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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第9章 修学旅行 京都編
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407 みたらし授与所

 藤城皐月(ふじしろさつき)たちが下鴨神社本殿の参拝を終えて中門を出ようとすると、神谷秀真(かみやしゅうま)岩原比呂志(いわはらひろし)がやって来た。

「あっ! 皐月(こーげつ)たち、今出ていくところ?」

「だいぶ追いついて来たな、秀真(ほつま)。俺たち、御手洗池(みたらしいけ)の辺りにいるから」

「わかった。すぐそっちに行くから」

 中門を出た皐月と女子三人は左へ進み、御祈祷・御朱印受付所のところをさらに左に入った。

 右手に見える梅の枝越しに御手洗川(みたらしがわ)にかかる輪橋(そりはし)が見えた。朱塗りの太鼓橋の袂には注連縄(しめなわ)が張られて渡れないようになっているが、渡った先には朱塗りの明神鳥居が立っている。結界の張られたこの輪橋は神のための橋だということを参拝者に示している。

「尾形光琳ってここの梅を描いたんだ。へぇ〜」

「二橋さん、それって金屏風の真ん中に川が描かれていて、その両岸に紅白の梅が描かれているやつ?」

「そうそう。吉口さん、知ってるんだ」

「うん。最近ちょっと絵画に興味を持ち始めたから、たまたま知ってた」

 二橋絵梨花(にはしえりか)吉口千由紀(よしぐちちゆき)が話していたのは江戸中期の絵師・尾形光琳の最高傑作と言われる『紅白梅図屏風』のことだ。皐月と栗林真理(くりばやしまり)はスマホで画像検索してみた。

「この絵、見たことある。川の真ん中が繋がっていないから、印象に残ってた」

「これって屏風だから、曲げて立てたらいい感じに見えるんじゃない?」

 画像検索の結果を渉猟していると、美術館に展示されている『紅白梅図屏風』を見つけた。平らに広げていると連続していなかった川が見事に繋がっていた。真理の言った通りだ。

「屏風絵なんて、広げて見ちゃダメだな。ちゃんと立てかけて見ないと」


 下鴨神社の画像検索をすると、輪橋まわりの写真がたくさんあった。皐月は一人でいろいろな角度から輪橋を見てみた。だが、なかなか写真のように煌びやかには見えなかった。指でフレームを作って見てみたが、自分の思い描いているような景色には見えなかった。

「何してるの?」

 女子は三人ともみたらし授与所へ水みくじを買いに行っているのかと思っていたが、絵梨花がすぐそばにいた。

「いや……ネットで見るこの(あたり)の写真はすごく綺麗なんだけど、実際この目で見るとなんか違うなって思って」

「それは写真を撮る人が上手なだけだよ。それに美しく見える季節だってあるんだし。藤城さんも私と同じことを感じていたんだね」

 皐月は絵梨花にさっき言った言葉を言い返されてしまった。だが、絵梨花に共感してもらえたことが嬉しかった。

「うん。美しい物を見ようと思ったら、情報量を削るってことも大事なんだなって思った。意外にも広い視野が邪魔になった」

「そうだね……。藤城さんも授与所に行こっ! 私たち、ここで買い物するのを楽しみにしていたんだから」


 皐月は絵梨花に手を引っ張られてみたらし授与所へ連れて行かれた。絵梨花と手を繋ぐのはこれで二度目だ。前は皐月から絵梨花の手を取った。あの時は真理から隠れるために絵梨花の手を引いた。

 皐月は真理や吉口千由紀(よしぐちちゆき)の目を気にして手を離したが、本心ではこのままずっと絵梨花と手を繋いでいたいと思っていた。絵梨花は残念そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。いつか絵梨花と二人で京都をまわってみたいと思った。


 真理と千由紀はみたらし授与所で目を輝かせていた。店内は御守(おまもり)御神籤(おみくじ)だけを売っているのかと思っていたら、開運グッズのセレクトショップのような品揃えをしていた。

 千由紀は和菓子のようなものを手に取っていた。傍に寄って見てみると、それは「置きお香」という、ちりめん細工で出来た和菓子のようなお香だった。火を使わなくていいから安全だし、見た目が可愛い。千由紀は赤い毬の形をした置きお香を授与してもらった。

「私はどれにしようかな」

 真理が手に取ったのは竹で編まれた籠に入った、紅葉の形をした琥珀糖だった。シャリッとした食感と音が人気だという。この琥珀糖は透明感があって、宝石のように綺麗だ。真理は紅葉の琥珀糖を授与してもらった。

 絵梨花はストラップを見ていた。これは「ぽっくり根付」といって、舞妓さんの履物のぽっくりのような玉が二つ付いていた。色鮮やかな組紐に宝石のような玉のついた上品な根付で、とても可愛らしい。絵梨花はぽっくり根付を授与してもらった。


「ねえ、絵梨花ちゃん。これってどう? 受験に御利益がありそうじゃない?」

 真理が指し示したのは「小田巻(おだまき)キーホルダー」という京組紐をキーホルダーにしたものだった。

 この商品には説明書きの上に手作りのポップが添付されていて、そこには「オダマキの花言葉は『勝利への決意』です。試験や試合などの勝負事にぴったりですよ!」と書かれていた。

「小田巻って花なの?」

「小田巻は伝統工芸だよ。京組紐の証紙がついているから。掛け言葉じゃないかな?」

 真理と絵梨花が迷っている間に、皐月はオダマキの花言葉をスマホで調べ始めた。花言葉がある以上、オダマキという植物があるはずだ。調べて見るとガーデニング愛好家の間で人気のある花らしい。

「花言葉はこのポップに書いてある通りだ。でも、色によって花言葉が違うみたいだから、気を付けないと。紫色の花言葉が『勝利への決意』で、赤色の花言葉が『心配』、白色の花言葉が『気がかり』なんだって。花言葉を気にするなら、紫に似ている青一択かな……」


 真理と絵梨花が顔を見合わせて黙り込んだ。ここに紫色の小田巻キーホルダーはない。真理は皐月の言うように、青を買おうか迷っていた。千由紀が赤のキーホルダーを手に取った。

「別に花言葉なんて気にしなくてもいいんじゃない? だって、これは植物の苧環(おだまき)じゃなくて、伝統工芸の小田巻だよ。私、この赤の小田巻を買おうかな」

 皐月は色ごとの花言葉を単純化して話し、深掘りした解釈は省略していた。赤の花言葉の「心配」には愛する人への気遣いや心配を表現していて、その強烈な感情が「心配」という花言葉に繋がっているという。

 皐月はこの「心配」を「疑念」と置き換えていた。嫉妬で胸が締め付けられるような心配……。千由紀がこの意味を知っているとは思わないが、なんとなく千由紀らしい選択だと思った。

 結局、真理と絵梨花は青色を、千由紀は赤色の小田巻キーホルダを授与してもらった。その後、水みくじを授与してもらい、女子三人は御手洗池(みたらしいけ)へ行った。御手洗池は禊祓(みそぎはらい)斎場(さいじょう)で、葵祭に先立って斎王代(さいおうだい)御禊の儀(みそぎのぎ)に臨むところだ。


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