どうも、売国奴です
「メリル、すまないが婚約を解消したい」
メリルーシェ・アヴィリエル侯爵令嬢がその言葉を告げられたのは、妃教育もそろそろ終わろうかという時であった。婚約者である第一王子、カイエン・グレイ・オーンズウェルがやってきたのは、本日の教育を終えて彼の母親であるマリアとささやかな茶会をしていた時だ。
「カイ様……あの、それは一体……」
いきなりやって来てあまりにも唐突な話に、メリルは思わず彼の母であるマリアへと視線を向けた。質の悪い冗談ではないか、としか思えなかったから。
マリアはしかしそんなカイの言葉を即座に窘めるでもなくただ険しい眼差しを向けるだけであった。
二人の婚約は言ってしまえばよくある政略結婚というやつだ。
とはいえ、将来的にこの国を背負って立つカイと共に並び立てる女性など、いてもそう多くはない。単なる貴族の家の跡継ぎ、程度であればまだしも国。二人の婚約は二人が物心つくより早くに定められ、そうして周囲はまるで刷り込みのように二人の仲を祝福した。
それも恐らくは原因であろう。メリルは幼い頃から大きくなったらカイと結婚するのだと信じて疑わなかったし、将来はこの国の国母となるのだと、それも疑う事などなかった。
そうなるのだから、そこに至るための道筋が多少険しくとも仕方がない。
メリルはそう納得し、幼い頃から将来のための妃教育に励んでいたのだ。
だが、カイは今しがた婚約をなかった事にしたいと言ったのである。
何故。どうして。
そんな疑問が浮かぶのは当然の事であったし、またそのような事を言ったにも関わらず彼の母が何も言わないのも気になった。何か、自分は至らぬ部分があったのだろうか。妃として失格で、それ故に……?
しかしそれならもっと早くに見切りをつけられていただろう。こんな、もうじき妃教育そのものが終了を迎えつつある状態で言われるのは不自然すぎる。
今から新たな妃を選ぶにしたって、自分以上に優秀な者はいないと思っているし、仮に自分以上に優秀な令嬢がいたとしても今から、一から学ぶにしても時間がかかりすぎる。
「何か、事情がおありなのですよね……?」
これでロクな事情がなければメリルは不敬と言われようともカイを一発ぶん殴る所存であったが、カイはそんな物騒な事をメリルが思っているなど気付いてもいない様子で、静かに語り始めた。
隣国ロックダッグレイン。そちらは女帝ヘルミーネが治める国であるが、彼女は独身であった。
いや、過去縁談がなかったわけではないのだが、いずれもうまくいかなかった。そうして独り身のまま年数ばかりが経過して、気付けば適齢期なんて言葉からもすっかり遠のいていた。カイの母、マリアよりも若干年上の女帝は、最近以前にもまして活動を激化させ物騒な噂ばかりが目立っている。
国内を平定した後、次に目を向けるのは当然外――つまり、この国も密かに侵略の危険性があった。
少し前までは内乱が多発していたとはいえ、他国がちょっかいをかけなかったわけでもない。けれどもそれらを全てひっくるめて収めてみせたヘルミーネの手腕は間違いなく本物である。
そして、国内を平定させた後、改めてちょっかいをかけた国へ今までのお礼とばかりに侵略を開始した。
通常、内乱などが終息した後すぐさま戦を仕掛けるような真似はしない。そもそも兵士だって内乱を収めるために戦っていただろうし、兵士のみならず国民だって無事で済むはずもない。だからこそ、数年は大人しくしているだろうと信じて疑わなかったのだ。周辺国家は。
けれどもその想像を裏切ってヘルミーネは他国へ侵略戦争を仕掛けた。
万全の状態ではない兵士など敵ではない、と言えれば良かったのだがそれでも小国は落とされた。
カイたちが暮らすオーンズウェル王国からロックダッグレインを挟んだ向こう側の国はそのほとんどが落とされたと言っても過言ではない。
そうなれば次に危ういのはこの国である。露骨にちょっかいかけたりはしなかったから狙われていなかっただけかもしれないが、いくつもの小国を飲み込んで更に大きくなった国となったロックダッグレイン、ひいてはヘルミーネからすれば、もうオーンズウェルも脅威とは思わないだろう。むしろ脅威だと思うのはこちらである。
国力や戦力的にそう優れていたとは思えない。にもかかわらずかの国は勝ち続けてきた。
その勝利神話を終わらせる、などと言えればいいが、正直それはかなり分の悪い賭けであった。
メリルは薄々思っていたのだ。
もし即位したならば、最初の仕事は隣国との関係をどうにかする事だろうと。メリルとて自国とその周辺の状況を理解していないわけではない。
もし、隣国と戦争になったとして。
勝てたとしても戦後処理はとても大変だろうし、負けた場合は最悪その場で処刑だ。
その事を考えるだけでも、メリルは恐ろしさを押し込めるようにしていたのだ。そもそも妃として王を支えるとしても、メリルはごく普通の貴族令嬢だ。身分が上というだけの。
戦略だとかそういった知識は詳しいとはとてもじゃないが言えない。
