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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第6章 穏やかな日々の終わり
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266 最後の修学旅行実行委員会

 この日の修学旅行実行委員会はしおりの製本のため、理科室から印刷室に変更になった。委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)は委員のみんなを迎えるため、早めに印刷室へ向かった。

 印刷室には副委員長の江嶋華鈴(えじまかりん)がすでに来ていた。華鈴は一人でクラス毎に刷り上がったしおりの束を分け、製本用のホチキスをしおりの上に置いて委員会の準備をしていた。

「江嶋はいつも早いなぁ」

「うちの担任の太田先生って、帰りの会がいつも短いから」

「何か手伝うことってある?」

「もう終わるから、ないよ」

 華鈴はいつものように皐月の目を見て話をしてきた。昼休みの時は顔も見ずに話していたので、皐月は華鈴の機嫌が直ったのかなと思った。

「今日の委員会は製本だけやって、終わりにしちゃう?」

「私はしおりの読み合わせをした方がいいと思うんだけど、藤城君はどう思う?」

「そうだな……。じゃあ軽く読み合わせでもしておくか。そういえば、俺たちのクラスは前島先生がしおりの説明をするって言ってたけど、委員会はみんなより先にざっとしおりに目を通しておいた方がいいかもね」

「うん。どのクラスも担任の先生からしおりの説明があると思うけど、藤城君の言う通り、委員会のみんなには先にしおりを見てもらっておいた方がいいと思うよ」


 皐月は担任の前島先生から修学旅行実行委員にやってもらいたいことをA4用紙1枚にまとめたプリントを手渡されていた。その中には実行委員がやるべきことと、先生主導で行われることが明確に書かれていた。華鈴に提案されたしおりの読み合わせは先生の領分だと明記されている。

「まあ、しおりの出来上がりの確認ってことで、委員会でやる読み合わせは手短に済ませようぜ」

「私が読み合わせをやろうか? こういうの、児童会で慣れているから得意だよ」

「いいのか? ……いや、やっぱり二人でやろう。江嶋が先に読み合わせしてくれたら、俺はそれを参考にさせてもらうから」

「わかった。じゃあ二人でやろうね」

 皐月は久しぶりに華鈴から親しみを感じたことで、華鈴に対して変な自信が生まれた。

(なんだ。大丈夫じゃん)

 中休み、昼休みと華鈴と目を合わせて話ができなかったのを取り戻すかのように、華鈴の顔を見ていた。皐月は華鈴の涼しげな一重瞼の古風な顔立ちが大好きだ。

「どうかした?」

 華鈴を見ていたら、不意に声をかけられた。

「久しぶりに江嶋の顔を見たなって思って」

「何言ってんの? 今日は何度も話してるでしょ?」

「よく言うよ。全然俺の顔見なかったくせに」

 合っていた目を華鈴に逸らされた。やっぱり華鈴は意識的に視線を合わせないでいたんだと確信した。

「江嶋」

「何?」

「こっち向けよ」

「嫌」

「さみしいこと言うなよ」

 華鈴が皐月に顔を向けた。楽しそうに笑っていた。

「ねえ、藤城君。部屋の隅にある椅子を持ってきて、テーブルに人数分揃えておいてもらえる? もうすぐみんな集まってくるから」

「は〜い」

 華鈴とはぎくしゃくしていたが、今までよりもいい感じの間柄になったような気がして、皐月はやっと気分が軽くなった。

「ところでさ、委員会って今日で終わりにしてもいいんじゃないかな?」

 皐月は華鈴に委員会の終了を提案した。委員の仕事はまだ残っていると思うが、全員が集まる必要はないと思ったからだ。

「そうだね……。もうみんなで集まってやることはないかもしれない」

「あとは何か仕事があれば、俺と江嶋の二人でやれば何とかなるよ」

「水野さんもね」

「ああ、そうだな。じゃあ、委員会は今日が最後ってことでいいか」

「うん」

「これで終わるのかと思うと、ちょっと寂しいかな」

「うん」


 印刷室に各クラスの修学旅行実行委員が集まって来た。

 1組の黄木昭弘(おおぎあきひろ)が自分の描いた表紙のイラストを見て満足気な顔をしている。他のクラスの委員たちも刷り上がったしおりを見てざわつき始めた。委員長の皐月は早く作業を始めたいので、クラス毎の所定の位置に座らせた。

「今日はこの印刷が終わったしおりをホチキスで止めて製本するよ。製本が終わったら、全員でしおりの中身の確認をして、今日の委員会を終える予定だからね。ホチキスは各クラス1個ずつしかないので、一人がホチキスで留める係をして、もう一人は紙の束を整えて留める人に渡す、みたいな感じで協力してやってね」

 今日の委員会の段取りを言い終わった後、皐月は4組の場所へ戻った。

「筒井。お前がホチキスで留めてくれないかな。俺がしおりを整えて渡すから」

「こんなにたくさんの紙、ホチキスで留まるの?」

「大丈夫。小学生の力でも余裕でできるから」

「本当に? なんか信じられない」

「江嶋みたいな女の子が軽々とやってたんだから、怪力女のお前なら大丈夫だろ。力入れ過ぎて、ホチキス壊すなよ」

「そんなことするわけないじゃない!」

 皐月が筒井美耶(つついみや)をからかうと、いつものように叩いてきた。こんな形でも美耶とスキンシップを取れるのが嬉しいということに、皐月は今になって初めて気が付いた。痛くてたまらない時もあるが、気持ちが軽くなっているせいか、今日は叩かれた右肩の熱さが心地良い。


 書記の水野真帆(みずのまほ)が表紙のレイアウトを組む時に、ホチキスを当てる箇所に線を引いておいたので、そこにホチキスを当てれば一定の品質でしおりができる。まず一冊のしおりの紙束を、紙がずれないように皐月が押さえ、美耶がホチキスで留めてみた。

「あっ、凄い! 簡単にできた。ねえ、花桜里ちゃんもやってみて」

 美耶が隣に座っている6年3組の中澤花桜里(なかざわかおり)にもやってみるように促した。花桜里と田中優史(たなかゆうし)はまだ何もせず、皐月たちの様子を見ているだけだった。

「田中君。私がホチキスやってみたい。紙、押さえてて」

「いいよ」

 花桜里がホチキスで紙を挟むと、軽快な音を立てて紙が留まった。

「本当に軽く留められるね。おもしろ〜い!」

 ホチキスで2カ所留めた花桜里が次の冊子をもらおうとすると、優史が目を輝かせていた。

「ちょっと俺にもやらせてくれないか?」

 優史が初めて委員会の仕事に積極的になった。花桜里と優史の役割が代わり、6年3組がサクサクと作業を進め始めた。優史が楽しそうに委員会の仕事をしてくれることが皐月には嬉しかった。


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