新人(あらひと)
昨夜、安心したらお腹が空いていたことに気づいた真美は、ケイトの作る夕食を食べた。
「寝る前だから軽めにしておくね」
と言われたその食事は、シンプルな魚の塩焼きと薄いパン、それに焼いた野菜に塩で味付けをしたものだった。
久しぶりに暖かい食事をいただいた真美には十分なごちそうだった。
無言で食べ続ける真美を、ケイトは自分も食事を口に運びながら微笑んでみていた。
ベッドを提供された真美は、布団に包まれたらそのまま動かなくなった。
ここ数日の疲れが出たのだろう。
ケイトはほっとしたように明かりを消して寝室を出た。
「……ここは?」
真美は一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
見覚えのない木枠の窓。
天井から吊るされた木を削った鳥の飾り物。
ふと、自分は異世界にいてケイトに救われたことを思い出した。
太陽は結構高くまで昇り、多分昼に近い時間だろう。
ドアの外では誰かが動く気配があった。
真美はケイトに起きたことを伝えようと起き上がると、そっとドアを開けた。
ケイトは食事の支度をしていた。
昨日見た、木を削って作られた食器が4人分テーブルに並べられていた。
「あの、おはようございます」
「あぁおはよう。よく眠れたみたいだね」
ケイトは昨日と同じ、穏やかな笑顔で言った。
「今日はこの辺りの長老のような、村長のような、そんな人が君に会いに来てるよ。
真美さんが起きたら一緒に食事をしようと話していたんだ。
今外で薪を割ってくれているのがその人だよ」
窓から外を見ると50代くらいの男性が鉈のようなもので薪を細かくしていた。
そのそばで小学生くらいの女の子が薪を運んでちょこちょこと動いている。
ふと女の子と目が合った。
横にいたケイトが女の子に向かって手招きし、後ろを向いてテーブルの準備を始めた。
「ケイト!ケイトの言ってた人、起きた!?」
女の子が叫びながら家に入ってきた。
真美と目が合い、気まずそうに男性の後ろに隠れる。
「ヘルゥ、起きたよ。真美さんっていうんだ」
「マーミ?」
女の子が男性の後ろに隠れながら繰り返す。
「マーミ、私の名はダーフィ。よろしく
こちらは孫娘のヘルゥ」
ダーフィの伸ばした手に手を重ね
「初めまして、真美です」
と挨拶をする。
そのままヘルゥの方を向いて笑うが、ヘルゥは恥ずかしそうに後ろに隠れたままだった。
ダーフィとヘルゥはケイトから飲み物を受け取り、みんなで食事の席に着いた。
ケイトはどうしてこの人を食事の席に呼んだのだろう…真美は本人がいたので聞けないまま食事に手を伸ばした。
素朴な小麦粉を伸ばして焼いたナンのようなパン。
お皿の上にあるおかずをそれに乗せてたべるようだ。
見様見真似でパンを口に運ぶ。
ヘルゥはそんな真美をそっと見ていた。
目が合うと恥ずかしそうに目を伏せる。
しかし気づくと又真美の様子を伺うように覗き見ていた。
そんなヘルゥのことを、ケイトとダーフィは微笑んでみていた。
「私たちは時々あなたのような人に出会う」
突然ダーフィが話し始めた。
「ケイトもそうだった。
ある日突然海に…浜辺に現れてちょうどそこにいた私は彼を家に連れ帰った。
時々浜辺に現れる新人(あらひと)のことは、言い伝えとして私もきいていた。」
この世界に突然現れる人は”新人”と呼ばれているのだとダーフィは言った。
大体は浜辺に現れるそうだ。
地球への帰り道はなく一方通行で、新人が現れると村に連れて帰り生活を共にしながら暮らすのだという。
ダーフィは前の新人にも会ったことがあったので、ケイトを受け入れることに抵抗はなかったと言う。
ただケイトがいる間に、もう一人現れるとは思っていなかったと言った。
「なんで私は…ここに新人が二人になっちゃうのに…」
「なぜかはわからん。
だが、現れた新人は私たちが受け入れ、暮らしを共にする。
そういう決まりになっている。
マーミもここに暮らし、生活のすべを身につけるのがよいだろう」
新人はなぜか最初から言葉も通じるのだという。
そういえばダーフィもヘルゥも日本語を話している。
ケイトが教えたわけではなさそうだ。
「新人が1人よりは、2人の方が不便はないかもしれない。
僕もここでの経験はまだ少ないけれど…でもできるだけ力になりたいと思ってる」
ケイトは少し力を込めながら真美に言った。
真美は自分の境遇にショックを受けながらも、3人を見渡しうなずいた。
数日が過ぎた。
ヘルゥは毎日遊びに来て真美と時間を共にしていた。
ここには学校はなく、自分の学びたいことをそれを知っている大人に教えてもらい、自分の学びとしていくことになっている。
真美はその仕組みを聞いたとき、地球とは違う教育方針に少し驚いた。
ヘルゥは自分の知りたい事、やりたいことを見つけると自分なりのやり方で数日、あるいは更に日数をかけて熱心に練習したり、勉強していた。
テストがあるわけでもない。
自分が納得するまでものにしたら終わり、その後は生活に生かす…それがここでの教育だった。
ケイトの家は居心地がよく、ケイト自身が中性的でまるで女性のルームメイトのように感じたのと、ケイトもそれでいいと言ってくれたので、真美は慣れるまで居候させてもらうことにした。
昼は日々の生活に使うものを準備したり毎日のルーティンをこなし、夜になるとケイトといろんな話をした。
ケイトも一人だった頃にはどうしようもならなかった「日本への帰り方」など、真美と2人でなら方法を模索したり、あるいはディスカッションするようになっていた。
食べるものはぼとんどが植物性のものだった。
動物性のものは時々浜へ行き釣りをした時だけだった。
しかも真美が食べたがった時だけ、ケイトが釣ってきてくれるのだ。
林の中には食べられる植物が豊富にあり、果物、木の実など、日々の食事は十分なほどの量がとれた。
そんな生活をしていると、次第に真美は魚さえも口にしなくて平気になっていた。
真美は村人と交流し土地に慣れていった。
三か月もすると真美ではなく、マーミと呼ばれることが普通となっていた。
ケイトもいつのまにか「真美さん」ではなく「マーミ」と呼ぶようになっていた。
この村での生活は静かで平凡だったけど、マーミには気づきをもたらした。
自分の人生にとって本当に大切なものはなんなのか。
自分が心の底から望んでいることはなんなのか。
自分の魂が喜ぶとはどういうことなのか。
マーミはほとんど知らなかった自分自身を知るためのの扉を開けることになるのだった。
恵人がケイトになったように、真美も自然にマーミになっていきました。
日本的名前はちょっと伸ばしたくなるのかな?