それでも逃げ出すわけにもいかないからこそ、メリルは内心の恐怖を押し込めていた。
もし負けて、この国の王族を処刑、何て事になればメリルはともかくカイの両親である現国王と王妃もそうなる。けれどもマリアはそんな未来などありはしないとでも言うように、あまりにもいつも通りであった。だからこそメリルも必要以上に怯えてはならぬと言い聞かせていたに過ぎない。
だが、ここで婚約を解消して無関係、というわけにもいくはずがない。
何せ妃教育で王家の闇とも言える部分も知ってしまった。そう簡単にメリルが王家から解放されるとは思えない。
「私は、隣国に行く」
「それは、つまり……」
「あぁそうだ。婿として隣国へ行く。戦争を回避するための方法は限られている」
メリルは思わず目を見開いていた。
戦争を回避。確かにそれが一番いい方法だとは思う。
仮に戦争をしたとして、勝ち目があるかどうかはわからないのだ。いくら相手の国の兵士たちが疲弊していたとしても、それでもなお、周辺の国は取り込まれた。取り込まれた国の人間が新たな兵としてこの国に攻め入る可能性は高い。
周辺国家を取り込む前のロックダッグレインであったなら、まだ勝ち目があったと思える。けれども今はそうではない。
「メリル、きみには新たにこの国の王となる我が弟を支えてやって欲しい」
「……アドニス様を……?」
「あぁ、まだ王となるための教育は終わっていないけれど、それでも弟は優秀だ。すぐに覚えるべきものは覚えるだろう。その間、きみには少しばかり負担がかかるかもしれないけれど、これが、最善なんだ」
無理矢理笑みを作るような表情をして、カイはメリルに言い聞かせるように告げる。
アドニスはカイとは五つ離れた弟だ。メリルとは三歳差。結婚相手が変わったとしても、気になる程の年齢差ではない。
隣国の女帝に和平交渉を持ち込むべく、政略結婚を申し込むにしてもヘルミーネは決して若くはない。
いくらなんでもカイよりも更に若いアドニスを送るわけにもいかないだろう。親子ほど年が離れている、なんていう相手と政略結婚する貴族がいないわけではないが、それだってそこまで多い事例ではない。だというのに王家がそれをするというのは、言うまでもないが苦渋の決断でもあった。
確実に勝てる戦争であれば、こんなことはしなくて済んだ。けれどもいざ戦争になった場合、多くの犠牲が出るだろう事は明白だ。
民に罪はない。だからこそ、カイは犠牲を最小限にするべくとっくに父王に話をしていたし、同じく母にもその話はしていた。だからこそマリアはここでメリルに婚約をなかった事にしてほしい、と息子が言っても動揺しなかった。
カイ様は、そうまでしてこの国を……
ほろり、と涙がこぼれそうになってメリルは咄嗟に上を向いた。そうして目元にぐっと力を入れる。同情、憐れみ、そういった感情をカイに向けるのは彼の決意に水を差すようなものだろう。だからこそ、メリルは気を抜けば泣きそうな声になる自分を内心で叱咤しつつ、
「そのお話、承りました……」
どうにかそれだけをこたえる。
弟でもあるアドニスにも既に話はしていたし、だからこそ彼にも王となるべくカイが受けていた教育を既に始めている。アドニスはメリルに懐いていたし、結婚する事には問題もない。
政略結婚であったカイとメリルであったけれど、仲が悪いわけではなかった。それでも、こうするしかなかったのだ。
数日後にはカイとメリルの婚約が解消され新たにメリルの婚約者がアドニスになった事、この国の新たな王はアドニスになる事などが通達されて、いよいよカイは悲劇の王子のような扱いを表立ってはないもののそれでも密かにされていた。
けれどもそれを止めようなどという者はいない。こうする事でしかこの国を守る方法はないのにそれを取りやめるようにと声を上げるのは、つまりこの国を犠牲にしろというのと同義なのだから。
そこから更に一月後には異例の早さでカイは隣国へ赴き、婿入りすることになったのである。
本来ならば結婚式にはオーンズウェルの王族も参加するべきなのかもしれないが、とてもじゃないが参加できなかった。いや、そもそも結婚式は大々的に行うつもりがなかったらしく、招待状すら送られてこなかったので参加しようがない。
だがもし招待されていたとしても、参加して平静を保てるかはわからなかった。
カイの犠牲とも言える状態で、オーンズウェルは平和を維持している。今は思う事が沢山あるだろうけれど、それでもいずれは両国の関係も良くはなるだろう。そう信じるしかなかった。
――ここまでであれば、カイエンは悲劇の王子とでも呼ぶべき存在だ。
これで両国との仲が結ばれているのであればなおの事。
だがしかし、実際はそうならなかった。
カイが婿入りを果たしてから半年後。
ロックダッグレインはオーンズウェルへ侵略を開始した。
事前に警告も何もなく、まさに突然と言えるべき状況で。
突然の事に成す術もなくオーンズウェルは侵略を許してしまい、そこからは一方的な虐殺といってもいい行いが繰り広げられた。
