439 部屋割り
夕食が終わると入浴の時間になる。大浴場とはいえ、130人の6年生が全員で入るには狭すぎるので、2クラスずつ分かれて入ることになっていた。
藤城皐月たち4組は遅番で、3組と一緒に19時30分から20時までが入浴時間になる。20分で入浴し、10分で脱衣所を出なければならない。遅番の自分たちの後に誰が入浴するのかわからないが、決められた時間を守らなければならないと言われている。
皐月たち4組は早番の1組と2組が入浴している間に持参の水筒を部屋の洗面所で洗った。その後、水筒のカバーを外してエレベーター前の水筒ボックスに入れておかなければならない。そうすると翌朝にはホテルの人にお茶を補充しておいてもらえる。
皐月は水筒ボックスに自分の水筒を置き、自分の部屋には戻らずに神谷秀真や岩原比呂志の部屋に寄った。
「来たよ〜」
秀真と比呂志は入口の近くにいて、リュックの中から買ってきたグッズを広げていた。部屋の奥の方には月花博紀ら4組の中心グループの連中が陣取っていた。
「僕もこの車両を触るのはこれが初めてなんだよね〜」
比呂志がご機嫌な顔をして叡山電車のNゲージ、デナ21型の車両を箱から取り出した。
「この模型、めっちゃリアルだね。鉄道模型ってこんななの?」
「そう。鉄道模型は精巧さが命なんだ。これに動力ユニットを組み込めば走らせることもできる」
「お〜、すげ〜」
秀真も男の子なので、こういった模型には目を輝かせていた。皐月も細部まで再現されているデナ21型に目を見張った。
デナ21型はブラウンベージュと深緑のツートンがレトロな雰囲気を醸し出していて、大いに気に入った。車両のデザインもバランスが取れているいい形だと思った。
「秀真の御守も見せてよ」
「いいよ」
皐月は秀真が伏見神寶神社で買った十種神宝のペンダントをずっと見たいと思っていた。十種神宝とは神倭伊波礼毘古命が天照大御神から授けられた神璽で、皇位の象徴だという。
秀真は小さな木箱を皐月に差し出した。箱には「神寶御守」と達筆な字で書かれていた。蓋を開けると、中には八芒星を少し膨らませたような形のペンダントがあり、十種神宝がデザインされていた。
「これはいいな……。真理に借金してでも買えばよかった」
「そんなことしたら、栗林さんのお金がなくなっちゃうじゃないか」
「あいつ、お土産を買う相手がいないって言ってたから、お金に余裕があるんだよ」
「そーいう問題じゃないだろ? そもそも皐月は金遣いが荒いんだよ」
皐月は好きな人にガラスのピアスを買ったり。家族に清水焼のお土産を買ったので、あっという間にお金がなくなった。母の仕事関係の人に配るお土産は真理にお金を出してもらったくらいだ。
だが、皐月は自分用のお土産を一つも買っていなかった。だから、自分の欲しいものを買った比呂志や秀真が羨ましくてしかたがなかった。
三人で御守と鉄道模型を見ていると、同級生の栗田大翔がやって来た。
「なんで藤城がこの部屋にいるの? 他の部屋には入っちゃダメだって、しおりに書いてあるじゃないか」
皐月は修学旅行実行委員の委員長だ。修学旅行のしおりを作ったのも皐月たちだから、そんなことはわかっていた。だが、大翔みたいにうるさいことを言ってくる奴がいるとは思っていなかった。
「同じクラスだからいいんだよ。しおりができた後に先生に聞いたら、いいって言ったんだ。でも、消灯時間までには自分の部屋に戻れって言われた」
皐月は嘘をついた。大翔が先生に皐月の言ったことの真偽の確認を取らないと踏んで、実行委員の権威を利用した。
「そうか……。ならいいけど、でもそういうことはちゃんとしおりに書いておけよ」
「すまんかったな。過去のしおりを参考にして作ったんだけど、まだしおりに載せきれなかったきまりがあったみたいだな。俺たちの代ではもう手遅れだけど、来年のしおりには反映させるように手を打っておくよ」
皐月は大翔のことが少し苦手だった。性格的にねちっこいところがあるので、くどいくらい説明をしなければ納得してもらえない。皐月は大翔にはあまり親しみを感じられないが、そこそこ上手くやれている。
「この鉄道模型って縮尺は?」
意外にも大翔が鉄道模型に食いついてきた。皐月たちは大翔と接点がなかったので驚いた。
「縮尺は1/150だよ。栗田氏は鉄道模型に興味があるの?」
比呂志はどことなく嬉しそうに見えた。
「いや……鉄道のことはよく知らないんだ。でもガンプラなら作ってる。ガンプラの縮尺が1/144だから、ほぼ同じだな。ジオラマに並べても不自然じゃない」
ガンダムなら皐月も好きだ。もしかしたら大翔とは仲良くできるかもしれないと思った。
「栗田氏はジオラマを作ってるの?」
「ガンダム関係で少しね。岩原は鉄道模型でジオラマ作らないの?」
「お金がかかるし場所を取るから、さすがに無理。でも、いつか作ってみたい」
比呂志と大翔は波長が合うのか、二人とも楽しそうだ。大翔は比呂志に電車を走らせないで、情景を切り取ったジオラマを作ったらどうかと提案していた。二人が共通の趣味の友だちになった瞬間だった。