を通って大回りせずに、皐月の部屋を抜けて自分の部屋に戻ろうとしていた。皐月のベッドの足もとを抜けると、隣の祐希の部屋に行ける。

「ベッドの上からごめんね」

 祐希は開けたままにしておいたベッドの横の襖から自分の部屋に戻ろうとしたが、自分の部屋には入らず、ベッドの上に座りこんだ。

「部屋に戻らないの?」

 皐月はベッドサイドで立ったまま、祐希を見下ろすように言った。

「まだ眠くない。それに、まだ話し足りない」

「明日、文化祭だろ? 早く寝ろよ」

「なんで急にいい子になるの? さっきは悪い子だったくせに」

「心を入れ替えたんだよ」

「ダッさ……」

 祐希はベッドから下りて、自分の部屋の布団に入った。襖を閉めずに電気をナツメ球にして、スマホを見始めた。

「祐希。そんなことしてると目が悪くなっちゃうぞ」

「まだ眠くないし、暇だからしょうがないじゃない。皐月は相手をしてくれないし」

 皐月も部屋の電気を消して、スマホのメッセージをチェックした。時間が遅いので、誰からもメッセージは来ていなかった。


「ねえ、皐月。布団が冷たいんだけど……。温めに来てよ」

「はぁ? 俺、明日千智と会うんだよ。そんなことできるわけないじゃん」

「それって、仕返しのつもり?」

 スマホの光に照らされた祐希は少し怖い顔をしていた。だが、悲しそうにも見えた。

「祐希はさっき、俺のこと温めてくれなかったじゃん。冷たくされて、ショックだった。それなのに自分ばっか、わがままだ」

「わがままで悪い?」

 祐希はスマホを消して、床に伏せた。ナツメ球の仄かな光の中で、祐希はじっと皐月を見据えていた。皐月もスマホを消すと、二つの部屋は薄暮のようなオレンジ色に染まった。

「そっちに行くよ」


 皐月はベッドから下りて、祐希の布団の中に入った。祐希の表情が柔らかくなった。

「なんだ。布団、温かいじゃん」

「まだ手足が冷えてるの」

 皐月が足で祐希の足に触れると、確かに冷たかった。手を握ると、やっぱり手も冷たかった。

「冷え性?」

「そうだよ」

「これから冬になるけど、どうするの?」

「皐月に温めてもらおうかな」

「何か暖房でも使えよ」

 祐希と顔が近いので、吐息がもろにかかる。祐希の吐く息の匂いで、皐月はおかしな気分になりそうだった。祐希とくっついていると、布団の中が徐々に二人だけの世界に変わり始めてきた。

「あれっ? 急に手と足が温かくなった」

「皐月のお陰で温まったみたい。ありがとう」

「じゃあ俺、自分の布団に戻るわ」

「ここにいてよ」

 皐月はすでに祐希に取り込まれていた。もう抗うことはできない。どうにでもなれという気持ちになってきた。

「俺……祐希のこと、よくわからない」

「私も自分のことがよくわからない」

 どちらからともなく二人は唇を重ね、長く深いキスをした。皐月はすでに満と体験を済ませていたので、その先へ進むことに躊躇がなかった。キスをしながらパジャマの中に手を入れても、祐希は真理のような抵抗をしなかった。


 階段を上る音がした。頼子(よりこ)は皐月を起こさないようにそっと上っていたが、ボロい家の階段のきしむ音はいつもと変わらなかった。

「やべっ……。戻らなきゃ」

「うん」

 音をたてないようにそっと布団から抜け出し、滑るように自分のベッドの中に入った。

 祐希の隣の部屋の襖の開く音が聞こえた。頼子が自分の部屋に入ったようだ。この古い建物は襖でしか部屋が隔たれていないので、これ以上祐希と話をすることができない。

 暗さに目が慣れているので、部屋の中がよく見える。祐希の方を見ると、布団から顔だけを出していた。皐月が軽く手を振ると、祐希もそれに応えた。頼子の部屋からゴソゴソと音が聞こえてきたので、その音に紛れるようにそっとベッドの横の襖を閉めた。


 ときどき思うことがある。

 目を開いている時と、目を閉じている時、どちらの世界が自分にとって本物なのかと。心の変化は目を閉じている時に起きている……ずっとそんなことを考えていた。

 目を開いている時は光が体に入ってくるが、これでは意識にとっていらない情報が多すぎる。

 考え込む時に視線を動かさずにじっとするのは、情報の流入を減らそうとしているからだ。目を閉じた時の方が深く考えを巡らすことができる。これは経験則だ。

 目を開けている時もまばたきをする。その時、一瞬だが目を閉じる。

 まばたきは目を保護するための無意識の動作だが、まばたきをすることで取り込んだ光の情報を記憶に保存しているような気がしている。つまり、目を開いている世界にいても、まばたきをしながら自分の世界を更新しているのだ。


 さっきまで目を開いていた時は真理と自分、祐希と自分しかこの世界にいなかった。だが、今は目を閉じて一人きりの世界にいる。

 すると、記憶の中から栗林真理(くりばやしまり)及川祐希(おいかわゆうき)だけでなく、入屋千智(いりやちさと)二橋絵梨花(にはしえりか)明日美(あすみ)も現れる。

 取り込まれた光の記憶は自分の好きなものだけを自由自在に呼び起こすことができる。

 目を閉じている時こそが自分にとっての本物の世界なんじゃないかと思う。だが、目を閉じた世界には人のぬくもりがない。光はあるが、熱はない。見ることはできても触れられない寂しい世界だ。


(俺はごちゃごちゃと考え過ぎだな……)


 頼子が下の階へ下りていく音が聞こえた。これから母と遅くまで語らうのだろう。場所はきっと居間だ。自分の部屋の下にあるキッチンではないし、祐希の部屋の下にある母の衣裳部屋でもない。居間とは少し離れている。

 皐月のベッドのすぐ横にある襖が少し開いた。

「皐月。まだ起きてる?」

 祐希が声をひそめて話しかけてきた。皐月はそっと襖を開けた。

「起きてるけど、どうしたの?」

「お母さん、行っちゃったけど、こっちに来る?」

「行く」

 音をたてないようにベッドから下りて、祐希の布団の中に入った。祐希はすぐに抱きついてキスをしてきた。

「さっきの続き、しない?」

「いいけど、声を出すと下に聞こえるかもしれない」

「そうかもね。……皐月もあまり動いちゃダメだからね。家がきしんで、音が出ちゃうから」

「わかってる」


 祐希はいきなり激しいキスをしてきた。真理とは癖が違い、祐希は舌を絡めるより軽く吸われたがる。体は興奮しているはずなのに、皐月の心は乱れていなかった。祐希を道連れに地獄に落ちてもいいと、狂っていた。

「祐希。俺たちのこと、(ロータス)に言うなよ」

「わかってる。皐月も千智ちゃんにバレないようにしてね」

「バレないようにか……。祐希は悪い女だな」

「皐月だって悪い子じゃない」

「そうだね」

 二人の間にもう長いキスは必要なかった。音を立てないよう細心の注意を払いながらも、皐月と祐希は深く絡まり合った。

 外面は菩薩の如く、内心は夜叉の如し……京都の東寺(とうじ)吉口千由紀(よしぐちちゆき)に言われた言葉だ。皐月は自分の心が夜叉の如く残忍邪悪であったとしても、せめて恋人と接する時だけでも菩薩の如く柔和でありたいと思った。


次話(512話)からはミッドナイトノベルズの『藤城皐月 4』で連載を続けています。

https://novel18.syosetu.com/n7356ko/

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