殺されたのは基本的に兵士ばかりであったけれど、それでも犠牲は多い。歯向かうならば民であっても容赦はしないと告げれば、死にたくない民は即座に白旗を振って降参の意を示す。
戦う意思を見せた者だけが容赦なく殺されていき、いよいよロックダッグレインの軍はオーンズウェルの中心部、即ち王都へと辿り着いていた。
あまりにも素早い侵攻に国の中心でもある王都ですら対応は遅れた。どうにか兵を編成できたとしても果たして渡り合えたかはわからない。兵力差はあまりにもありすぎた。それ以前に、侵略兵はオーンズウェルの内部を把握していたのだろう。防衛の要である場所はあっという間に制圧され、迎撃するにしてもそれらことごとくが事前に対処されてオーンズウェル兵はほとんど手も足も出なかった。
だからこそ王都はあっという間に制圧され、城内にいた王族は逃げる間もなく引きずり出された。
まだ早いと言われていたが、優秀な王妃に支えられ即位したばかりの若き王。
そんな若き王を支えていた美しき王妃。
早い引退と言われたものの若き王を見守っていた先代国王と先代王妃。
広場に引っ立てられて、そこに用意されていた処刑台に彼らは拘束されてしまった。
他に城で働いていた貴族を含めた者たちも、抵抗した者は既に殺され生きているのは抵抗せずに降参したものだけだ。無血開城とはいかなかったが、それでも流れた血はきっと普通に戦争をするよりは少なかっただろう。
広場周辺には兵士に牽制されつつも王都に住まう民がいた。余計な真似をするのであればその場で切り捨てる、と言われているからか多くは大人しくしている。――否、既に数名余計な事を仕出かし結果殺されているからこそ、死にたくない者たちは行動に移る事ができない。
捕らわれた王族を助けよう、という意識を持つ民はいなかった。既に殺された民がそうであったかもしれない。
この国が終わる、というただそれだけを漠然と理解し呆然と見ている民と、処刑台からそれらを見る事しかできない王族たちと。助けてと叫ぶ事は恐らく意味がない。仮にそう叫んだとしても、きっとこの場にいる民からは逆にこっちを助けろと言い返されかねない。
どうして。
一体どうしてこんな事に。
歴代最年少で王となったアドニスの妻、メリルは青ざめた顔を隠す事もできないままそんな事を思っていた。
どうして隣国が。
だって、この国の平和のために彼は犠牲となったはずなのに。
彼――カイは果たしてどうしているのかしら。何か、もしかして向こうで間違えたのかもしれない。
ぐるぐるとどうしたって事態が改善される事はないだろう考えが巡っていく。
そこに隣国の兵士たちに囲まれて、何者かが近づいてくるのが見えメリアの思考は一度中断された。
「兄、上……!?」
信じられないものを見たかのような、そんな声はアドニスから発せられていた。
そこにいたのは確かにカイエンであった。そしてその隣にはカイエンと同年代だろう女性が立っている。騎士、ではない。その服装からどちらかといえばメリルやマリアと似たようなものだ。これで騎士はないだろう。
「カイ!? どうして貴方が!? いいえ、いいえ一体これはどういう事なの!?」
マリアが叫ぶ。だがしかしカイエンは自らの母であるはずの女に対して酷く冷ややかな眼差しを向けるだけだった。
「半年、仮初の平和はどうでしたか? てっきり軍の編成が変わっている可能性も考えたのですが、以前と変わらぬままでしたね、おかげでとても楽でしたよ。ここまでくるのに」
ふっ、とかすかな笑みは近くにいる者たちにしか気付けなかっただろう。けれども、間違いなくカイエンは嗤っていた。
少なくとも彼がこの国を出る以前、お互いの関係は良いものであったはずだ。だというのに、その彼は今、こちらが死ぬかもしれない状況下だというのに嗤っている。
その光景に、メリルは知らず震えていた。
「我が息子よ! 気でも狂うたか!? 一体なぜこのような……ッ」
先王ガレオンの言葉は最後まで続かなかった。カイエンが腰に差してあった剣を抜き、彼の眉間に突き付けた事でガレオンはそれ以上言葉を発する事ができなくなってしまったのか、はくはくと僅かに口を開閉させている。
「ご安心を。正常です。何故、と言うのであれば。
普通に即位するよりもこちらの方がより復讐めいているかなと思いまして」
復讐、という言葉に処刑台にいる者たちだけではなく、周囲にいてその光景を見守るしかなかった民たちもかすかではあったが騒めいた。
「あぁ、それから。先程我が息子、とおっしゃってましたけど、生憎私と貴方に血の繋がりはありませんよ。何せ私、そこの女が不貞を働いた結果生まれたものなので」
「なっ……!?」
「嘘よッ!? そんな、でたらめだわ!?」
眉間に剣を突き付けられた状態なのでガレオンは露骨に隣の処刑台で拘束されているマリアへ顔を向ける事はできなかった。だが視線はどうにか彼女を見ようと目一杯横に移動している。
そして叫ぶようにカイエンの言葉をマリアは否定した。
