7. 安田という男
翌朝、アカネと東堂、黒田の3人は北村と共に、千種区本山にある安田の自宅を訪ねた。
地下鉄東山線の本山駅から徒歩5分ほどの場所にある、10階建てのマンションの1室が安田の自宅だった。
4人は北村が手配した覆面パトカーでマンションに乗りつけた。
北村が1階の管理人室で駐車場の使用許可を貰い、空いたスペースに車両を停めた。
ロビーのインターフォンに部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押してしばらくすると、男の声が応答した。
「中村署の北村ですが、今お時間よろしいでしょうか」
北村が丁寧な言葉で聞くと、
「どうぞ」
と、返答があり、オートロックの自動ドアが開いた。
安田の部屋は2階だったため、4人はエレベーターの到着を待たず階段を使った。
2階に上がると、安田の部屋はすぐだった。
北村がインターフォンを押そうとすると、扉が開かれ中から男が顔を出した。写真で見た男、安田であった。
「ぞろぞろとすみませんね。今日はちょっとお聞きしたいことがありまして伺いました」
「いえ、構いませんよ。どうぞ、部屋の中へ」
安田は嫌がる素振りも見せず、4人を部屋へ招き入れた。
安田の部屋は3LDKで、1人で住むには十分過ぎる広さだった。4人が通されたリビングは白を基調とした家具で統一されており、綺麗に片づけられていた。
「何か飲み物でも用意しますよ」
「いえ、お気になさらず。すぐに帰りますので」
北村がそう言うと、安田は「そうですか」と踵を返して、近くの椅子に腰掛けた。
「こちらは県警本部の黒田刑事、それから……」
「わたしは中村署の五十嵐と申します。こちらは部下の東堂です」
北村が言う前に、アカネがそう自己紹介した。刑事と名乗ったのは、事前に黒田から提案されたからであった。
「では、さっそく本題に入っていきましょうか」
アカネはそう前置きしてから質問を始めた。
「まず確認なんですが、春岡さんが殺害される前日は安田さんと春岡さんは東京駅で別れるまで一緒だったんですね?」
「ええ、そうです」
「では、なぜ夜行バスは別々の便で乗車券を購入したのですか?」
「それは昨日も話したのですが、春岡社長が乗るバスは本山を通らないからですよ。わざわざ名古屋駅まで乗っていって地下鉄で帰ってくるのも面倒なんでね」
「でしたら、別に春岡さんも安田さんと同じ便に乗ればよかったじゃないですか。安田さんが乗った便も名古屋駅行きですし」
「たしかにそうかもしれませんが、私は彼とは別の便で帰りたかったのです」
安田はそう言うと、ため息を吐いた。
「他の社員から聞いているかもしれませんが、私と彼は仲が悪かったのですよ。だから、帰りまでは一緒に居たくなかったんです」
「行きは一緒でしたよね?」
アカネが指摘すると、安田は眉間に皺を寄せた。
「渋々ですよ。スケジュールの打ち合わせなどもありますので」
「なるほど」
ここまで不自然な点はない。
「では、質問を変えます。今回の出張の時に使用していた鞄を見せていただけませんか」
アカネがそう言うと、安田はあからさまに嫌な顔をしたが、
「わかりました。いいですよ」
と、安田は他の部屋から自分の鞄を持ってきてアカネたちの前に置いた。
「中身はバラしてしまいましたが……」
「いいえ、けっこうです」
安田が使用していたという鞄は、春岡の鞄とよく似たデザインをしていた。
「春岡さんのものと似ていますね。もしかして一緒のものですか?」
「さあ、あまり気にしたことがないので」
安田は言葉を濁した。
「一応、写真を撮らせてもらっても良いですか」
北村が聞くと、
「ええ、どうぞ」
と、安田は了承した。
東堂は北村に写真を撮るように促され、カメラのシャッターを切った。
「他に何か聞きたいこととかありますか?」
安田はやや不機嫌そうにアカネたちに聞いた。
「いえ、今回はこのあたりで失礼しようと思います」
アカネはそう言って立ち上がると、足早に玄関へと向かった。
「また何かありましたらご協力のほどお願いしますね」
アカネは頭を下げると、マンションを後にした。