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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第6章 穏やかな日々の終わり
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272 小学生とは呼ばせない

 藤城皐月(ふじしろさつき)芸妓(げいこ)明日美(あすみ)の部屋で洋風和菓子を食べていた。

「そういえばお母さんが言ってたよ。明日美は仕事を減らすようになってから忘れ物が多くなったって。暇過ぎてボケちゃったのかって心配してた」

「へぇ〜」

 明日美が両肘をついて楽しそうな顔をして微笑んでいる。()けたと言われて何が楽しいのか。

「本当に大丈夫なの?」

「あのね……忘れ物はわざとだよ」

「わざと?」

「そう。わざと」

 同じポーズで明日美は皐月のことを(うかが)っている。理由を聞けば教えてくれるだろうが、これは理由を自分で考えてみろという意味だと思った。改めて考えてみると、すぐにピンときた。

「あっ……俺に届けさせるためにわざと忘れ物をしたんだ」

 明日美は何も答えずに、まだニヤニヤしている。満点解答ではないという意味だろう。

 本当は少し違うことを考えていたが、大人相手に言うのは恥ずかしいので、つい抑制して言ってしまった。皐月は言いづらいのを押し切って、思い切って言ってみた。

「明日美、俺に会いたかったんだろ」

「うん」


 自惚れてるみたいで恥ずかしかった。だが、言って良かった。

「皐月が検番に来てくれなかったら、私はずっと忘れ物をし続けなければならなかったかもしれない。そうなると、本当にボケたって思われちゃったかもね」

 明日美が笑っていても、皐月には笑えなかった。明日美の回りくどいやり方が大人なのに子どもみたいでいじらしい。

「も〜っ、面倒くさいことするな〜。メッセージを送ってくれればよかったのに」

「まあ、そうなのかもしれないけど……皐月のスマホって百合(ゆり)姐さんに管理されていないの?」

「ママが俺のスマホを見ることはないよ。画面ロックの設定をしているからね。それにママもプライバシーはわきまえてるよ」

「そう……。百合姐さんの溺愛ぶりだと、皐月の私生活って徹底管理されているのかと思った」

 ついさっき検番で、京子にも小百合に溺愛されていると言われた。家ではそんな風に感じたことがなかったので、母が外で自分のことをどんなふうに言っているのか、気になるところだ。

「俺ってこれからも明日美に会いに来ていいのかな?」

「いいよ」

「明日美って芸妓の仕事があるし、なんか遠慮しちゃって……」

 大人の明日美に対し、さすがの皐月も同級生の家のように気軽に遊びに来ようとは思えない。明日美には真理よりも気を使う。


「遠慮しないで遊びに来て。お座敷のない日の午後3時以降なら大丈夫だから。休みの日は検番で遅くまで稽古をしないようにって言われたの。お母さんが心配するからね」

「じゃあ、学校が終わったら明日美に会いに来てもいいんだね。でも、晩御飯までに家に帰らなければいけないんだ。それでもいい?」

「皐月は小学生だもん。仕方がないよね」

「そういう言い方をするなよな……」

「ごめんね」

 明日美に肩をさすられてなだめられたが、遠慮がちだったことが皐月には物足りなかった。今までの明日美なら、暑苦しいくらいベタベタとしてきた。

「なんだよ、それ……。前は俺のことむぎゅってしてくれて、チューしてくれたじゃん」

「だって皐月って大きくなったじゃない。もうそんな子どもみたいな扱いできないよ」

「さっきは俺のこと小学生だってバカにしたくせに。……都合のいいこと言って」


 皐月は明日美の背中に体を寄せた。今まで自分がやられてきた子ども扱いを明日美にしてやりたくなった。

「これからは俺が明日美にされてきたことをしてやるよ」

 両手を肩に置き、背後から明日美の右のこめかみのあたりに軽くキスをした。皐月が子どもだった頃、明日美にこのキスをされている時が最高に幸せだった。

 唇を触れたまま幸せを味わっていると、明日美の頭が傾き始めた。薄く眼を開けると、明日美も瞼を閉じていた。口を頬へ滑らすと、明日美から声にならない声が聞こえた。

 皐月は明日美の頬から口を離した。人差し指と中指を明日美の顎に添え、自分の方へ顔を向けた。

 明日美は抵抗しなかった。明日美はまだ目を閉じていた。そっと唇を合わせると、明日美の息が乱れ始めた。皐月は明日美を子ども扱いしてやろうと思っていたが、大人扱いをすることにした。


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