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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第9章 修学旅行 京都編
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371 堂塔伽藍を歩く

 清水寺は平安遷都より前の、奈良時代の終わりの778年に開かれた。だがここの堂塔伽藍(どうとうがらん)は何度も焼失していて、現在の建物の多くは徳川家光の寄進によって再建されたものだ。

 目の前にある仁王門は丹塗り(にぬり)の赤が美しく、入母屋(いりもや)造りの屋根は檜皮葺き(ひわだぶき)で重厚かつ雅だ。仁王門は応仁の乱で焼失したが、室町時代に再建された。

 高さ14メートルのこの楼門はただ大きいだけではない。白壁と赤い柱のコントラスト、金剛力士像を守る格子に組まれた緑色の木柵、茶色の檜皮(ひわだ)という配色が青い空に映えて美しい。


 藤城皐月(ふじしろさつき)たちは仁王門の急な石階(いしばし)を上った。左右の狛犬(こまいぬ)の警護を突破して階段を上り切ると、今度は仁王像が待ち受けていた。

「金剛力士像って、どこの寺のも迫力あるよな」

「皐月は小さい頃、豊川稲荷の仁王像が怖くて泣いてたよね」

「うるせーよ、バ〜カ」

 栗林真理(くりばやしまり)が余計なことを言うので、二橋絵梨花(にはしえりか)吉口千由紀(よしぐちちゆき)に笑われた。神谷秀真(かみやしゅうま)は写真を撮りながら歩いているので、少し遅れて石段上り終えた。

秀真(ほつま)、写真撮りまくってるじゃん」

「せっかく現地に来たんだから、ネットで見られないような写真を撮っておかないとね」

「建物ばかり撮ってたら女子に怒られるぞ?」

「大丈夫。なるべく誰かを入れて撮るようにしているから。ほら、皐月(こーげつ)も撮ってあげるよ」

 階段を少し下りた秀真は皐月を見上げるように写真を撮った。秀真の目当ては藤原行成(ゆきなり)による軒下の扁額(へんがく)のようだ。


 仁王門を抜けると、左手に鐘楼(しょうろう)が、右手に西門(さいもん)があり、西門の奥には三重塔(さんじゅうのとう)がある。空を背にしたその並びが丹塗りの朱色と音羽山の森の緑の彩りに相俟(あいま)って美しい。

 西門に至る階段はあるが、そこは誰も通れないようになっている。皐月たちは西門の左脇の緩やかな石階を上って、鐘楼と西門の間を抜けた。

「ねえ皐月、西門ってなんで通れないの?」

「それはね、今も昔も天皇と天皇の勅使(ちょくし)しか通っちゃだめな門らしいよ。真理、勅使ってわかる?」

「わかるよ、天皇の使いのことでしょ。景色が良さそうなのに見られないなんて、もったいないな」

「門の周りからなら見られるよ。西門から見る日の入りがすごく美しいんだって。夕陽を見ながら極楽浄土を想うだけの、日想観(にっそうかん)っていう修行もあるらしいよ」

「癒されそうな修行だね。そんな修行なら私もやってみたいな」


 石の(きざはし)を上り切ると、石畳の参道の右手には三重塔が、正面には随求堂(ずいぐどう)がある。

 三重塔は高さ約30メートルもある朱色が美しい丹塗りの塔で、清水寺のシンボルともいえよう。皐月たちもこの三重塔を見て、遠く離れたところから清水寺の位置を知った。塔内には大日如来(だいにちにょらい)像が祀られている。

 三重塔を前にして、秀真が立ち止まって話しかけてきた。他の5人も歩みを止めて、秀真の言葉に耳を傾けた。

皐月(こーげつ)、大日如来って天照大御神(あまてらすおおみかみ)のことだっけ?」

 秀真は事前学習で神仏のことを熱心に調べていたので、大日如来のことはよく知っているはずだ。対抗心の湧いた皐月はここで根拠のない思いつきをぶつけてみた。

「神仏習合の解釈だとね。でも仏教だと宇宙の中心とか宇宙の真理とか、そんなわけわかんない絶対神みたいになってる。俺は大日如来のことを天之御中主神あめのみなかぬしのかみ天之常立神(あめのとこたちのかみ)じゃないかって思ってるんだけど」


「大日如来は真言宗(しんごんしゅう)の本尊だね。清水寺って法相宗(ほっそうしゅう)だけじゃなく真言宗も兼ねていたんだよね」

 絵梨花は中学受験の勉強もあるのに、修学旅行に備えて仏教のことを調べていた。

 学活の時間に修学旅行の下調べをしている時、絵梨花がオカルトに興味がありそうだと知り、皐月と秀真は大いに喜んだ。だが、秀真は皐月を出しにして絵梨花に話しかけたいだけだ。

「そうそう。平安時代と言ったら天台宗と真言宗だから、清水寺だって両方の影響を受けているよ。清水寺の本尊の観音様の教えは天台宗の経典の法華経に説かれているからね」

「神谷さん、凄〜い! 私、そこまで詳しいこと知らなかった」

 絵梨花に褒められて、秀真がとても嬉しそうだった。この瞬間のために秀真は神仏の勉強を頑張っていたのだろう。秀真のいじらしさに皐月は感動を覚え、思いつきでしか物を言えない自分のことが恥ずかしくなった。


「ねえ、あの人だかりってなんだろうね?」

 真理が指差したのは随求堂(ずいぐどう)の「胎内めぐり」の受け付けにいる人たちのことだった。修学旅行の中学生や日本人の男女が集まっていた。

 胎内めぐりとは清水寺の呼び物のようなものだ。地下にある洞窟は大随求菩薩(だいずいぐぼさつ)の胎内を表していて、その暗闇の中を歩いて外に出ると、その人は身も心も新しく生まれ変わるというものだ。

「栗林さん、どうする? 胎内めぐりやってみたい?」

 千由紀が真理に話しかけ、絵梨花は二人の様子を眺めていた。女子3人が胎内めぐりに興味がありそうだったので、皐月たち男子3人は先に進んだ。

「私はやめておく。面白そうだとは思うけど、今は清水の舞台とか他のことに時間を使いたい。胎内めぐりは修学旅行じゃなくて観光で来た時にやってみようかな。吉口さんはどうする?」

「う〜ん。こういう遊びは積極的にやってみたい方なんだけど、やっぱり時間が足りないからできないな。みんな修学旅行だからって割り切ることができて、すごいよね。私は要領が悪いっていうか、ちょっとでも気持ちが残るものって簡単に切り捨てられない」

「その気持ちわかる〜。私も以前は有意義だなって思うものを切ることができなかった。でも時間がなくなってきて、そんなことも言ってられなくなっちゃって……」

「受験勉強?」

「うん。優先順位をつけて勉強してたんだけど、もう最優先でしなきゃいけないことからやるようにした。何をすべきかきっちり選んで、やった方がいいってレベルのものはバッサリと切り捨てた。そうしたら成績が上がったよ」

 絵梨花は真理と千由紀が話している間、お堂に祀られている大随求菩薩(だいずいぐぼさつ)像に手を合わせていた。


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