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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第9章 修学旅行 京都編
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415 業の深い奴ら

 伏見稲荷大社本殿の内拝殿で参拝を終えた藤城皐月(ふじしろさつき)たち六人は大きな授与所の前を通り、内拝殿と本殿を横から見た。本殿は玉垣に囲われて近くに寄れないが、それでもかなり近づいて見ることができた。

 四方に高欄(こうらん)を巡らせた本殿は桧皮葺五間社流造ひわだぶきごけんしゃながれづくりの大きな建物だ。

 五間もあるのは御祭神が五柱も鎮座されているからで、主祭神の宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみが中央座に鎮座され、北座に佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、南座に大宮能売大神おおみやのめのおおかみ、最北座に田中大神(たなかのおおかみ)、最南座に四大神(しのおおかみ)が祀られている。伏見稲荷では五柱の祭神をまとめて稲荷大神(いなりのおおかみ)としている。


「稲荷大神は下鴨神社の玉依姫命(たまよりひめのみこと)賀茂建角身命かもたけつぬみのみことみたいに人じゃなくて、概念みたいな存在なんだね」

「概念と人か……。皐月(こーげつ)は神社の神のことをどんな風に説明したんだろう」

 皐月は流造の伸びやかな本殿の屋根に見惚れていて、神谷秀真(かみやしゅうま)吉口千由紀(よしぐちちゆき)の会話を聞いていなかった。栗林真理(くりばやしまり)も皐月の隣で本殿を見ていた。

「藤城さんの説明はわかりやすかったよ。私たちの疑問にもよく答えてくれたし、わからないことはネットで調べてくれた。この修学旅行で神様や仏様のことが少しだけどわかったような気がする」

 言い終わった後、二橋絵梨花(にはしえりか)がちらっと皐月たちを見た。

「そうなんだ。二橋さんがそういうなら、皐月の説明は完璧だったんだろうね」

 秀真が皐月のいないところで皐月の話をする時に寂しそうな顔をすることがある。

「神谷さんが電車の中で教えてくれた稲荷の話、すごく面白かったよ。神道って仏教よりも謎が多いんだね。神谷さんは神様の話をする時は楽しそうだけど、藤城さんは苦しそうに見えた」

「苦しいか……。皐月(こーげつ)はオカルトにのめり込んでも、どこか醒めているところがあるからな。岩原氏、鉄道ではどう?」

「鉄道は純粋に楽しんでいるよ。でも僕が知っているオタクとは違う。藤城氏は執着心が薄いんだと思う」

 絵梨花と秀真と比呂志が皐月の話をしているのを千由紀は静観していた。千由紀が皐月たちの方を見ると、視線を感じたかのように皐月が振り向いて目が合った。皐月が爽やかな笑顔で千由紀の方に駆けて来た。

「伏見稲荷の本殿、思ったよりも良かった。もう十分堪能したから先を急ごう。いよいよ千本鳥居だね。外国人旅行客の一番人気だ」


 皐月たちは権殿(ごんでん)の前を離れ、横にある鳥居の奥へと歩を進めた。鳥居の両側には狛狐がいて、左の狐の横には御神籤(おみくじ)の結び所がある。

 鳥居をくぐってゆるやかな石段を上ると、左手には長者社、荷田社(かだしゃ)、五社相殿、両宮社があり、正面には玉山稲荷社(たまやまいなりしゃ)がある。外国人観光客ならともかく、日本人の参拝者でもこれらの境内社に手を合わせる者はほとんどいない。

 秀真と皐月は摂末社に参拝したくなる気持ちを抑えてスルーしたが、正面の玉山稲荷社にはつい手を合わせてしまった。すると絵梨花が皐月たちに続いて手を合わせ、真理たち三人も絵梨花に続いて手を合わせた。

「ありがとう、二橋さん。僕たちに付き合ってくれて」

「神谷さんと藤城さんが神様に手を合わせているところを見ていたら、私も手を合わせずにいられなかったの」

 無理に付き合わなくてもよかったのにと秀真が言っても、絵梨花は秀真と皐月が参拝するなら自分も参拝すると言い張った。他の三人は絵梨花が参拝するならといった感じだ。


「遅れを取り戻したいから、急ごう」

 秀真が先頭に立ち、玉山稲荷社の前を右に曲がった。少し石段を上って鳥居をくぐると正面に神馬舎(しんめしゃ)があったが、ここでは手を合わせずに左に曲がり、石段を上った。その先には白狐社(びゃっこしゃ)奥宮(おくみや)がある。

 秀真と皐月は次の命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)を祀る白狐社で軽く手を合わせた。命婦専女神は稲荷大神の眷属の白狐のことだ。隣の奥宮では略式ではなく、二礼二拍手一礼をした。

「神谷君、ここではちゃんとお参りするんだね」

 付き合いで軽く手を合わせた真理が秀真に軽い気持ちで尋ねた。

「奥宮は本殿と同じ稲荷大神を祀る社で、摂社や末社じゃなくて別格なんだ。(ないがし)ろにはできない。でも、他の社を軽く見ているわけじゃないよ。ただ時間がなくて……」

「わかってる。嫌なこと聞いちゃって、ごめんね」

 真理に謝られた秀真は泣きそうな顔をしていた。


「神谷さん。次の東寺(とうじ)なんだけど、今回は行くのをやめてもいいよ」

 その言葉に五人は一斉に絵梨花を見た。東寺は絵梨花が誰よりも行きたがっていた所だからだ。

「それはダメ! 東寺は僕も行きたい。みんなだって行きたいよね?」

 皐月たち四人は黙って頷いた。

「みんなが楽しまなきゃ修学旅行じゃないよ。自分が犠牲になればいいだなんて思わないでほしい」

「でも神谷さん、行きたい所に行けなくて相当我慢しているよね?」

 秀真は絵梨花の言葉に即答できなかった。場の雰囲気が変な方に流れようとしていた。

「……僕みたいに業が深い奴を基準にしちゃいけないよ」

「そうだよ、二橋氏。オタクの言うことなんか聞いていたら、予定がメチャクチャになるよ。鉄道オタクの僕が言うんだから間違いない」

「そうそう。どうせまた来るんだから、今日は先を急ごうぜ。ほらっ、行くぞ!」

 皐月は秀真と比呂志の気持ちに応えたいと思い、絵梨花の手を引いて奥宮の前を離れた。真理に見られているのはわかっていたが、この際どう思われてもいいと思った。


 目の前には稲荷塗と言われる朱色の巨大な鳥居がトンネルのように並び立っている。ここから先が国内外問わず、旅行者に大人気の千本鳥居だ。

「いざ行かん、神奈備へ!」

「おう! ……あれっ?」

 皐月の掛け声に反応したのは秀真だけだった。まわりの参拝者がにやにやしながらこちらを見ていた。

「皐月、そういうの恥ずかしいからやめてよ」

「まあ、いいじゃない。ごめんね、藤城さん」

「……ぉぅ」

 千由紀も小さな声で声を上げた。

出発進行〜(しゅっぱ〜つしんこ〜)

 みんなの息が合ったのを確認して、比呂志が気持ち良さそうに喚呼した。

 これからいよいよ千本鳥居をくぐりながら稲荷山の参道を上ることになる。伏見稲荷大社の面白いところはここからだと旅行者たちは言う。

 ここからは秀真が熱望していた伏見神寶(ふしみかんだから)神社へと向かう。皐月たち六人は不思議と疲れを感じていなかった。参拝者たちの流れに巻き込まれるように、皐月たちは千本鳥居へと吸い込まれていった。


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