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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラー短編

人間が、怖い。


「土曜日の夜。みんなで心霊スポットに行かない?」


 大学の学食で友人のひとりがそう言ったとき、まわりは盛り上がっていたけどわたしは冷静だった。

 もちろん場の空気を乱さない程度に話を合わせるくらいのことはした。けれども、積極的に会話には参加しなかったし、なんなら参加もしたくない気分だった。


「美奈は怖い場所、苦手?」


 わたしの醒めた表情に気づいたのか、別の友人が心配そうに声をかけてくれた。


「どっちかっていうとね」


 心霊スポット的な所が苦手だという雰囲気を醸し出してはみたけれど、「みんなで行くから大丈夫!」というなんの根拠もない意見に押し切られ、結局わたしも参加することに決まってしまった。

 だけど、本当のところを言えば、わたしは怖い場所が苦手ではない。

 そもそも心霊現象など眉唾だと思っているし、そういうところで怖いのは集団ヒステリーに陥って統制の取れなくなった集団の方だとも思っている。

 

 そう。わたしは人間のほうが怖い。

 善良で人に優しい。そんな普通の人間にも、恐ろしい部分があると知っているから。

 わたしにとっては、人間こそが恐怖の対象なのだ。





 それは、まだわたしが小学2年生だった頃。

 近所にとても仲良くしていた同い年の女の子が住んでいた。

 名前は真矢ちゃん。

 顔も背格好もそっくりだった私たちは、まるで本当の双子のようだった。

 身に着けていた服なんかも同じものが多く、近所の人に「そっくりで見分けがつかないね」なんてよく言われたものだ。まあ、あまり大きくない町だったから行きつけの服屋さんが同じだったという理由もあるけれど。

 でも、祖母はいつも「また真似して。せめて色違いを買えばいいのに」なんて言ってたから、もしかすると真矢ちゃんとお揃いになるのを嫌がっていたのかもしれない。そんな祖母に母は「まあまあ。店が少ないんですから仕方ないですよ」と笑いながら答えていて、わたしが真矢ちゃんとお揃いになっているのもあまり気にしてない様子だった。

 都会から嫁いで来た母は友人が少なったようで、同じく都会からやって来ていた真矢ちゃんのお母さんとはとても仲が良かったのだ。もしかすると、母と真矢ちゃんのお母さんは、わたし達にわざとお揃いの恰好をさせていたのかもしれない。


 真矢ちゃんは優しくて笑顔が素敵で、わたしは本当に真矢ちゃんが好きだった。

 それは真矢ちゃんもそうだっただろうと思う。

 学校でも、放課後でも、わたし達はいつも一緒だった。

 人生でもっとも心許せる友人をひとりあげろと言われれば、わたしは何の迷いもなく真矢ちゃんの名をあげるだろう。

 わたしは今でも真矢ちゃんのことが大好きなのだ。

 


  

 そんな真矢ちゃんが亡くなったのは、小学3年のときだ。

 当時のことはあまりよく覚えていない。

 ただ、そのことを聞いたとき、あまりのショックでずっと泣いていたことだけを覚えている。

 大人同士の会話で、真矢ちゃんが川で溺れたことも知った。

 たまたまその日、わたしが熱を出してしまい、真矢ちゃんはひとりで遊んでいた。

 子供同士で川に遊びに行ってはいけないといつも注意されていたし、子供たちも川には近寄らなかった。

 ましてや、真矢ちゃんがひとりで川に行くことなど考えられなかった。

 真矢ちゃんはとても怖がりな性格で、ひとりで川に行くような子ではなかったのだ。

 なにか理由があったのか。それとも、誰かに誘われたのか。

 結局、どうして真矢ちゃんが川に行ったのかは誰にもわからなかった。

 大人の中には「美奈ちゃんが一緒だったら」と言う人もいたけれど、だからと言ってわたしを責めるような人はいなかった。



 お葬式に行く前、祖母がわたしに言った。


「美奈ちゃんが大事にしている人形を、真矢ちゃんにあげようね」


 それはわたしが一番大事にしていた可愛らしい女の子の人形だった。


「でも、真矢ちゃんも同じ人形を持ってるよ」


 不思議に思ったわたしは祖母にそう言った。

 真矢ちゃんもまったく同じ人形を持っていた。

 だから、真矢ちゃんに人形をあげる意味が理解できなかったのだ。


「美奈ちゃんの人形でないと意味がないんだよ」


 祖母は静かにそう言った。

 わたしは何も言えなくなって、最後には真矢ちゃんに人形をあげることを決めた。


 真矢ちゃんのお葬式にはクラスのみんなで参列した。

 まわりの女の子はみんな泣いていたけれど、わたしは涙が枯れてしまっていたのか、不思議と涙は出なかった。

 

「美奈ちゃんと遊べなくて寂しいね」


 真矢ちゃんの棺の横で、真矢ちゃんのおばあちゃんがそう言ってわたしを見た。

 けして、わたしを恨むような眼ではなく、なにかを懇願しているような眼だ。

 わたしはなにも言えず、ただ黙って真矢ちゃんの遺影を眺めていた。


 お葬式が終わり、クラスのみんなが帰ったあとも、わたしは真矢ちゃんの傍にいた。

 