「いいえ。真実ですよ。ですからえぇ、この国の、先代国王の子は王子二人ではなく、王女と王子が一人です」
「何を……!?」
王子一人、つまりアドニスだけが実子である、と言われるのであればガレオンも戸惑う事はなかった。だがしかし、そこに王女が一人、と言われマリアへと向けようとしていた視線は再びカイエンへと戻る。
「――かつて、先王ガレオンが即位する以前の話です。
マリアとガレオンはよくある政略で婚約していました。ですが、そこに現れたるは一人の女。彼女はたちまちガレオンの心を惑わして、二人は誰が見ても恋人だと思われる程に近づいていました。
ですが、どこの馬の骨とも知れぬ女を将来の妃にするはずもない。そしてその時ようやくマリアはただの政略だと思っていたガレオンを知らぬうちに想っていた事実に気付き、その告白を受けたガレオンは自分を、そして国の将来を思うマリアに心を打たれ真実の愛に目覚めました。
ガレオンの心を惑わした悪女は国を追われ、こうして二人は結ばれたのですめでたしめでたし。
っていう、いかにも美談くさい話ですが、まぁ捏造ですよね」
芝居がかった口調で語られたそれは、この国に住む者なら大半は知っている話であった。
普通に暮らしているだけの民草はこれを真実だと思い込んでいたし、当時ガレオンやマリアの近くにいた人物は確かにガレオンの近くにいた女の存在を知っている。だからこそ完全な作り話ではないのは確かだ。
「反吐が出る」
カイエンはこれをあっさりと吐き捨てたが。
「真実は若干異なります。
確かにガレオンの近くにマリア以外の女がいたのは事実ですが、彼女はこの国へ留学に来ていた令嬢でした。そして近づいたのは彼女からではなく、ガレオンからです。見知らぬ令嬢に興味を抱き、この国の女性とは異なる魅力を持った令嬢にガレオンは纏わりついていたのです。
仮にも王族、そんな相手を他国からきたとはいえ令嬢が無碍に扱えるか、と言えば難しい。失礼のないようにやんわりと距離をとろうとしていたにも関わらず、当時この男は空気を読まずぐいぐいと接近し、とうとう令嬢は絆されてしまいました。
そしてさらに言葉巧みに言いくるめて、身体の関係を持ってしまったのです。
結婚前の令嬢の身体が清いものではない、となれば今後の人生どうなるかなんてわかりきっていた事でしょうに。
しかもそこで令嬢を妻に――妃でなくとも側室に、とでもすればまだしも、自分の立場が脅かされる事を恐れたマリアは従者を使い令嬢の罪をでっちあげ、二度とこの国へ来るなと脅し国外へ追放したのです。
何故なら当時、マリアには別の恋の相手がいました。けれどもそれは結婚するまでの間だけ。
結婚後はお互い密やかに思いを封印して、何食わぬ顔で正妃としてガレオンの隣にいるはずでした。ですが、そのガレオンに別の相手がいるとなれば。
ガレオンの愛が向かう先は自分ではない。正妃という立場だけではいずれ自分の地位は危ういかもしれない。そう判断したマリアはかの令嬢を追いやった。
とはいえ、そんな話を正直に流布したらどっちが悪役かって話ですからね。他国出身の令嬢には都合よく悪役になってもらって、かくして二人がくっつけばよくある恋愛もの。民にとっても受けのいい話の完成です」
ははっ、まぁ今暴露したから当時の王宮ラブロマンスは崩壊しましたけどね! とカイエンはとても白々しく笑う。
ガレオンもマリアも、その表情は先程以上に青い。処刑台という場所で、次にどうなるかを想像する事で青ざめていた顔は別の意味で真っ青になっていた。
「アドニス。だからね、私はお前の兄ではないんだ。あ、いや母親は同じだから兄と言えば兄だけど。だが、王の血は流れていない。あ、そうだ母上。貴女を母と呼ぶのも正直業腹なのですが、ここに来る途中で騎士団長、しっかり殺しておきましたので」
「っ、え、ぁ……」
「いやぁ、実の父を手にかけるのは心が痛むかなぁ、とか思ったりしたんですが、全然そんな事はなかったですね。何せあの男、私が実の子である事を知ってたとはいえ、それが周囲にバレないためにと人一倍私に対するあたり強かったですし。自己保身のためだけによくもまぁ仮にも第一王子に対してあんな態度をとっていられたものです」
「マリア、お前……」
「ちが、ちがうのです。そんな、いいえ……」
ガレオンもマリアも、状況が状況でなければきっと叫んでいたかもしれない。はたまた二人で罵り合っていた事だろう。
当時自分たちが仕出かした事を上手い具合にラブロマンスとして公表し、試練を乗り越えた末の恋愛結婚です、みたいなものを醸し出していたが実際はそうではないとバラされた挙句、ガレオンはその妻が浮気をしていた挙句長男だと信じていた男が別の男の息子であったと今、知らされたのだ。
拘束されていなければガレオンはきっとマリアに掴みかかっていただろうし、もしかしたら殴っていたかもしれない。
「ま、それはさておきアドニス。こちらが、お前の姉にあたる人、つまりは第一王女様、ミレーヌだ」
「初めまして。とはいえ、すぐにお別れなのね。悲しいわ」
