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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第9章 修学旅行 京都編
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409 月の瀬織津姫

 神谷秀真(かみやしゅうま)井上社(いのへのやしろ)(御手洗社)に手を合わせた後、すぐ隣にある結び所の糸に御神籤を結んだ。秀真は一人で先に御手洗川の対岸から輪橋(そりはし)の鳥居の方へ歩いて行った。藤城皐月(ふじしろさつき)たちは秀真の単独行動に慣れ始めていたが、とりあえず後を追った。

 皐月たちも秀真に倣って、井上社で手を合わせた。井上社はお祓いとお清めの社で、御祭神は瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)という女神だ。

 瀬織津姫命は古事記や日本書紀には出てこないが、大祓詞(おほはらへのことば)という、神道でもっとも重要視されてきた祝詞には罪を祓い清め給う神として登場する。

「この瀬織津姫命を祀る神社は愛知県にもあるんだよ」

「えっ、どこ?」

 栗林真理(くりばやしまり)はいつも皐月の蘊蓄(うんちく)に付き合ってくれる。

北設楽郡(きたしたらぐん)東栄町(とうえいちょう)(つき)っていう集落があるんだ。そこにある槻神社(つきじんじゃ)の御祭神が瀬織津姫命」

「月って、あの月」

 真理は天を指差した。

「そう。地球の衛星の月。神秘的な地名だろ。実際は普通の山奥なんだけど、そんなところにどうして瀬織津姫命が祀られているのかって考えると、不思議な気持ちになる」

「皐月って、やっぱりオカルトが好きじゃん」

「……そうなのかな?」

「そうだよ。神秘的なことがオカルトなんでしょ? いつかその月神社ってのに行ってみようよ」

「そうだな。槻神社は山奥にあるから車に乗るようになってからの話になるな」

 皐月と真理が将来の話をしている時、二橋絵梨花(にはしえりか)吉口千由紀(よしぐちちゆき)がじっとこちらを見ていた。

 千由紀は良く分からなかったが、絵梨花は含みのある目をしていた。皐月は絵梨花の気持ちに気付いたが、真理は何も感じていないように見えた。


 輪橋(そりはし)の鳥居の辺りで写真を撮り、歌会や茶会が行われる細殿(ほそどの)と、御蔭(みかげ)祭の時に御神宝を奉安する橋殿(はしどの)を抜けて、輪橋の良く見える橋の上に来た。すると橋殿の前で舞殿(まいどの)や楼門を眺めている秀真を見つけた。

秀真(ほつま)! お前、一人で先に行くなよ」

「ごめん。僕たちは西参道から境内に入ったから、楼門の前の景色を全然見ていなかったんだ。帰り道の途中だから、先に来ちゃった」

 秀真は弱弱しく笑っていた。

「神谷君、もう少し単独行動を控えて欲しいな。神谷君は私たちがどこにいるのか分かっているのかもしれないけれど、私たちは神谷君がどこにいるのか全然わからないんだから」

「ごめん……」

 班長の千由紀にきつい口調で注意されると、秀真の顔から笑みが消えた。

「まあ、こうして合流できたんだからいいじゃない。それより、ここで少しは遅れを取り戻せたんじゃない?」

 真理に言われて千由紀がスケジュールを確認すると、予定時間より25分遅れているが、5分も遅延が回復していた。

「岩原氏に時間を管理されながらまわっていたからね。自分一人だと、こうはいかなかったと思う」

 褒められた岩原比呂志(いわはらひろし)は申し訳なさそうな顔をしていた。

「神谷氏がゆっくりと見たい気持ちは痛いほどわかるんだ。だから僕も辛かったけど、修学旅行だから仕方がない。さあ、急いで出町柳(でまちやなぎ)駅まで戻ろう」

 比呂志が先頭に立って、5人を率いて楼門から神域の外へ出た。あとは糺の森を抜けるだけだ。


 楼門を出てから南口鳥居を抜けるまではみんなで下鴨神社で感じたことを話しながら歩いた。

 下鴨神社はそれほど混んでいなかったので、短い時間の割に落ち着いて見てまわれたことが女子には好評だった。授与所で買い物をしていた時が特に楽しかったようだ。

「頭ではわかっていても、駆け足で旅行するっていうのはなんだか物足りないよね」

「でも、そうやって余韻が残る旅行だから、大人になったらまた修学旅行で訪れた所に行きたくなるんだろうね」

 真理と絵梨花が話しをしていて千由紀が聞き役になっていたので、皐月から千由紀に話しかけた。

「吉口さんって尾形光琳の話をしていた時に、絵画に興味を持ち始めたって言ってたよね? 小説だけじゃなくて絵も描いてるの?」

「絵は描いていないよ。観賞するだけ。絵の鑑賞だけじゃなく、評論家の文章を読むのが好き。小説の勉強になるから」

「へぇ〜。じゃあ画家を主人公にした小説を書いているとか?」

「そういうわけじゃなくて、ただ見聞を広めているだけ。何の小説かは秘密」


 千由紀は読者のことを考えないで、自分で書きたい小説を好きなように書いていると言った。だから読んでくれる人が少ないそうだ。

 皐月が「俺が読む」と言っても、いつも断られてしまう。この日も断られた。千由紀の小説を読める日は来ないのかもしれないと思った。

 小説に人には知られたくない内面を書いているのなら、小説を読まれることは裸を見られることよりも恥ずかしいのかもしれない。皐月はもしこの仮説が正しいとしたら、自分が千由紀の小説を読むためには三つの方法があると考えた。

 一つは同志になるということだ。皐月も小説を書いて、同じ高みを目指せば、二人で切磋琢磨し合いながら、お互いの小説を読み合うことができるだろう。

 二つ目はサイレントに近い読者になることだ。千由紀との関係性が薄まれば、読みたければ勝手に読んでくれと思ってもらえるかもしれない。だが、そういう関係になれば千由紀と直接会って、話をしたりできなくなっているだろう。

 三つ目は自分に依存させることだ。千由紀と恋愛関係になり、自分に捨てられたら死んでしまうとまで思わせることができたら、小説を読ませてくれるだろう。

 皐月は千由紀の小説を読みたければ、自分も小説を書くしかないのかな、と思った。千由紀には小説を読む楽しみを教えてもらった。いつか小説を書く楽しみも教えてもらおうかな、と今は軽く考えることにした。


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