「美奈ちゃんも見送ってあげてね」


 真矢ちゃんのお母さんにそう言われて、わたしは母と祖母と一緒に火葬場まで行った。

 祖母は手に持ったわたしの人形を、真矢ちゃんのお母さんに渡そうとした。

 でも、真矢ちゃんのお母さんは「美奈ちゃんの大事な人形だから」と受け取らず、最後には祖母もあきらめて人形を鞄にしまっていた。

 

「じゃあ、せめてこれだけでも」


 祖母はいつ用意したのか、小さな紙の人形を真矢ちゃんの棺にそっと入れた。


「寂しくないようにね」


 それは祖母の本心だったのだろう。

 悲しげに祈る祖母の横顔は今でも覚えている。



 火葬場から真矢ちゃんの家まで戻り、小さな箱に入った真矢ちゃんに挨拶をして、わたし達は家へと向かった。


 歩けばほんの数分の距離。

 でもその日、わたしの足はなかなか前に進まなかった。

 自分でも理由はわからない。

 いつものように歩いていたのに、なぜか違和感があって、わたしは上手く歩けなかったのだ。


「足がへん」


 ついには弱音を吐き出したわたしを見て、祖母の眼が突然つり上がった。


「なんてことを!!」


 祖母はそう叫ぶと、わたしの足から無理やり靴を取り上げた。

 一瞬なにが起こったのか分からなかった。

 ただ、恐ろしい眼で靴を睨みつける祖母が怖かった。


「ごらんよ!」


 祖母に見せられた赤い靴。

 その靴の中に、『真矢』の文字がはっきりと読み取れた。

 それは、真矢ちゃんの靴だったのだ。

 同じ靴を履いていたから間違えたのだろうか。

 でも、玄関で靴を出してくれたのは真矢ちゃんのお母さんだ。


「また真矢に会いに来てやってね」


 真矢ちゃんのお母さんはそう言って笑顔で靴を出してくれた。

 



「絶対に連れて行かせるもんか!」


 祖母はそう言ってわたしを抱きしめた。

 そのあまりの力に、わたしは痛いなあと思いながら、優しく微笑んでいた真矢ちゃんのお母さんを思い出していた。

 優しく微笑みながら、平然と真矢ちゃんの靴を差し出した女。

 そのときだ。人間が怖いと思ったのは。




 あれから10年以上がたつ。

 わたしは真矢ちゃんに連れて行かれることもなく、無事に高校を卒業して、県外の大学に進学した。


「ただいまあ」


 わたしは誰もいないワンルームの部屋に向かって声を出した。


「心霊スポットだってさ。どうしようか」


 わたしは友人達に誘われた心霊スポット巡りをどうするかまだ悩んでいた。

 といっても相談する相手などいない。

 わたしが声を掛けるのは、女の子の人形だ。

 あの時、真矢ちゃんにあげるはずだった人形だ。


「どう思う?」


 もちろん人形が答えるわけがない。


 けれど、黙ってわたしを見る人形を見て、わたしはいつもと違う感じを持っていた。

 何が違うのかは分からない。

 でも、なにかが違う気がした。

 真矢ちゃんのことを思い出したからだろうか。

 人形によそよそしさを感じていた。


 わたしは人形に手を伸ばした。

 小さな頃から見慣れた人形の顔だ。

 うん。なにも変わらない。

 

 でも、わたしは、なにを思ったのか、人形の服に手をかけた。

 服には、小学生の頃にわたしが付けてしまった絵具の汚れがまだあった。

 間違いなく、ずっとわたしと一緒にいた人形だった。

 わたしは人形から服をはぎ取った。


「なんなのよ、これ!」


 服をはぎ取られた裸の人形を見てわたしは叫んだ。

 その背中には、マジックではっきりと『真矢』と書いてあったのだ。

 わけが分からなかった。

 わたしの人形は真矢ちゃんにあげるつもりだった。

 でも、それを真矢ちゃんのお母さんは断っていたはず。

 だから、わたしの元に戻ってきた人形は、わたしの人形のはずだ。

 それがなぜか、真矢ちゃんの人形と入れ替わっていた。

 いったい誰が、こんなことを。



「大事な人形なんだから連れていってあげなさい」


 そう言って人形を持たせてくれたのは母だった。

 母はこの人形をどういう気持ちでわたしに持たせたのだろうか。

 母はこの人形が真矢ちゃんのものだと知っていたのだろうか。


 人形を持たせてくれたときの母の笑顔を思い出し、やっぱり人間は怖い、とわたしは思った。


 そして、そのわたしの気持ちに気づいたのか、真矢ちゃんの人形は、ゆっくりとうなずいた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです [気になる点] 最後のオチがいまいちわかりませんでした。主人公の母親はどうしてまやちゃんの人形を持たせたのか?自分の娘よりまやを優先するとは思えませんが…
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