今朝の夢
その日の朝、マーミはケイトと釣りに行こうと考えていた。
いつもの平べったいパンを多めに焼いて、余ったおかずを真ん中に置いてくるくる巻く。
フルーツも食べやすく切った。
切り口にストローのような筒をさせば中の水分を飲むことができるフルーツも別に準備した。
それらを小さな箱に詰め、出かける準備は万端と思ったところで空が暗くなってきた。
窓から空を見ると黒い大きな雲が空を覆い始めている。
釣りに行くのなら早く行った方がいい。
「ケイト…雨が降りそう」
ケイトに向かってそう言うと、ケイトが
「せっかくだけど今日はやめておこうか」
とちょっと困った顔で言った。
マーミは少し落ち込んだ。
最近は魚を口にしておらず、食べたくなることもめったになかった。
でも今日は日本の夢を見て目覚めたせいで、ちょっとだけ日本食が恋しい。
「マーミ、浜へ行くだけ行ってみようか。
もし雨が降ってきたら急いで戻ってくればいいし」
マーミはケイトの方へ振り返り、
「うん!」
と大きな声で返事をした。
お弁当と釣竿をもって家を出る。
「マーミ、重いでしょ。僕が持つよ」
ケイトが手を伸ばすが、マーミは
「いい、私が誘ったんだから私が持つ」
と言い、お弁当を持ち続けた。
ケイトはそっと手を伸ばし、お弁当の包みを持つと釣竿をマーミに渡した。
釣竿はよくしなる木で作られており、2本持っていても羽のように軽かった。
浜に着く直前ポツポツと雨粒を感じ始めた。
「ケイト、雨…降ってきちゃったみたい」
雨はあっという間に降り始め、ケイトはマーミの釣竿もお弁当と一緒に持ち大きな樹の下に二人は避難した。
「ひどくなる一方だな」
ケイトが雨の中を走って帰ろうかと提案し、急いで帰宅した。
雨に濡れた服を着替え、暖かい飲み物を入れた。
マーミはだんだんと強くなる雨を見たまま、小さくため息をついた。
「晴れたらまた行こうね」
ケイトは窓から外の様子を見ているマーミの背中に向かって言葉をかけた。
マーミが少し落ち込んでいるのを感じた。
「別にいいのよ、釣りなんて。
又晴れた日に行けばいいんだし」
マーミはそういいながら振り向くと、テーブルにあった飲み物を手にした。
一口飲んでからゆっくりと椅子に座り、カップを置くとテーブルの上に組んだ腕の中に顔をうずめた。
「マーミ、元気な振りはしなくていいよ。
釣り、行けなくなっちゃったね。
魚、食べたかったね」
少しだけ顔を上げ、うんと答えてから横を向いて顔を伏せた。
少し経って、マーミはポツポツと話し始める。
「私の実家、静岡って言ったっけ?
お魚が新鮮でおいしいの。
うちの母親、金目鯛の煮つけがすごく上手でね、今朝の夢でそれを食べてたの。
食べてたっていうか、食べようとしたところで目が覚めちゃったんだよね。
だからなんか寂しくなっちゃってさ」
マーミは話し続ける
「不思議なんだけどね、旦那の事あまり思い出さないの。
最近特にそう。
でも両親、特にお母さんの事はすごく思い出す。
思い出すのも食べ物のことばっかりなんだけどね」
照れ隠しで笑いながら溢れた涙をぬぐう。
ケイトはそっと立ち、椅子を持ったままぐるっと回ってマーミの隣に移動した。
座りなおしてからマーミの頭に手を置き、いい子いい子と手をポンポンさせる。
「夢って現実との区別がつかなくて、あまりに幸せだと目覚めた時つらいことあるよね。
お母さんの煮つけ、食べたかったね。
他にはどんなお料理がおいしかったの?
お母さんのこと、もっと聞かせてよ」
マーミは母親の作った夕食がおいしかったこと、時には大失敗したこと、また誕生日にはみんなの好きなものを作ってくれることなど、思いつくままに話した。
知らない内に涙だけが流れていく。
母親の料理の事を話していくうちに父親のことも思い出し、母の料理に文句を言って怒られたことや、母の作る料理がおいしいからお店を開いて出せばいい!と一人で盛り上がっていたことなども話す。
「…もうお父さんとお母さんに会えないのかなぁ?」
マーミは顔を上げずにつぶやいた。
ケイトはそれには答えず、背中をトントンしながら言った。
「マーミ、寂しくなっちゃったんだね。
今は泣くといいよ。
いっぱいお父さんとお母さんの話、聞かせて。
きっと優しい、素敵なご両親なんだろうね」
マーミは堪えきれなくなり、声を出して泣いた。
ケイトはずっと背中をトントンしていた。
ずっとずっとトントンして、マーミの涙がもう溢れなくなり、テーブルに伏せたまままウトウトし始めたところでそっと手を止めた。
寝室から毛布を持ってきてマーミにそっとかける。
そのまま静かにお弁当を広げて、いつでも食べられるように準備する。
マーミの目が覚めるころ、雨がやんでマーミが又元気になれるよう、願いながらお茶を沸かした。
夢ってリアルすぎて現実の自分のテンションまで変えてしまう事ありますよね。
私は最近夢を覚えていないので、夢日記をつけてみようかと考えています。