編み物
その日もマーミとヘルゥは一緒に過ごしていた。
今いる世界にも編み物があり、道具も似たようなものを使っていた。
ケイトに少し加工してもらい、マーミの使いやすいものを作ってもらう。
ヘルゥは彼女の母親の編み物を普段まねして編んでいたが、マーミの編み方を見てやってみたくなったらしい。
ケイトに同じ道具を作ってもらい、午前中はマーミの家で編み物をしている。
今は冬に向けて二人でカーディガンを編んでいるところだ。
お昼になる少し前、ヘルゥの母親ラティーフが軽い食事を持ってやってきた。
とても温厚な性格で、ケイトには相談できないことも相談しやすい女性だった。
「こんにちは、マーミ。
いつもヘルゥに編み物を教えてもらってありがとう。
あなたも私たちの編み物がしたくなったらいつでも言ってね」
ラティーフは食事の入った籠をケイトに渡し、こちらの世界の編み物を始めた。
こちらの世界の毛糸はどれもポコポコしている。
毛を紡ぐときに固まりやすいのだ。
マーミは紡ぐ道具を持っていなかったため、出来上がった毛糸を分けてもらっていた。
「マーミ、あなたのその編み物は誰のためのもの?
ケイトかしら?」
ケイトがこっちを向いたのが分かった。
「ううん、ケイトのじゃないわ。
自分のよ」
「ヘルゥも自分のを編んでるのー!」
「そう、じゃぁ私たち三人とも自分のものを編んでいるのね」
そういってラティーフは笑った。
ケイトが新しく作った椅子を持って近くにやってきた。
その椅子は少し小さめで、ヘルゥ用の椅子だとわかった。
座りやすいように足元に段差がつけられている。
ヘルゥも見ただけでわかったらしく、編み物をテーブルの上に置いてすぐに立ち上がる。
「ケイト、それヘルゥの椅子!?」
「そうだよ、ヘルゥが毎日がんばってるからヘルゥ用の椅子を作ってみたんだ。
うちには大人用の椅子しかなかったからおもしろかったよ」
そう言いながらケイトは椅子をヘルゥの前に置き、テーブルの上にラティーフの持ってきてくれた食事を並べ始めた。
ラティーフは料理上手なので、マーミは今日のお昼ご飯をとても楽しみにしていた。
その中にはなんと、鳥の卵の炒め物が入っていた。
鳥の卵はめったに出ることのないごちそうだ。
ケイトは器用にお茶の準備も進める。
大人にお茶がいきわたり、ヘルゥには少し甘みを足したお茶が用意された。
「準備はできたけど、お昼ご飯までには少し時間があるね」
そういうとあいた椅子に座り、編み物に加わる。
マーミも最初、ケイトが編み物をすると知って驚いたものだった。
今では普通になったし、忘れてしまったところは教えてもらったりもしている。
ただかぎ針編みはケイトも知らなかったようで、時々マーミが教えていた。
ケイトの腕前は中の上というところだった。
村の男性は自分の冬の衣服は自分で編んだり、作ったりする。
男性も女性も関係なく、各々が自分の必要なものを必要なだけそろえるのだ。
結婚しているからと言って奥さんに全部任せるようなことはしない。
その上で余裕のある人は子どもの衣服を編み、更に配偶者のものも作ったりする。
マーミはケイトのセーターを編むと思われたのは内心驚いたが、心のどこかでは自分のカーディガンが終わったら編んでもいいなと思っていた。
だがその前に、内緒でヘルゥの手袋を編んでサプライズでプレゼントしたいと考えていた。
この小さく愛らしい女の子には、なぜだかわからないが深い縁を感じていた。
「ここの冬はどれくらい寒いの?」
まだ冬を経験したことのないマーミはケイトにたずねる。
ケイトは「そうだね…」と言いながらラティーフを見た。
「雪深くなるとか、氷がはるとか、そういうのはないよ。
ただ海の近くだからか、風が強くて冷たい。
東京より少し寒さはゆるいくらいだと思う」
ラティーフもうなずいた。
「東京というところがどの程度なのかはしらないわ。
けど、そんなに過ごしにくいことはないと思う。
雪も見たことはないわ」
マーミは雪が降らないと聞いてほっとしたが、少しだけヘルゥと雪玉を投げて遊びたかったなと残念に思った。
ヘルゥは冬になると食べられるラティーフの作るケーキを思い出し、1人でニマニマと思い出し笑いをしていた。
今年のケーキをマーミと一緒に食べるところを想像し、心ここにあらずといった顔をしていた。
4人ともまだ来ぬ冬に思いを馳せ、編み物を編む手に力をこめた。