カイエンの隣に立っていた女性は穏やかに微笑むも、しかし言っている事は穏やかからは程遠い。
「つまりそれは……その娘は、リコリスの娘だというのか……!?」
「えぇ、貴方が言葉巧みに騙して身体の関係を結んだあと、国から追い出されたあとで妊娠した事実に気付いたそうで。生まれた子に罪はない、と今日まで育てていらしたのです。
あなた方を処刑した後、ロックダッグレインはオーンズウェルを吸収し一大帝国となるわけですが、彼女が今後は国のトップとなります。良かったですね、一応この王家の血が途絶えるわけではないみたいですよ。オーンズウェルの歴史は今日で終わるわけですが」
「国のトップ、と言いますが……わたくしにそれが務まるとは思えません。カイエン様、隣で支えて下さいましね?」
「勿論、我が妻よ」
「待って!? カイ、貴方だって女帝ヘルミーネのところに婿入りしたはずなのに、どうしてその女が妻なのよ!?」
次々に出る情報にメリルは追いつくだけでやっとだったが、それでも聞き捨てならない発言に思わず叫んでいた。
「馴れ馴れしく呼ばないでくれませんか? 王妃様。貴女の夫はそちらのアドニスです。
あぁ、あと、ヘルミーネ様はどのみち近々後継者に跡を譲るおつもりでしたので。その後継者がミレーヌ、私の妻というわけです」
「まさか、だってこの人が言い寄ったのはリコリスでしょう!? ヘルミーネじゃなかったはずよ!?」
マリアの叫びに、察しが悪いな、なんてカイエンは呟く。
「留学の際に、王族である事をわざわざ知らせると事が大きくなるだろうから、って名と身分を変えて留学に来てたんですよ。それで、ガレオンに絆された後で正式に身分だとか名前だとか、ちゃんと公表するつもりだったのにそこの先代王妃様が先走ってやらかしたわけですが。
……今回の侵略、別に私の差し金ではなく最初からこうするつもりだったみたいですよ。何せ皇女様に手を出したガレオンと、その皇女様に暴力を振るい無理矢理国から追い出したマリア、知らなかったとはいえ外交問題ですよねこれ。
すぐさま文句を言ったところで、それじゃあ、って事でガレオンと結婚するような事になるのはごめんだと言ってましたし。だからこそ、時が来るのを待っていた、そうですよ」
絆された、とはいえ、あんな目に遭った後でまで彼と結ばれたいの! とまではいかなかったらしい。
仮にそうなっていたとしても、両国の未来は明るくはなかっただろう。
そこまで公表されてしまえば、民たちのざわめきも一層大きくなっていった。
女帝ヘルミーネの暴走かと思いきや、ずっと前からこうするつもりだった、となれば無理もない。しかも原因はヘルミーネにあるわけではなく明らかにこの国の王族が仕出かした事だ。しかも当の本人はそれに気付かずいままでのうのうと過ごしていたとなれば、悪感情が向くのも当然の流れだった。
気付けという方が無理だとは思うのだが。
「最初はね、一応こんなんでも身内に該当するし、即位した後でそれなりに国を発展させつつ理由をつけてアドニスの子にでも将来は王位を譲れば、一時的に王家の血が入っていない王がいた、という事もどうにかなかった事にできるかな、とか思ってたんですよこれでも。
流石にその時点ではまだその人を父だと思っていたわけですし。あんまりじゃないかな、と思わなくもなかったですし。
でも、ヘルミーネ様相手にやらかした事とか思うと、何かこの人に気を使うの無駄かなって」
元々こんな事にならなければ、カイエンがオーンズウェルの王として即位していたはずなのだ。
だからこそ、流石に自分の子でもない相手を実の息子と呼び育ててきた王に対して若干の憐れみとか申し訳なさとか、そういった感情がないわけではなかった。
ただ、ちょっとそれ以前にそれってどうなんだろう、みたいなエピソードを聞かされて実の父だと思っていたはずの相手に対する感情が消滅してしまったが。
「それに……私が知らないとでも思ってたのかもしれないけれど。
メリルーシェ、貴方はアドニスとそもそも浮気してましたよね」
「……っは!? 何を、何をおっしゃっているのです!?」
「いや、そういう演技いいんで。こっちもこの目で目撃してるから今更なんだ」
今しがたさらっと暴露した話ではあるが、カイエンとアドニスの父親は異なる。
いくら母親が同じとはいえ、父が違う時点で二人の外見にもそれなりに差があった。
カイエンはどちらかといえば騎士の中にさらっと紛れ込んでいても目立たない雰囲気はあるが、王宮内の華やかなパーティーだとかで着飾って参加した場合王子というよりは王族の護衛のために参加しています、といった感じがあるとでも言えばいいだろうか。
華やかさとは少しかけ離れていると言える。
対するアドニスは、父と母両方のふわっとした感じを上手く継いだのか、まだ幼さの残る容姿は教会の天使像を彷彿とさせる。このまま年を取ったとして、それでも甘いマスクである事に変わりはないだろう。
浮気、といったが別にその時点で身体の関係があったとかではない。
