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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第9章 修学旅行 京都編
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365 京都駅から鉄道と徒歩で清水寺へ

 午前9時になると、稲荷小学校の修学旅行初日の班別行動が始まった。

 各班は行き先ごとに別れ、それぞれバス乗り場や地下鉄改札口に散り散りになった。中央口の改札から京都駅に入り、在来線を利用するのは藤城皐月(ふじしろさつき)たちの班だけのようだ。


「朝一で清水寺に行く子たちっていっぱいいるじゃん。バスだと直接近くまで行けちゃうんでしょ? 電車って効率悪くない?」

 バス停へ向かう同級生たちを見て、神谷秀真(かみやしゅうま)が疑問を投げかけた。秀真は自分たちだけが違う行動をしていることに不安を覚えているようだ。

「移動だけを考えたら、目的地に近い所まで行けるバスの方が効率がいいかもしれないけど、旅ってそれだけじゃないよ。目的地だけじゃなくて移動も楽しめるから」

「岩原君はオタクだから鉄道の移動が楽しいだけでしょ?」

 栗林真理(くりばやしまり)の言葉は辛辣だ。だが幼馴染の皐月は真理のこういう言い方に慣れている。初めの頃は怖がっていた岩原比呂志(いわはらひろし)吉口千由紀(よしぐちちゆき)も真理に慣れ始めているようで、もう誰も真理のキツい言葉を気にしていなかった。

「鉄道は渋滞回避って言ったでしょ。バス停を見てよ。凄い行列になってるよ。バスの定員は70人だし、あれって一度に全員は乗れないよね? 次のバスが来るまで待たなきゃいけないし、乗れたとしてもギュウギュウ詰めだよ?」

 班のみんなで話し合った時はバスの混雑と道路の渋滞を避けるために鉄道での移動に決めた。こうしてバス乗り場の実態を目の当たりにすると、皐月は自分たちの判断に間違いはなかったと思った。


 改札を抜けて、皐月たちはエスカレーターで2階に上り、10番線のJR奈良線のプラットホームに向かって跨線橋を歩き始めた。

 比呂志はホーム側の窓際に寄り、窓から在来線のホームに心を奪われていた。比呂志の様子が鉄ヲタ丸出しで面白かったので、皐月は千由紀からスマホを借りて比呂志の写真を撮った。

 新幹線中央乗換口の手前にあるエスカレーターを下り、奈良線のプラットホームに出た。9・10番線は終着駅らしい風情を感じさせる頭端式で、旅情をそそられる。電車はすでに入線していたので、比呂志が写真を撮りまくっていた。

 10番線には皐月の地元の飯田線では見かけない205系という直流通勤形電車が停まっていた。東福寺駅で乗り換える際、最後尾にいた方がいいと比呂志が言うので、座席には座らずにドア付近で立つことにした。


 発車時間が近付くにつれて車内は混み始めてきた。乗車してくる人の半数以上が外国人だ。こんな人種の坩堝(るつぼ)のような所が日本にもあったのか、と皐月は興奮した。

「みんなどこに行くのかな?」

 真理が皐月に話しかけてきた。豊川駅を出てから真理とはあまり話していないことに気が付いた。

「伏見稲荷か平等院じゃないかな。奈良まで行く人も多いかもね。俺たちは次の駅の東福寺で降りちゃうけど」

「私たちみたいに電車で清水寺に行く人っているのかな?」

「鉄道だと乗り換えがあったり、駅で降りた後の歩く距離が長かったりするから、外国人にはハードルが高いかもね。でも、俺にはそれが穴場みたいでいいと思うよ」

 車内が混み合ってきて、真理との密着度が高くなってきた。混雑にまぎれて、真理が必要以上に体を寄せてきた。多分わざとだろう。

 真理と体を寄せ合うのは慣れているので、皐月は特に変な気を起こすことはなかったが、背後に背の低い二橋絵梨花(にはしえりか)がいたので、そっちの方でドキドキした。


 9時10分発の奈良行き普通列車は大勢の人を詰め込んで、ゆっくりと京都駅を発車した。バスの混雑を避けたはずなのに、電車でもひどい混雑だった。

 だが一区間しか乗らないので、この混雑からは3分で解放される。バスならもっと長い時間拘束されると思うと、皐月は鉄道での移動は間違ってなかったと確信した。

 東福寺駅にはすぐに着いた。2番線を下りた皐月たちは左手すぐにある乗り換え口へ向かった。ここで京阪電車に接続するが、駅の外に出ることはない。

 乗り換え口の改札を通ると、隣の京阪のホームに移動できる。接続時間が2分あるので、慌てずにゆっくりと歩いても余裕で間に合う。

 JR線の改札を出て右に曲がると京阪線のホームと改札が見えた。改札の右手に券売機があるが、manaca があるので切符を購入する必要がない。

「manaca って便利だね」

「だろ? 切符を買わないのは楽だよな」

「それに早いよね」

 シームレスな移動という利便性は圧倒的だ。千由紀が嬉しそうに話すのを聞き、皐月と比呂志はみんなで交通系ICカードを持とうと提案して良かったとホッとした。


 皐月はこのJRと京阪の改札口の間のわずかな区間を大いに気に入っていた。この外部から直接入れないラッチ外の一画はエアポケットのようだ。改札を出ても外に抜けられない場所ということで「地獄」と呼ぶ人もいるらしい。

 比呂志を見ると京阪のホームの方に関心が向いているようなので、このマニアックな歓びは比呂志と共有できそうにない。皐月は一人で東福寺駅を堪能した。

 東福寺駅は特殊な駅といっていい。京阪のホームに出た皐月と比呂志は実際に駅の中を歩いてみて、感動を口にし合った。

「岩原氏、東福寺駅ってトリッキーだよな。JRも京阪も2面2線なのに、本当は島式ホーム1面を相対式ホーム2面で挟む配線じゃん」

「島式ホームを塀で仕切って相対式ホーム2面2線のように見せかけているだけなんだよね」

「昔はこの仕切りもなかったんだって。キセルし放題だよな」

「京阪は地上に改札があるのに、JRだけが橋上駅舎っていうのも芸術点が高いよね」

「いや〜。こんな面白い駅に来られて、もうこれだけで鉄道移動にした甲斐があったよ」

「何言ってんの、藤城氏。お楽しみはこれからなのに」


 皐月と比呂志が鉄道話で盛り上がっていると、緑の頭をした黒い顔で口元が白い7000系がやって来た。9時15分発、出町柳行きの準急だ。この電車に乗って、二つ先の祇園四条駅で降りる。

 東福寺駅を出ると、1分もたたずに七条駅の手前で地下に潜った。ここから終点の出町柳駅までは地下区間になる。

「地下鉄みたいだね」

 真理のつぶやきに比呂志が反応して解説を加えた。

「昔は地上駅だったんだよ。でも車社会になって国道1号線が渋滞するようになったから地下化したんだって」

 七条駅を出て清水寺の最寄り駅の清水五条駅には9時18分に到着した。モーター音が低くなりながら電車が止まった。


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