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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第8章 修学旅行 準備編
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350 もう一緒に仕事をすることはない

 修学旅行の前日集会が終わると、6年生は教室に戻って帰りの会をして、いつもより早く帰途に就いた。だが、実行委員の藤城皐月(ふじしろさつき)江嶋華鈴(えじまかりん)が来るのを一人教室に残って待っていた。自分の席に座っていても退屈なので、教室の最前列の窓際に移動して窓の外を眺めていた。

「お待たせ。遅くなってごめんね」

 華鈴が慌ただしく教室に入ってきた。

「いいよ。ところで最後の打ち合わせって何?」

「北川先生から修学旅行のタイムテーブルをもらったの。私たち児童用じゃなくて、教師用のプリントね。私たち委員長と副委員長も目を通しておけって言われたから、一応目を通しておいた方がいいと思って」

「ふ〜ん。そんなの、俺たちが見る意味ってあるの?」

「まあ、私たちがする挨拶のタイミングはわかるかな。漠然と生徒を代表して挨拶しろって言われていたけど、具体的にいつ挨拶をするかはわからなかったでしょ?」

「まあ、そうだな。やれって言われたら、やるって感じだったし。そこはモヤモヤとしていたから、段取りがわかっていた方がいいかな」

 華鈴にしては言っていることが明晰ではないと思った。児童会長をしている時の華鈴とも雰囲気が違う。皐月には華鈴に筒井美耶(つついみや)の持つ、自分に気のある雰囲気を感じた。


「で、そのプリントには細かいスケジュールが書いてあるわけだ。見せてもらってもいいかな」

「藤城君の分もコピーしてあるから」

 華鈴に渡されたプリントは修学旅行の日程表の教師用のもので、そこには児童の知り得ない教師の行動が記されていた。

 初日の京都での班行動の時に、教師の誰がどこにいるのかとか、旅館での教師の役割分担と細かいスケジュールなどが書かれていた。微に入り細を穿った段取りがびっしりと書かれていて、これは修学旅行のしおりと違って完全に業務用の書類だ。

「私たちが挨拶をするところはマーカーで色をつけておいたから。一通り読んでみた限りでは、挨拶のところ以外、私たちには何も関係なかったよ」

「そりゃ教師用のタイムテーブルだから、俺たちは関係ないよな……。でも、挨拶のタイミングがあらかじめ分かっているのはありがたい。それに修学旅行の舞台裏を覗いているみたいで面白いな、これ」

「よかった……。余計な仕事を増やすなってウザがられるかと思ってた」

「そんなことないって。こうしてまた江嶋と一緒に仕事ができるんだから、嬉しいよ。修学旅行が終わったら、こうして江嶋と一緒に仕事をするってことはなくなるんだからさ。そう考えると、なんか名残惜しいよな」

 皐月の言葉に華鈴は何も返さなかった。華鈴がランドセルにプリントを入れて、帰ろうとした。


「なあ……俺、なんか変なこと言った?」

 ランドセルを背負った華鈴が皐月の言葉に立ち止まった。

「別に……。何も言ってないよ」

 華鈴は振り向きもせず、また帰ろうとした。

「待てよ」

 たまらず皐月は華鈴の手を取った。華鈴はまた立ち止まった。

「一緒に帰ろうぜ」

「いい。一人で帰る」

「帰りの方向、同じじゃん。途中まで一緒に帰ろう」

 華鈴はもう一人で帰ろうとはしなかった。ただその場にだまって俯いていた。

「明日、修学旅行じゃん。江嶋が何を怒っているのかわからないけど、旅行の前の日くらい喧嘩しないで仲良くしようぜ。なっ?」

 華鈴の顔を覗きこむと、赤い顔をしていた。

「名残惜しいとか言わないでよ……」

「えっ?」

「もう一緒に仕事をすることがなくなるとか言わないでよ」

 華鈴が顔を上げた。目から涙が溢れ出した。

「ああ……これで実行委員も終わりだと思うと、ちょっと寂しくなっちゃってさ。もしかして江嶋も寂しかった?」

「寂しいよ! 寂しいに決まってるでしょ」

 涙を流して訴える華鈴を見て、皐月も感極まって泣きそうになった。


「江嶋と一緒に実行委員をやれて良かった。委員会の仕事をしている時、俺ずっと楽しかった」

 華鈴が涙を拭き始めたので、皐月も目尻に溜まった涙を人差し指で拭った。すると、皐月まで堰を切ったように涙が流れ始めた。

「藤城君のさっきの挨拶。何、あれ? 盛り上げてって言ったのに、真面目なこと言っちゃって」

「俺、そういうの苦手なんだよ」

「スローガンのこととか言い出しちゃってびっくりした。私、スローガンなんて完全に忘れてた」

「お前、割とバカだよな。スローガンは大事だろ?」

「藤城君のことが大好きな筒井さんが考えたスローガンだから、そりゃ大事だよね」

 華鈴がやっと笑った。

「一緒に帰ろうぜ。なんなら家まで送ってやろうか?」

「家はいい。今日はお母さんがいるから」

「そうか。そりゃ良かったな。じゃあ俺ん家まで送ってくれ」

「しょうがないな〜。じゃあ家まで送ってあげるよ」

 6時間目の授業が行われている中、静かな校庭を皐月と華鈴は二人並んで校門を出た。


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