だが、アドニスはメリルを慕っていたし、彼女が姉になるという事を喜びはしていたがアドニスにとってメリルは初恋の相手でもあった。だからこそ、彼女が自分のお嫁さんになればいいのに、とそう漏らした事だってある。それが一度であるのなら、まだカイエンも見逃していただろう。だがしかし事あるごとに陰で言っていれば流石にいい気はしない。
彼女を妻にするために、それこそ自分を担ぎ上げる派閥の貴族たちと共謀して何か仕掛けてくるのではないか、と無駄に警戒する羽目にもなったのだ。
対するメリルもまた、見た目から武骨な印象を受けるカイエンよりもさながら花の妖精のような愛らしさを持つアドニスを気に入っていた。
妃教育の合間で、二人がたまたま遭遇する事は何度かあったようだし、その時にちょっとした会話をする事もあった。その中で、カイエン様はどうしても威圧的に見えてしまって怖いのです……なんてメリルが言っていたのはカイエンも知っていた。
とはいえ、自分としては別にメリルの事を嫌っていたわけでもないし、威圧しているつもりは一切ない。むしろ自分的にはとても柔らかい雰囲気を出しているつもりでも、メリルはいつだって一歩引いた様子で接していた。
メリルを慕うアドニスは、カイエンとは真逆の雰囲気である。
そんなアドニスに、メリルもまた貴方がわたくしの夫となるべき相手であれば良かったのに……などと言っているのを用事があって通りがかったカイエンが聞いていたとは夢にも思っていないだろう。
むしろ知っていて言ったなら逆に称賛する。
とはいえ、最初のうちはメリルがアドニスに気を使って言っているのではないか、と思っていたのに。
「ロックダッグレインとの戦争になった場合、上手い具合に私を亡き者にして後釜にアドニスを、という話まで聞かされては……ねぇ?」
戦争になったとして、勝てれば問題はないかもしれない。だがその場合、敵国ではなく内部でカイエンを邪魔だとする相手が刺客を送り込んできた事だろう。
負けた場合、カイエンの首をもってしてその後はどうにか和平交渉に持ち込めば、アドニスたちの思惑通りだ。
「しかもその案に、そこの女まで乗ってるときたものだ……これでも私は貴方の事を母だと慕っていたのですが……その母は私を殺そうとしていたというのだから、恐ろしい話です」
だからこそ、先んじて手を打った。
女帝ヘルミーネのもとへ行き、婿という名の生贄になると言えば反対はされないだろうと思っていたし、実際国王も王妃も、婚約者も弟も、誰一人として反対などしなかった。
まぁ、反対されないように言いくるめた部分もあるけれど。
それはそうだろう。
何かの拍子に自分がガレオンの血を一切引いていないという事がバレたら。
間違いなく王宮では争いが勃発する。そうなった時が早ければマリアの立場も危ういし、そんな爆弾のような相手を王にするくらいならどうにかして引きずり降ろしてアドニスを王にした方がまだ安全だ。
そもそも浮気した挙句相手の子を王の子だとよくもまぁ言い張る事ができたなと思うわけだが。
顔立ちはさておき髪や目の色がマリアと似た系統であったからこそ、あからさまに疑われなかっただけだ。
ガレオンの先祖をさかのぼれば多少なりとも厳めしい顔つきの誰かはいたようだし、先祖返りだと言い張れば誤魔化せる範囲だったのかもしれない。
メリルにとっても仲がそこまで悪くはなかったとはいえ、それでもどこか苦手意識を持っていた相手との結婚より最初から好ましいと思っている相手との方が上手くいく――そう思ってもおかしくはない。そしてそのチャンスがやってきたからこそ、メリルはそれに乗っただけだ。
ガレオン。こちらも戦争になってからの事を考えるならば、被害を最小限に抑えた方がいいのは言うまでもない。彼はカイエンが実の子などではないと知らなかったようだし、であるならば王として正しい選択をしたに過ぎない。ここだけを見るならば、彼は王族一人の犠牲で多くの国民を守ろうとしていたとも言える。
王子が一人だけであったならその選択を下さなかったかもしれないが、下にアドニスがいた事でその決断をする事ができた。ただそれだけの話であると思われる。
アドニスはどうだろう。
いくらそれなりに賢いとはいえ、まだ幼さの残る少年にカイエンがこれからする事を予測してみろ、とは無理難題が過ぎる。
カイエンが隣国へ行けば自分が王になる。そしてそれは昔からずっと好きだった相手との結婚を意味する。
その部分に目が眩んだと言ってしまえばそれまでだ。
王としてはまだ未熟であったとしても、父も母も健在で、ましてや自分を支えてくれる優秀な妻がいる、となればちょっとくらい甘い夢を見るのは無理からぬ事。
むしろこれから国に降りかかる面倒事を兄が率先して引き受けてくれた挙句、自分は大好きな相手と結婚もできる! となれば浮かれる可能性が高い。実際カイエンが自分が隣国へいく、と告げた時真っ先に飛びついたのはアドニスであった。
