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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第9章 修学旅行 京都編
137/265

383 産寧坂

 班のみんなが来迎院(らいごういん)にやって来たのは藤城皐月(ふじしろさつき)が予想していたほど遅くはなかった。

「悪いな、皐月(こーげつ)。遅くなっちゃって」

「大丈夫。そんなに遅れていないから。それより、ちゃんと欲しい物買えた? 吉口さんは陶器が欲しいって言ってたよね?」

「買えたよ。紅葉が描かれたマグカップを買った。ちょっとここで出すのは面倒だから、見せられないけど」

「いいよ。それより先を急ごう」

「七味家本舗」の手前にある産寧坂(さんねいざか)の入口は人でごった返していた。進む順番が来るのを待ち、皐月たちはゆっくりと産寧坂に入った。


 産寧坂(さんねいざか)の始まりは勾配のある石段だった。

 道沿いの来迎院は継ぎ目が苔生(こけむ)す古風な石垣の上に建てられていて、他の建物はそれに合わせているように、現代的な御影石(みかげいし)の石垣の上に建てられている。

 産寧坂の沿道の両側には土産物屋や料亭など、様々な店が軒を連ねている。和風のイメージで統一されているが、一軒一軒を見ると個性に富んでいる。

 和風建築でも造りはそれぞれ違っていて、現代的な和モダンの店もあれば、江戸から明治にかけて建てられた厨子二階(つしにかい)虫籠窓(むしこまど)が見られる町屋もある。

 白壁の家もあれば、焦香(こがれこう)や鳥の子色、夏虫色などの伝統色の壁の家もある。艶っぽい赤壁の家や紅殻格子(べんがらごうし)の家もあり、見ているだけで楽しくなる街並みだ。

「あっ!」

 前を歩いていた男子中学生たちが転ぶのを見て、皐月は思わず声を出してしまった。産寧坂は三年坂ともいい、転ぶと三年以内に死ぬという都市伝説がある。中学生たちはわざと転んだのか、大笑いして喜んでいた。

「三年殺し、発動じゃね?」

「わざとならセーフでしょ?」

「いやいやいや。裁きは厳正なものだと思うよ」

 皐月ら男子三人は中学生たちに呆れていた。オカルト好きの神谷秀真(かみやしゅうま)や皐月はこの手の冗談が嫌いだ。


「ここに枝垂桜(しだれざくら)があったんだよね。倒れちゃったけど」

「産寧坂の画像を検索すると、ここに桜があった頃の美しい写真がたくさん出てくるよね」

 二橋絵梨花(にはしえりか)吉口千由紀(よしぐちちゆき)が話しているのは「明保野亭(あけぼのてい)」の桜のことだ。

「ここで長州藩士と坂本龍馬が倒幕の密議をしたんだよね。二橋さんは佐幕派? 倒幕派?」

「私は佐幕派かな。新撰組が好きだし。吉口さんは?」

「ん〜、私は倒幕派。小説やドラマの影響だけど、坂本龍馬ってなんかいいなって思って。栗林さんは?」

「私はどっちも好きじゃない。心情的には佐幕派。ところで佐幕の『佐』って、なんで『佐』?」

 学年で一番勉強ができる栗林真理(くりばやしまり)でも意味がわからないようだ。漢検2級を持っている皐月も、佐幕の佐の意味がわからない。

「佐っていうのは『(たす)ける』っていう意味。補佐って言葉があるでしょ。あれは補って佐けるっていう、補助と同じ意味。補佐は人を助ける限定だけど」

 漢字に強い千由紀の説明はわかりやすかった。


「ちょっとここに寄らせてね」

 真理が「まるん」という和菓子のお土産を売っている店に入って行った。少し遅れて千由紀や絵梨花も店に入ったので、皐月たち男子は興正寺(こうしょうじ)霊山本廟(りょうぜんほんびょう)の入口の所で待つことにした。

秀真(ほつま)と岩原氏は行かなくてよかったの?」

「僕は鉄道のグッズ代を取っておきたいからね」

「僕は写真を撮りたい。この辺りってすごく風情があるよね。神社仏閣もいいけど、こういう京都らしい街並みもいいなって」

「僕も鉄道写真ばかり撮っているけど、風景写真も勉強したくなってきた。今まで美しい風景まで関心が向かなかったからな……」

 神谷秀真や岩原比呂志(いわはらひろし)は写真への興味が広がったようだ。撮影は秀真と比呂志に任せて、皐月も真理を追って「まるん」の中に入った。真理はクッキーを選んでいた。

「真理、クッキーなんて食べるのか?」

「自分用じゃない。検番(けんばん)に持って行こうかなって思って。皐月は検番にお土産買った?」

「買ってない。もう金がないからな……」

「どうすんの?」

「まあ、京子姐(おかあ)さんに謝るよ。お金がなくて買えなかったって。恥ずかしいけど……」

 真理が手に取っていたのは「舞妓さんしょこら」という、(かんざし)を挿した舞妓の顔がプリントされている、京都らしいデザインのショコラクッキーだ。見た目がとてもかわいい。

「これ、二人で買ったことにしてあげるから、一緒に検番に持って行こう」

「うん……先の話になるけど、お金半分出すから」

 皐月にとって真理の提案はありがたかった。「舞妓さんしょこら」は税込で1300円くらいの、そんなに高くないクッキーだ。皐月はお金が払えないことだけでなく、人の情けに縋らなければならないことが悲しかった。


 「まるん」を出て秀真や比呂志と合流し、先を急いだ。

 産寧坂を左へ曲がりながら下ると、左手に大塀造(だいべいづくり)の屋敷が見えた。塀には「ゆどうふ奥丹(おくたん)」という行燈(あんどん)があり、少し進むと立派な門があった。その向かいには「阿古屋茶屋(あこやぢゃや)」というお茶漬けを出す店があり、その角を右に曲がると二寧坂(にねいざか)だ。


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