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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第9章 修学旅行 京都編
138/265

384 二寧坂

 藤城皐月(ふじしろさつき)たちの班の六人は一度、二寧坂(にねいざか)へ下る角を通り過ぎて産寧坂(さんねいざか)をさらに下った。

 少し進むと、右手の塀をはみ出した庭木の(こずえ)の上に相輪(そうりん)が見えた。前方に大勢の人が立ち止まって写真を撮っていた。下り坂の先にあるのが京都で最もフォトジェニックな法観寺(ほうかんじ)八坂塔(やさかのとう)だ。

「修学旅行のしおりの表紙と同じ写真を撮ろう」

 修学旅行実行委員会でしおりの表紙に描かれた八坂の塔のイラストを見た時、皐月は清水寺を参拝した後、ここでみんなと写真を撮りたいと思っていた。

 表紙のデザインを担当した実行委員の黄木昭弘(おおぎあきひろ)は八坂塔の写真を参考にしてイラストを描いた。昭弘の絵を見た瞬間、皐月の脳内に修学旅行のイメージが一気に広がった。実物を見ておけば、いくつになっても思い出せる京都の象徴的な記憶になると思った。

 八坂の塔でも幸い、すぐ近くに写真を撮っている女性グループがいた。皐月が声を掛けると、快く撮影を引き受けてくれた。表紙と同じように人を配置したかったが、撮影をしている人があまりにも多くて、そんな勝手な真似は出来なかった。皐月は彼女にお礼を言い、お返しに彼女たち全員が写る写真を撮った。

「引き返すか」

 皐月たちは法観寺には寄らず、先を急いだ。来た道を戻り、「五木茶屋(いつきちゃや)」と「阿古屋茶屋」の間の細い路地を左に曲がって、二寧坂に入った。


 二寧坂も始まりは石段だった。「阿古屋茶屋」の竹垣より下ったところに「我楽苦多(がらくた)」というカフェがあり、その軒先には番傘が三張(みはり)かけられていた。二階の窓にかかっている(すだれ)相俟(あいま)って、古い日本を感じさせるいい雰囲気だ。

 その先の二寧坂の街並みは産寧坂よりも情緒に富んでいた。古都のレトロな世界観が保たれていて、とても落ち着いていた。どことなく高級感が漂い、皐月は自分たちのような修学旅行生には場違いな所だと思った。

「俺たち子どもが気楽に立ち寄れる店なんてなさそうだな」

「何言ってんだ、皐月(こーげつ)。スタバがあるじゃんか」

「スタバ? そういえばガイドブックで見たな。で、どこ?」

「目の前」

「マジ?」

 神谷秀真(かみやしゅうま)に言われた方を見ると大塀造(だいべいづくり)の日本家屋があった。二階に掛かっている白木(しらき)の看板にはスターバックスのセイレーンが焼かれていて、暖簾(のれん)にもロゴが描かれていた。

「そっか……。ここなら俺たちでも入れるか。でも、なんか人が多いな」

「メニューは他のスタバと同じなんだって。値段も同じ。雰囲気を楽しむ所だと思うけど、これだけ人が多いと落ち付けないだろうね」

 秀真はここのスタバに興味がなさそうだ。秀真は人の多い場所が苦手なので、こういう場所からはそっと離れるようにすると言っていた。


「清水には落ち着いたレストランや五つ星ホテルがあるみたいだけど、めっちゃ高いみたいだね」

「この近くのホテルなんか、最低でも一泊20万円以上するんだよ」

 吉口千由紀(よしぐちちゆき)栗林真理(くりばやしまり)も修学旅行と関係ないことを調べていたみたいだ。

「そういうところは上級国民とか海外の金持ちが行くところなんだろうな……」

 皐月が独り言を漏らすと、二橋絵梨花(にはしえりか)が反応した。

「高級ホテルはさすがに無理かもだけど、高級レストランとか料亭なら、そういう店が似合う大人になればいいんじゃない?」

「なれるかな……そんな店、ビビって気が引けちゃうな。なんだか住む世界が違うような気がする」

「そんなことないよ。そういうところで働いている人は私たちと同じ庶民なんだから。それに二寧坂から一本、中の道に入れば普通の民家が立ち並んでいるよ。ここが特別な場所ってわけでもないから、そんなに卑屈にならなくてもいいじゃない」

「そうかな……」

「大人になったら、私がそういう店に連れてってあげる。それなら怖くないでしょ?」

 自信に溢れる絵梨花の顔が皐月には眩しかった。どうして絵梨花はそんなに堂々としていられるのだろう。生まれ育った環境が違うのだろうか。絵梨花はバイオリンを習っていて、私立中学に進学する。育ちが違うなのか、と皐月は一人納得した。


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