反対されてごたごたするよりはカイエンにとっても都合がいいのだが、それでもせめてもうちょっとこう……表向きであっても悲しそうにするだとか、あるだろうと思ってしまう。
今まで一応可愛い弟だと思っていたが、正直この時点で弟に抱いていた情も大分吹っ飛んだ。
元々数年前にカイエンは自分に父上要素あんまりないな? と疑問に思ってはいたのだ。
数代前の国王に自分と似た系統の顔つきの男がいないわけではなかったけれど、肖像画を全面的に信用していいかは微妙なところだった。
ほわほわっとした見た目であったとしても画家に無茶を言ってもっと鋭い雰囲気の男として描いてくれ! なんて言い出した事がない、とも言いきれないし。かといって母に直球で聞くわけにもいかない。
そもそも不義の子である、なんて大っぴらに言えるはずがない。真実がどうであれ、マリアの返すこたえはわかりきっていた。
ミレーヌと出会ったのはそんな時だ。
彼女はロックダッグレインでもその存在を秘匿されていた。大っぴらにヘルミーネの娘である、と公表されてはいない。だからこそかつてリコリスと名乗ったヘルミーネのように悠々とオーンズウェルへやって来ていた。
とはいえ彼女は留学に来たわけではなく、この国の内情を探りに来た。
その時にたまたま、本当に何の偶然かはわからないがカイエンと出会ったのだ。
最初はお互い距離をとりつつ、当たり障りのない話だけをしていた。
それがいつしかカイエンはミレーヌを信用できると思う程度には親しくなっていたし、ミレーヌもまたこの国を探っていた諜報員からカイエンが王子であるというのを知っていた。そういう意味ではカイエンがまるでミレーヌのいいように扱われたかのような認識を抱くが、実際のところはそうでもない。
ミレーヌは母ヘルミーネによってこの国の過去の暗部をそこそこ聞かされて育っている。自分の実の父がこの国の王である、というのを含めて。
そしてヘルミーネはいつしかこの国に対し復讐してやろうと決めていた。だからこそ、それはもう様々な情報を集めていたのである。ガレオンだけではない。マリアに対してもヘルミーネの怨みは決して消える事なく残っていたのである。
そして、マリアがガレオンと結婚する前に隠れて付き合っていた相手の事もヘルミーネは把握していた。
だからこそそれらの情報はミレーヌも聞かされていた。
そうして、カイエンは思わぬところで自らの出生を知ったのである。
勿論ミレーヌの言葉だけを鵜呑みにしたわけではない。
何も知らないところからのスタートよりは、そういう情報があってその真偽を調べる、という方がまだ楽ではあった。
勿論母に自分の父親の事を聞くなんて事はしなかったが。
実の父周辺を調べれば、意外と情報は手に入ってしまった。
大っぴらにしていないとはいえ、それでも時折酒が入ってぽろりと愚痴のような何かを吐き出す騎士団長の言葉を繋ぎ合わせればカイエンにとって充分な情報が集まってしまった。
騎士団長はプライドの高い男であった。
いくら秘密にしなければならないとはいえ、自分の息子が王族としてのうのうと存在していて、しかも自分はその息子相手に頭を下げなければならないのだ。
父だとも思わず自分を見下ろすカイエンの存在は、さぞ彼の目からすれば憎たらしく映ったのだろう。
かといって、真実を暴露すれば自分の身分も危うい。
マリアとは期限を定めての一時的なお遊びであったからこそ、今現在こうして自分の地位が安泰であるという事も理解していた。
とはいえ、その安泰であったはずの地位も近々意味がなくなってしまったのだが。
実の息子に殺されて、最期に彼は果たして何を思ったのだろうか。
まぁ、実際に手を下した実の息子はこれっぽっちも何とも思わなかったが。
「さ、そろそろ始めてくれ」
もう話す事などないとばかりにカイエンは近くにいた兵士たちに合図をした。
その合図が何を示すかなど、聞くまでもない。
待って! と悲鳴のような声が上がった。兄上! という声も上がった。
ただ、ガレオンだけは何も言わず黙したままだった。
「さようなら」
その言葉が合図になったかはわからないが。
処刑台の上にあった刃が落ちて彼らの首を落としたのは、まさにその瞬間であった。
かくしてこの日、オーンズウェルという国は終わりを迎えた。ロックダッグレインに与するなど、と反した者たちの中には自ら死を選ぶ者もいたようだが、それでも戦争による被害と比べれば出た犠牲など圧倒的に少ない。
多くの民は自らの生活が苦しくならなければ、上の人間が変わる事などそこまで気にするでもない。
だからこそ、平穏は思った以上に早く訪れていた。
――数日後。
カイエンはロックダッグレインの城、空中庭園にミレーヌと共にいた。
二人とも漆黒の服に身を包み、その表情は沈んでいる。
「……間に合ったね」
「えぇ」
空中庭園に造られた霊廟から出た二人はそのままゆっくりとした足取りで移動する。
ロックダッグレイン・先代女帝ヘルミーネの葬儀が終わったばかりであった。
