398 お弁当
担任の先生に提出した京都旅行のスケジュールではそろそろ昼休みの時間だ。藤城皐月たち六人の間で鴨川デルタのどこでお弁当を食べようかという話になった。
鴨川デルタでランチをすると決めた時に各自レジャーシートを持ってくることを決めていた。十月はまだ日差しが暑いので、賀茂川側の斜面の木陰で食べることにした。
皐月が草の上の場所を決めると、その左隣に栗林真理が来た。皐月は母の友人で、一緒に暮らしている及川頼子が作った真理の弁当を預かっている。こっそりと渡したいので、真理が隣に来てくれるのは都合が良かった。
皐月がレジャーシートを敷いて草の上に座ると、神谷秀真が皐月の横に来て、秀真の隣に岩原比呂志が来た。真理の隣には二橋絵梨花が来て、その隣に吉口千由紀がいた。こっそりと渡すどころではなくなった。
「ほれ。真理の弁当」
「ありがとう。皐月、重かったでしょ?」
「大丈夫。俺たちが京都で食べ歩きすること考慮して、頼子さんが小さめの弁当にしてくれたんだ」
「確かに八ツ橋を食べたり、おにぎりを食べたりしたから、そこまでお腹が空いているわけじゃないんだよね」
体感的には自分の分と真理の分を合わせても、一人分の弁当の重さしかない感じだった。
「俺はもう、食べ歩きをするお金なんて残っていないんだよな。この後、腹減ったらどうしよう……」
「いいよ。何か食べたくなったら、私が買ってあげる」
弁当は食べ終わったら捨てられる容器に入れて来なければならなかった。皐月たちの弁当は紙でできた使い捨てのフードパックに入れられていた。使い勝手も容量も、普段使っている弁当箱となんら変わらないものだった。
「うわっ! マジかよ……」
蓋を開けると、そこにはおにぎりが二つ入っていた。だが、おにぎりには男の子と女の子の顔が海苔で描かれていた。卵焼きはハートの形をしていて、愛妻弁当のような飾り付けだ。
「かわいいお弁当だね。これって、もしかして皐月と私?」
「知らん。何考えてんだよ、頼子さんは……」
隣にいた絵梨花と秀真も覗き込んできた。それにつられて千由紀や比呂志まで二人の弁当を見に来た。
「皐月、写真撮ってやるよ」
「余計なことするな、バカ!」
「いいじゃない、写真くらい。せっかく神谷君が撮ってくれるって言ってんだから。二つ並べるから、撮って」
真理が自分の弁当を皐月の弁当にくっつけたところで、秀真が写真を撮った。真理も少しはしゃぎ始めたようだ。
「このお弁当って、祐希さんが作ったの?」
絵梨花は今朝、駅で話した及川祐希のことをすぐに思い出した。瞬時に連想がはたらくところに皐月は絵梨花の鋭さを感じた。
「違うよ。作ってくれたのは祐希さんのお母さん。私のお母さんが祐希さんのお母さんに頼んで作ってもらったの」
すかさず真理が絵梨花に答えた。皐月は自分で説明するつもりでいたので、真理のこの反応に驚いた。
「親同士仲がいいんだね」
「仕事仲間だからね。私のお母さんは昨日の夜、お仕事だったから、朝は起きられないの」
皐月は視界の端で千由紀がこそこそとコンビニで買ったサンドイッチを隠したところを見た。
千由紀の母も自分や真理と同じ夜職だ。弁当を作る余裕がなかったのだろうと思うと、皐月は自分の恵まれた環境がありがたかった。そして千由紀の心情を察し、辛くなってきた。
「人の弁当なんかどうだっていいじゃん。さっさと食おうぜ」
皐月はみんなの見ている前でおにぎりに手を付けて、かぶりついた。皐月の顔をしたおにぎりの頭が荒く食い千切られた。
みんながそれぞれ自分の弁当を食べ始めたので、皐月は真理の耳元で囁いた。
「お前、はしゃぎ過ぎ」
「えっ?」
「少しは空気読めよ」
皐月はこの空気をどうにもできないことがもどかしくて、機嫌が悪くなってきた。