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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第6章 穏やかな日々の終わり
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258 悪い男の子

 藤城皐月(ふじしろさつき)は喜びが苦悩へと変わり始めているのを感じていた。

 自分としてはただ魅力的な入屋千智(いりやちさと)、幼馴染の栗林真理(くりばやしまり)芸妓(げいこ)明日美(あすみ)を好きになっただけだ。

 だが彼女ら全てとの仲が進展してしまうと、下世話な言い方をすれば三股をかけているということになる。常識という物差しで測れば、自分は最低のゲス野郎だ。

 母の小百合が父と別れたのは、父の女性問題だと母の師匠の和泉(いずみ)から聞いている。皐月は自分のしていることを省みると、父と同じような女性問題を起こしていることになる。小百合は皐月に父のことを一切話さないので、母が父のことをどう思っているかは皐月には全くわからない。

 和泉は父のことを女にだらしがない、とひどく嫌っている。父と母の仲が上手くいっていなかった期間、皐月は和泉の家に預けられていた。その時に和泉から父のことを悪く言うのをよく聞かされていた。

 皐月は自分が和泉に罵られるようなひどい男になってしまった。いつか誰からの愛も受けられない、寂しい男になるかもしれないと思った。


 階段を上る足音が聞こえたので、皐月は思索をやめた。夏の終わりから一緒に暮らし始めた女子高生の及川祐希(おいかわゆうき)が家に帰って来たからだ。いくら自分がゲス野郎でも、祐希のことは笑顔で迎えたい。

 祐希が皐月の部屋のドアをノックした。渡り廊下を回って自分の部屋に行くと思っていたので、皐月は少し驚いた。

「ただいま。いい子にしてた?」

「おかえり。今日も遅かったね。文化祭の準備は順調に進んでる?」

「ちょっと遅れ気味かな」

「そんなとこにいないで、俺の部屋を通って自分の部屋に行きなよ」

「じゃあ、ショートカットしちゃおうかな。渡り廊下って、暗くて怖い」

 小百合寮の渡り廊下には照明がない。祐希はいつもスマホの明かりを頼りに夜の渡り廊下を歩いている。だから皐月は自分の部屋を通り抜けて、祐希には自分の部屋へ戻ってもらいたかった。皐月は祐希も自分に気を使い過ぎていると思っている。

 祐希の部屋は明かりがついていなくて暗いので、皐月は部屋を隔てている(ふすま)を開けて、明かりをお裾分けした。自分の部屋に入った祐希は部屋の照明をつけ、スクールバッグを床に置いた。

「祐希って晩御飯、食べてきた?」

「何も食べてないよ〜。もうお腹ペコペコ」

「今日は親子丼だったよ。すげー美味しかった」

「ホント? じゃあ今から食べてくるね。着替えるから、襖を閉めて」

「はいは〜い」


 襖を閉めると、皐月はPCからわざと音を出して音楽を流した。これは祐希の生活音を聞いていないという皐月からのシグナルだ。

 皐月は動画サイトで好きなアイドルグループ『群青の世界』の『未来シルエット』のミュージック・ビデオを開いた。感傷的になっている今の自分の気持ちにピッタリの曲だ。

 PCのモニターには白のワンピースを着た5人のかわいらしい女の子たちが、海辺で歌って踊っている姿が映っている。曲も素晴らしいし、青い空と白い雲の美しい映像が印象的だ。

 空はなぜ青いのか。雲はなぜ白いのか。

 空の青さは太陽光の中の青い光が空気中の微粒子によって散乱されるから。空が白く見える時は、空気中の水蒸気の量が多いと太陽光の全ての色が散乱して色が混ざるから。雲の白さも同じだ。この蘊蓄(うんちく)は真理から教えてもらった。

 アイドルソングの多くは恋愛を歌っている。皐月はその曲の歌詞の内容を、自分とアイドルが恋愛をしているシチュエーションで想像して楽しむことがある。

 ただ、グループで歌っていると困ることになる。推しがいればいいけれど、箱推しの場合だと、その中の誰のことを想像したらいいんだろうと悩んでしまう。

 例えば『未来シルエット』では「僕は、きっと、誰より側で寄り添えるよ」と歌っているが、5人いる群青の世界のメンバーの、誰の側で僕は寄り添えばいいのかと悩む。片っ端から寄り添っちゃおうかとか、そんな無邪気でバカげたこと妄想するのは楽しい。

 だが、これに近い状況が今、皐月の世界では現実になろうとしている。

(千智、真理、明日美……俺は一体、この三人の中の誰に寄り添えばいいのか……)

 アイドルのように箱推しができるなら、それが一番いい。だがそれは現実世界の恋愛では悪いこととされている。

 他人から悪い奴だと思われることを受け入れてしまえばいいと思うが、それでいいのは自分だけで、千智や真理、明日美にとっていいわけがない。バレなければいいという、ずるい考えが皐月の頭をよぎる。


 着替え終わった祐希が襖を開けて部屋を覗きこんできた。

「また皐月の部屋を通って行っていい?」

「そんなのいいに決まってるじゃん。これからは暗くなったらこっちを通って行きなよ。そんなことで遠慮しないでほしいな」

「ありがとう!」

 祐希がすごく嬉しそうにしている。祐希は高校生のくせに、暗いところを怖がるところがかわいい。

「皐月、私がお風呂から上がってくるまで寝ちゃダメだからね」

「どうして?」

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」

「別にいいけどさ……。もし寝ちゃってたら、起こしてね」

「そういえば私、寝てる皐月ってまだ一度しか見たことがないな……。寝顔を見たいから、寝てていいよ」

「やっぱ寝ない! 祐希、絶対いたずらするだろ?」

「しないよ。うふっ」

「いいよ。俺、起きてるから」

「大丈夫だよ。ちゃんと起こしてあげるから」

「じゃあ、キスで起こして」

 真理に言うノリで言ってみたが、自分の言葉に皐月は恥ずかしくなった。祐希は嫌そうな顔をせずに、笑っていた。祐希が軽く手を振って、皐月の部屋から出て行った。


 皐月はさっきまで好きな女性を千智、真理、明日美の三人だと思っていたが、祐希を入れると四人になることに気が付いた。

 祐希には恋人がいるので、皐月はなるべく祐希に意識を向けないように避けていたが、改めて祐希を見ると、やっぱり祐希は魅力的だ。皐月は気が多い自分のことをバカなんじゃないかと、苦笑せずにはいられなかった。


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