少し前にオーンズウェルを下し、凱旋したカイエンとミレーヌはその時点で新たに即位した。
とはいえ、それは既に織り込み済みの出来事でもあったのだ。
ミレーヌの手によってカイエンとヘルミーネは出会う事となった。
もし、ヘルミーネがオーンズウェルが思うような人物であったのならば、ここでカイエンとヘルミーネは結婚という流れになっていただろう。
けれどもヘルミーネは病に侵され先が長くないことを理解していた。だからこそ、最期とばかりにオーンズウェルを潰すべく行動に出たのだ。
そうでなければ死んでも死にきれない。
そんな、暗い復讐の炎が彼女を生かす原動力であった。だがそれも長く続くものではない。
だからこそ、多少性急であったもののヘルミーネは周辺諸国をも巻き込んだのだ。
オーンズウェルを潰した時に、きっと国は疲弊している。そこを狙われて自国が滅んでは本末転倒。であれば、先に手を出してきた周囲の小国を潰してしまえばいい。
余計な邪魔が入らないようにと、さも内乱が起きたように見せかけて本来の獲物を誘き寄せていたとは、カイエンもこの国に来るまでわからなかったのだ。
オーンズウェルを滅ぼした時点でヘルミーネはもう自力で立つ事も危ういほどであった。病床に臥し、カイエンとミレーヌの帰りを、しかし穏やかな表情で出迎えてくれた。復讐が終わった事を理解していたのだろう。
国内の不穏分子も、周辺国家のあれこれもこの時点で大半はヘルミーネが片付けていた。だからこそ、新たな女帝としてミレーヌが即位したとしていきなり王の座を狙って刺客が、なんて事はないと思われる。
ヘルミーネと直接関わった時間こそ短いが、カイエンはそれでもその事実を把握していた。王としては父と思っていた男以上に優秀である、とカイエンは認めている。
弱々しくはあったが穏やかな口調で、ヘルミーネはミレーヌに後の事を託していた。
憎い男の子でもあるが、それでもヘルミーネはミレーヌの事を大事にしているというのがカイエンにもよくわかるような、そんな光景であった。自分が母と慕っていた女、弟、そして将来の妻だと信じて疑う事のなかった元婚約者と比べると、途端に自分の存在が惨めなものに思えてくる。
ミレーヌが間に入っていたとはいえ、それでも本当にヘルミーネと結婚する事になるかもしれない、と当初カイエンは内心で怖れてすらいたというのに、今ではそんな気持ちを抱いた事にさえ罪悪感が募る。
「後の事は、まぁ、大丈夫でしょう。貴女にはわたくしの全てを教え、貴女はそれを覚え、有効に活用する事でしょう。
あとは……そうね、そこの男が貴女を支えてくれるわ、ミレーヌ。
ね、そうでしょう? 売国奴さん?」
どこか悪戯めいた口調でそう言われ。
カイエンはやれやれ、と少しばかり大袈裟に肩をすくめてみせた。
「えぇ、ま、売国奴にできる事なんて大した事じゃありませんけど。精々人並みの温かな家庭を築くくらいならどうにかなると思いますよ?」
「充分です。ミレーヌにはしなくていい苦労までさせてしまいましたから。わたくしの我儘で今までずっと。
よい事ミレーヌ、あの人は、裏切られた気持ちを知っている。だから、貴女を同じような目に遭わせる事はないでしょう。流石にそこまで堕ちてはいないはずですもの」
割と死の淵にいるはずなのにこの女帝余裕だな……なんてカイエンは思ったものの、だが確かに言う通りなのだ。国一つ滅ぼすような真似をしておいて、この上更にミレーヌを裏切るような事をすれば行きつく先は地獄以外にあり得ない。ヘルミーネ直々に教育を施されたミレーヌは間違いなく彼女の気質も受け継いでいるし、一見すれば儚い印象を受けるが敵に容赦するような真似はしない。
「勿論、わかってますよ。ご安心ください、そこら辺は弁えてますので」
「できなかったら祟るわ」
「そこ普通は呪う、では……?」
神は祟る、というが割と本当にヘルミーネならできそうな気がして怖い。
ともあれ、それが、彼女が召される少し前の会話であった。
その後はあっという間で、それがなんだか余計に現実感がなかった。国内が喪に服しているからこそ、現実であると認識できているだけで。
「……まずはお母様が亡くなった事で今なら機がある、なんて思い上がるだろう反乱分子を潰すところから始めないとですね」
「その前に徹底的に先代女帝が潰してるはずですが、まぁ、雑草って気付いたら生えてるものだからね。周辺諸国も吸収しちゃったから外交に関しては少し後でも問題ないとして……国内のお掃除か」
「頑張りましょうね、あ・な・た」
「あぁうん、多分すぐにおさまると思うんだ」
見た目とても儚く見えるミレーヌであるけれど、中身はヘルミーネと同じようなタイプだ。敵に回れば容赦などしないと知れ渡れば、ちょっと今ならなんとかできるのでは? とか思い込んだ相手であってもすぐさま引っ込む事だろう。
ま、国一つ売ったくらいだ。今更汚れ仕事が増えたところでどうというものでもないな。
なんて思いながら、とりあえずカイエンは寄り添うようにくっついてきたミレーヌの肩を抱いた。




