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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第6章 穏やかな日々の終わり
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267 修学旅行実行委員会の解散

 修学旅行のしおりの製本作業が終わると、実行委員たちは思い思いに出来上がったしおりを見始めた。委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)はしばらくは委員たちの好きにさせておこうと思い、みんなの様子を見ることにした。

 副院長の江嶋華鈴(えじまかりん)の様子が何となく委員会を進めたがっているように見えた。皐月は席を立って、華鈴に耳打ちした。

「もう少し好きに見させてあげよう。俺たちは先に出来上がったしおりを見ちゃったから感動が薄いけどさ、みんなはこういうの嬉しいんじゃないかな」

 小声で話すことを理由に、皐月はわざと華鈴の耳元に口を寄せた。華鈴は誰とも違ういい匂いがした。

「帰りが遅くなっちゃうけど、いいの?」

「製本が早く終わったから、そんなに遅くならないだろ」

 このままでは華鈴に魅入られてしまうので、皐月は華鈴の隣に座っている黄木昭弘(おおぎあきひろ)に声をかけた。

「黄木君のイラストのお陰で、俺たちの代のしおりが今までで一番の出来になったと思うよ。ありがとう」

「そう言ってもらえると嬉しいな。藤城君が僕の好きにさせてくれたから、のびのびと描けたよ」

「すごくかわいく描いてもらったって、水野さんが喜んでいたよ」

「ほんと?」

「うん。俺はイケメン過ぎだってからかわれたけどね」

「僕にはそういう風に見えたんだけどね」

 皐月と昭弘は隣の隣に座っている水野真帆(みずのまほ)に聞こえないくらい小さな声で内緒話をしていた。普段は表情をあまり表に出さない昭弘だが、イラストを褒められて嬉しそうな顔をしている。


「なあ、藤城。このアンケートのところ、めっちゃ面白いな。このアイデアはよかったな」

 昭弘と話していると、6年2組の中島陽向(なかじまひなた)が声をかけてきた。

「中島が最初に『それ面白そうじゃん。俺、読んでみたい』って言ってくれたからアンケートが実現したんだよ。ありがとうな」

「こんなん読んでたら、早く修学旅行に行きたくなっちゃうよ」

「みんながそう思ってくれたら、このしおりは大成功だ。やっぱ旅行って行く前のワクワク感がいいよな」

 印刷室がだんだん騒がしくなってきた。職員室がすぐ隣にあるので、華鈴が先生に怒られやしないかと心配し始めた。

「委員長。そろそろ読み合わせを始めたいんだけど」

「そうだね。じゃあ、江嶋に進行をお願いするよ」

 皐月が元いた席に戻ると副委員長の華鈴が席を立ち、みんなのおしゃべりを止めた。


「今から出来上がったしおりの読み合わせをしようと思います。まずは表紙を見てください」

 慣れた様子で華鈴が委員会を進めた。児童会長を兼任しているだけあって、淀みなく読み合わせが進んでいく。余りにも進行がスムーズなので、皐月は読み合わせの交代をするのを忘れてしまった。

 華鈴の修学旅行のしおりの説明は、省略するところと詳しく話すところのメリハリがあって要領が良かった。自分ではこうはできないな、と皐月は華鈴の手腕に舌を巻いた。読み合わせは皐月の予想していた時間よりも早く終わり、最後に委員長の皐月が委員会を締めた。

「これで委員会でやる最大の仕事が終わったかな。後は修学旅行に向けて、それぞれの担任が主導になって準備を進めていくことになるから、実行委員は先生の言うことを聞いて動くことが多くなると思う。今後は委員会を開いてみんなで集まる機会はないでしょう」

 これで修学旅行実行委員会が終わると思うと、皐月は急に寂しくなった。感極まりそうになったので、なんとかバレないようにしたい。

「もし何かあったらまたみんなに集まってもらいたいんで、その時はよろしく! そういうわけで、今日はこれで解散とします。実行委員のみなさん、今までありがとうございました。お疲れっ!」


 委員会の解散後、各クラスの委員は出来上がったしおりを教室まで持って行った。皐月も筒井美耶(つついみや)と一緒に6年4組へ戻った。

 皐月たちが戻った教室には誰もいなかった。教卓の棚にしおりを置き、明日の朝の会への備えをした。

「あ〜終わった終わった。やっとしおり作りが終わったよ〜。疲れた〜」

「藤城君、頑張ったね」

「筒井が協力してくれたからだよ。ありがとう。助かったよ」

「私、大したことしてないよ?」

「そんなことねーよ。中澤さんと二人で誌面作ってくれたし、中澤さんのフォローもしてくれたし。それに筒井が俺のことフォローしてくれたおかげで委員長の仕事に専念できたんだぜ」

「褒め過ぎだよ……」

「松井じゃなくて筒井が実行委員になってくれて良かったって思ってる」

 目を見て言うのが恥ずかしかったので、耳元に顔を寄せ、囁くように美耶に伝えた。二人の距離が近くなったので、皐月は美耶を抱き寄せたくなってしまった。寂しいと感覚がバグる。

「クラスでの実行委員の仕事はまだあるから、修学旅行が終わるまでは一緒に頑張ろうぜ」

「……うん」

 皐月は美耶から距離を取って、いつもの自分に戻った。美耶とは恋愛関係ではないので、節度を持って接しなければならない。

「今日も中澤さんと一緒に帰るの?」

「うん。約束してるから」

「そうか……。じゃあ、俺は先に帰るね。バイバイ」

 美耶に軽く手を振って、皐月は教室を出た。美耶の顔が少し寂しそうに見えた。


 皐月は一人で校舎を出た。玄関で華鈴が待っているかもしれないと期待したが、この日はいなかった。

 もしかしたら華鈴は皐月に内緒で、まだ一人で委員会の仕事をしているのかもしれない。確認しようかと一瞬考えたが、華鈴がやりたいなら好きにさせておけばいいと思い直した。

 誰とも一緒に帰らないのは久しぶりで、皐月は急に暇になったような感覚になった。

 ここのところ誰かといる時間が多過ぎて、少し疲れていた。家にいても一人になれる時間が少なくなっているので、こういう開放感に満たされた一人の時間が嬉しかった。

 修学旅行は来週の金曜日からなので、まだ一週間と二日ある。修学旅行のしおりの制作が始まったのがちょうど一週間前だった。北川先生からは修学旅行の一週間前までにしおりを完成させてほしいと言われていたので、二日早く完成したことになる。よくこの短期間で完成できたものだと自画自賛したくなった。


 校門を出て周りを見たが、今日は皐月を待っている入屋千智(いりやちさと)はいなかった。出待ちなんてアイドルじゃないのに何を考えているんだと、モテてる気になった自分が恥ずかしくなった。

 今日は細い路地の通学路に入らずに、県道495号線沿いを一人歩いた。皐月の隣には誰もいないので、ちょっと検番(けんばん)に顔を出してみてもいいかなと思った。皐月が低学年だった頃はほぼ毎日のように検番に立ち寄っていた。

 明日美(あすみ)と口づけを交わしたのはちょうど一週間前の火曜日だった。今日までにいろいろなことがあり過ぎて、随分昔のことのように思えてくる。皐月は無性に明日美に会いたくなった。


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