432 お土産タイム
藤城皐月たち六人は東寺駅に着いた。15時53分の京都行き普通が間もなく到着するので、岩原比呂志に促されて小走りで改札を抜け、階段を駆け上がった。
ここにきて皐月は自分が思っていたよりも疲れていたことに気が付いた。二階のホームではみんな疲れきった顔をしていた。
「なんだ、みんなだらしないな」
比呂志はまるで疲れた様子を見せなかった。休みの日は鉄道写真を撮るためにいろいろなところへ行っているせいか、普通の男子よりも体力がある。球技はあまり得意ではない比呂志だが、持久走が早かったのを思い出した。
「藤城氏はもう少し体力をつけた方がいいね」
比呂志の言葉で皐月は年下の彼女、入屋千智の言葉を思い出した。千智と二人でバスケをした時に、皐月が先にバテてしまい、からかわれたことがある。皐月は修学旅行の見送りに来てくれた千智のことを、清水寺でお土産を買ってからここまで、ほとんど思い出すことがなかった。
皐月たち六人は到着した電車の先頭車両に乗り込んだ。比呂志がまた運転台付近の空いた場所に身体を滑り込ませ、前面展望を楽しもうとしていた。どうせすぐに着くからと、皐月は他の五人と一緒にいた。
栗林真理たち女子は京都駅でお土産を買うのに、ポルタの2階のおみやげ街道ではなく、1階のおみやげ小路に行くことにしたと話していた。1階の方がホテルに近いということで、移動時間が読みやすいという理由らしい。
京都駅に着くと、今度は女子三人が先に歩いてポルタのおみやげ小路へ向かった。改札口を出て左へ曲がり、急ぎ足で南北自由通路を直進した。女子三人は神社仏閣を参拝していた時とは別人のように生き生きとしていた。
「ポルタって manaca が使えるんだって。さっき電車の中で真理に教えてもらった。岩原氏は残高って残ってる?」
「僕は余裕で残ってる。現金は出町柳駅でほとんど使っちゃったけどね。神谷氏は?」
「僕も皐月に言われた通り、多めにチャージしておいたから大丈夫。 manaca が使える店で良かったよ」
「みんな、よく京都駅まで持ちこたえた。現金がなくなった時はヤバかったけど、お土産はなんとかなりそうだな」
manaca は関西では端末の仕様で現金化できない。ホテルの中や、明日の奈良では現金不足に悩まされるかもしれない。
「藤城氏は清水で買い過ぎなんだよ」
「岩原氏も出町柳駅でほとんど使い切ったくせに。秀真も伏見神寶神社で結構使ってたよな?」
「あの時は焦った。お金が足りなかったから、欲しい御守を少し我慢したよ」
皐月たちは南北自由通路の突き当たり手前を右に曲がって1階へ下りた。ポルタのおみやげ小路はすぐに見つかった。買い物客が大勢いたので、レジ待ちの時間を考慮して早く買わないと、ホテルの門限に遅れてしまう。
店の前で吉口千由紀がみんなに班長らしく注意喚起をした。
「今からお土産を買うんだけど、16時20分にここ集合でいいよね。遅刻は厳禁だからね。特に男子」
「え〜っ? 買い物に時間がかかるのは女子じゃない?」
皐月は試しに千由紀を茶化してみた。千由紀をこういう扱いをするのはこれが初めてだった。二橋絵梨花にはからかうように煽ることもできるようになったが、千由紀とも真理のように馴れ慣れしく絡んでみたかった。
「私、買い物は5分もあれば十分だから。じゃあ、行こう」
皐月たちは店内に入り、それぞれが思い思いの店へ散った。
皐月は検番の京子と、京子の娘の玲子、母の師匠の和泉への土産を買わなければならないと考えていた。家用のお土産は清水で買ったが、自分も食べたいお菓子を買おうかどうか迷っている。
京子は和菓子が好きなので、『鶴屋長生』で「京のわっかさん」というクッキーと最中種でできたドーナツ型の和菓子を買った。検番には貰い物のお菓子が常にあるし、食べきれないと困ると思い4個入を買った。
玲子は『|Coro Da Noite』というクラブを経営している。店の若い女の子も食べられるようなお菓子にしようと思い、『辻利』の「京らんぐ」というラングドシャ・クッキーサンドにした。抹茶を茶筅で泡立てたようなエアインチョコが入ったものだ。これなら玲子の店でホステスをしている芸妓の満と薫にも喜んでもらえそうだ。
和泉は焼き菓子が好きなので、京都銘菓『おたべ』の「抹茶クランチ」を買った。生八つ橋を加工したパフと抹茶チョコレートを合わせた、京都らしいチョコレートクランチだ。これは自分も和泉の家に食べに行こうと思っている。
皐月は支出の多さに血の気が引いた。ICカードにはまだお金は残っていたが、これ以上お土産を買うのが怖くなった。自分の家用のお菓子を買うのを諦めることにした。
店の外に出ると、すでに千由紀と比呂志と秀真が待っていた。門限の時間までまだ10分ほど残っていた。
「みんな早いね」
「藤城君みたいにお土産を渡す人がいないからね」
千由紀の言うように、親の仕事関係の人にまでお土産を買う小学生はいないだろう。皐月は時に母親のように自分の面倒を見てくれた芸妓たちにどうしてもお土産を渡したかった。
「お待たせ〜。時間、間に合った?」
「大丈夫。これならホテルまで普通に歩いて行けば間に合うよ」
絵梨花と真理が来たので、皐月たちの班は全員揃った。体調不良などで誰ひとり脱落することがなく、無事に京都旅行を終えることができた。
「じゃあ、そろそろホテルに行こうか」
千由紀の声に元気がなかった。これで一日目の京都旅行が本当に終わったんだ、と思うと皐月は急に悲しくなった。これでもう、この六人で行動をすることがなくなってしまう。みんなの顔を見てみると、どことなく寂しそうに見えた。
千由紀はみんなを引き連れて、観光客や地元の人でごった返す京都駅の烏丸口を出た。タイムリミットまでの残り時間はあと僅かだ。