397 鴨川デルタ
藤城皐月たち六人は出町柳駅を出て川端通の横断歩道を渡った。河合橋を渡らずに左に曲がると駐輪場がある。ここに歩道の切れ目があり、そこから土手へ下りる坂に入る。
川沿いの空は広い。皐月たちは伸び伸びとした気持ちで緩やかな坂を下った。高野川のせせらぎと水面を吹く風が心地よい。青い空の底に掛けられた賀茂大橋を見ていると別世界にいるような気分になる。桜の木の下を抜けると、鴨川の飛び石の前に出た。
「私、こんなに近くで橋を見たことってないかも」
吉口千由紀が目を潤ませていた。飛び石から賀茂大橋を見上げると、橋の裏側が見られるのが面白い。千由紀は橋の下に入ったことがないのだろう。
皐月たちが通っている稲荷小学校の校区には川らしい川がない。だから橋を見たければ、少し離れた佐奈川まで行かなければ見られないし、大きな橋を見たければ豊川か豊川放水路まで自転車で走らなければならない。
「ここが鴨川デルタか……。前島先生が大学生の時に来たことがあるって言ってたな。お寺よりも印象に残っていたって」
「その話、覚えてる。前島先生がやけに鴨川デルタを推してたから、僕は河合神社の時間を短くしてもいいって思ったんだ」
「でも、秀真は単独行動ができるから、両取りができて良かったじゃん」
しかし、皐月にはここが下鴨神社よりも印象に残るほどのものとは思えなかった。きっと前島先生は学生時代に好きな人とここに来たことがあるのだろう。
栗林真理が亀の形をした石に乗り、長方形の石の上を渡り始めた。二橋絵梨花が後に続いて、その後に神谷秀真、岩原比呂志、吉口千由紀、藤城皐月と続いた。横向きに並んだ長方形の石が途中で縦二列になり、そこで向こうから来る人とすれ違うことができる。
「藤城氏、この亀の石って列車交換みたいだな」
「鴨川の飛び石は単線だからな」
「これだけ渡る人が多いんだから、複線にすればいいのに」
比呂志の何でも鉄道に絡める会話が皐月には楽しかった。
「あの離れた所にある石って、何の形かな?」
絵梨花が指差した石は小さな飛び石の先の下流に逸れた所にあった。
「盲腸線みたいだな」
「美濃赤坂!」
「東名古屋港!」
皐月と比呂志が鉄道話で盛り上がっていると、千由紀が真面目に絵梨花の質問に答えた。
「あれは千鳥。小さな石の上を歩かないと行けないところにあるね」
「千鳥までの石が小さくて、行きにくいね。どういう意図で離れた所に置いたんだろう?」
「水遊びをしてもらいたいって考えて置かれたらしいよ。子どもでも入れるくらい浅いからね、ここって」
鴨川デルタの飛び石がある所は帯工といって、川底をコンクリートにすることで水の流れによる浸食を和らげ、河床を深く掘られないようにされている。飛び石は帯工のおまけみたいなものだ。
皐月たち六人は全員、水に落ちずに高野川を渡り切った。今立っている場所は賀茂川と高野川の出合いで、二つの川が一つになって鴨川になる始まりの所だ。
「なあ、皐月。ここってパワースポットじゃね?」
「やっぱ秀真もそう思った? なんか元気になるっていうか、力が漲るようなかんじがするよな」
「あんたたち、本当にそんなこと感じてるの?」
「なんだ、真理は感じないのか? お前って鈍いんだな」
「なによ、鈍いって。私だって普通に気持ちいいって思ってるんだから」
真理が足下の石を拾って、川に向かって投げた。あまり上手くない投げ方で、女子丸出しだった。
「下手くそだな。俺が手本を見せてやるよ」
皐月は一度石切りをやってみたいと思っていた。石の遠投をするよりも、水面をバウンドさせる方が面白そうだ。
足下の平らな石を拾い、アンダースローで水面に平行になるように投げた。石は水面の近くで一度ホップしたが、重力に引かれて水面の上を跳ねるように飛んでいった。
「藤城さん、すごーい! かっこいい!」
「えへへっ。俺、こういうのは得意なんだよね」
皐月は絵梨花に初めて格好いいと言われた。ガッツポーズをしたいところだが、真理の目があるので大人しくしていたほうがいい。それに、今日の絵梨花はちょっと変な感じがした。皐月には絵梨花がはしゃぎ過ぎているように見えた。