377 奥の院で清水寺の起源に思いを馳せる
拝観時間がなくなってきたので、神谷秀真の提案で藤城皐月たちは釈迦堂、阿弥陀堂をじっくりと見学せずに通り過ぎ、奥の院へ急いだ。
釈迦堂は本尊として釈迦三尊が祀られていて、阿弥陀堂は阿弥陀如来が、奥の院には千手観音菩薩が祀られている。この三つのお堂は急峻な崖に建ち、奥の院は本堂と同じ懸造りの構造になっている。
奥の院の舞台から見る景色は本堂からの眺望よりも素晴らしいものだった。美しい本堂と三重塔が見られるのだから当然のことだが、京都の町も、その先の山々もよく見えた。秋が深まれば手前の紅葉が見事なものになるだろう。
「みんなで写真を撮ろう。俺がまた誰かに撮ってもらえるよう、交渉してくるよ」
皐月はまた若い二人組の女性に声を掛けて撮影の依頼をした。彼女たちは快く引き受けてくれて、何枚か写真を撮ってくれた。今度は仁王門の前の時のようなハプニングは起きなかった。
「あんた、また女の人に頼んだね。いやらしい」
栗林真理の機嫌が少し悪くなった。
「女の人の方が写真を撮り慣れているから、上手く撮ってくれるじゃん。それにしても、ここは景色が良過ぎるな。個別の写真も撮ろうぜ」
皐月たちは一人ずつ写真を撮り、男子と女子で固まった写真も撮った。皐月は女子の三人とそれぞれツーショットを撮りたいと思っていたが、真理の機嫌が悪いので、さすがにそんなことは言えなかった。
「この奥の院の真下に音羽の滝があるんだよね。ここで行叡と賢心が出会い、奥の院のあったところに行叡の住んでいた家があったっていうことなんだけど、みんなはどう思う?」
皐月は五人に清水寺の由緒について聞いてみた。皐月は学校の事前学習で出した結論の音羽山の音羽の滝が本命で、本当の奥の院はここではなく、成り立ちの伝承が同じ音羽山の法嚴寺だと思っている。
「音羽の滝しだいかな……。行叡と賢心が出会った頃、音羽の滝の水量が豊かだったら、ここが二人の出会った場所なのかもしれない」
二橋絵梨花は音羽の滝が鍵だと思っているようだ。行叡が滝行をできたかどうかを根拠にしたいのだろう。現在の清水寺の音羽の滝では水量が乏しくて滝行ができそうにない。
「僕はここじゃなくて、音羽山にある法嚴寺の方が本当の奥の院だと思う。清水寺は音羽山清水寺って言うんでしょ? 音羽山は音羽山だから、その方が地理的にしっくりくる。音羽山って滝がいっぱいあるから、行叡が滝行するなら音羽山の方が自然だと思う」
岩原比呂志は地理を根拠に判断している。鉄道オタクの比呂志は地理が得意だ。
「僕は法嚴寺の縁起の内容から、やっぱり法嚴寺の方が奥の院の本命のような気がする。賢心の記録は清水寺よりも法嚴寺の方が細かいし、法嚴寺の公式サイトには由緒の出典が載っている」
秀真は文献に重きを置いているが、文献を信用はしていない。寺社の由緒に怪しいものが多過ぎるからだ。皐月は秀真の考え方に影響を受けていて、大昔の神話や歴史を考えると嫌になることがある。
「私は今みんながここを奥の院だと思っているんなら、それでいいと思う。多数決と言ったら言葉が悪いけど、こうして大勢の人がここに来て喜んでいるんだから、ここでいいんじゃない」
今が良ければそれでいいといった考え方だ。皐月は栗林真理らしい現実的な選択だと思った。
「起源どうこうっていう話は当事者の問題だから、どっちでもいい。だって私には関係ないから」
吉口千由紀は冷めた考え方をする。皐月は千由紀のこういう物の見方を結構気に入っている。
「でも、ここに来る前に清水寺の由緒をいろいろ考察したのは楽しかった。こういう謎解きの旅行っていいね」
皐月はいい感じにまとめてくれた千由紀に感謝した。清水寺の由緒を調べようと言い出したのは皐月だ。余計なことは考えないで、ただ観光地を楽しむという修学旅行もあったはずだ。修学旅行前の楽しい時間を事前学習に巻き込んだことに責任を感じていた。
「清水寺か……いつかまた、みんなと来たいな」
皐月がつぶやくと、五人全員が軽く頷いた。このメンバーで再びここに来ることは現実的には難しいと思うが、この余韻に浸っていたかった。
「じゃあ今から回復運転ね。遅れを取り戻さなきゃいけないから急ごう。ゆっくりしていたら僕が決めたスケジュールが狂っちゃう」
「しょーがねーなー。せっかく岩原氏が時刻表を調べて考えてくれたんだから、遅れるわけにはいかないよな。行くか!」