フェレオピーノ
この世に生まれ落ちてから、自身の体はなく、意識のみでただ漠然と漂うだけの存在だった。おそらく聴覚は備わっていた、物を見ることや感じることは叶わなかったが、様々な音を聞いたから。何かの咆哮じみた大きな音や、生き物の話し声らしき賑やかな喧騒。小さな音が重なり合う綺麗な音も、何かが燃え、弾け、叫ぶ時もあった。大体はこの世は穏やかなものだが、時には世界ががなりたて、このまま滅ぶのかとすら思うほどの音も聞いた。明確な意志を持つことはなかった、ただこの世界の音を聞き、漂っていたのだ。あの日までは。
初めに感じたのは、ワタシが何かに触れているという感覚。驚きに目を開け、物が見えることに視覚を知り。視線を下げて身体を認識した。恐る恐る腕を動かし体を触るとと思うように動いた、触覚も備わっている。湿った空気に気が付き、嗅覚も問題なく働いた。残る感覚は味覚だけ、ワタシは地面に転がっている何かを食べてみた。ひどく硬くて苦味があった。数分の格闘の後、飲み込むことに成功した。ワタシは完全に、肉体を得たらしいと、苦い後味を感じながらも悟った。
ワタシは何なのだろう?視界こそ見えるものの、ここは非常に暗く、足裏の感触からして洞窟のようなところだろう。外見を判断する術が存在せず、己が種族すら分からない。だが名前は知っている。初めから思考の片隅にあったこれがそうだろう。フェレオピーノ、フェレオピーノだ。ワタシが産まれた音、世界に産声を響かせた、その言葉。「ワタシはフォレオピーノ、新しい命です」