突然の転移
真美はその日、いつもより少し早い時間に目を覚ました。
ベッドヘッドに手を伸ばし、時間を確認しようとしてタブレットを探す…が,まだ暗くて目覚めたばかりの目が開かない。
仕方なく身体をひねり、薄く開けた目でベッドヘッドを見渡すが、それ自体がないことに気がついた。
「なに?…どこ?」
暗がりに目が慣れてくると同時に、ここがどこなのか思い出す。
「そうだ、私…」
今、真美の暮らしているのはドンヘイルという国で、目覚めてすぐの行動は、過去を夢で見たためにどちらが現実かわからなくなったからだろう。
久しぶりに昔の夢を見たことで、二度寝ができる時間にもかかわらず目がさえてしまった。
「しょうがない、起きるか…」
隣のベッドで寝ている同居人を起こさないよう静かにベッドを抜け出し、そっと部屋を出た。
日本の4月と似た気候の今は、まだ少し肌寒いため暖炉に火を入れた。
水を入れた鍋を火にかけ、冬の始めに編み上げたカーディガンを羽織り外に出た。
「さむい~」
朝の澄んだ空気が全身を包み、神聖な気持ちになる。
そしてさっき見た夢を味わうように思い出す。
タブレットを使って何かを調べていたらタブレットを落としてしまい焦った夢。
「タブレット、なつかしいなぁ。あんなに使ってたのに忘れちゃうもんなんだ」
何もない手を開いて親指を動かしてみる。
思ったよりもよく動く。
にんまりと笑った後、大きく息を吸って家に戻った。
部屋の中は暖炉のおかげで少し暖まっていた。
「珈琲が飲みたいな」
好きだったほろ苦い珈琲を思い出し、すぐに諦めアンザーのミルクをカップに入れる。
そこに鍋のお湯を足し、ちょうどいい濃さにしてすすった。
真美は地球に暮らす、共働きの主婦だった。
年は26歳、子どもはいない。
ある日、会社の帰りにスーパーから出たところ、空間がゆがんだように見えた。
立ち眩みだと思い目を閉じておさまるのを待つ。
しかし目を開けた時には海を目の前に立っていた。
何が起こったのかはわからない。
ただその頃よく目にしていた”召喚””異世界””転生”という言葉が頭に浮かんだ。
まさか自分の身にそれが起こるとも思えず、砂浜を何を目指すともなく歩き始めた。
その日はただただ、途方に暮れて歩いては海を眺め、泣き、どうしたら帰れるのか考えていた。
治安もわからないその場所で、小さなボート小屋を見つけたので身を隠した。
食べるものはスーパーで購入した食材をどうにかもたせた。
だけどいつまでもこのままではいられない。
住む場所、食べるものを自分で見つけなければならない。
先の見えない現実に、精神が疲れ途方に暮れた。
夜になるとパートナーの顔が浮かび、心細さにできるだけ声を出さず泣いた。
失踪したと思ってるのかな?
お父さんとお母さんには何て伝えたんだろう。
なんで私が1人でこんなところにいなきゃならないんだろう。
どこにぶつけたらいいのかわからない口惜しさと、この先の不安で押しつぶされそうだった。
ある夜、真美は思いついたように空中に向かってつぶやいた
「ステータス」
数秒間空中をさまよっていた目線が諦めたように伏せられた。
首から音がしそうにがくりと項垂れ、小さなため息が漏れた。
「スキル」
次にそうつぶやくと手のひらを見ていたが、数秒見た後で手をぎゅっと握りそのままひざを抱えた。
日の高い時間は海辺の小屋で過ごしていた。
できるだけ動かず、体力の消耗を控える。
眠れない夜が続いているせいで、昼間でもうとうとと昼寝ができてしまう。
ここに来て3日目のこの日も、小屋に収納されたボートの中でウトウトとしていた。
すると突然視界が明るくなり、ドアが開けられたことがわかった。
「…!!」
ドキドキしながら目を覚まし、息をひそめていると見知らぬ男の人の声がした。
「あの…大丈夫?お腹空いてないかな?」
すべてをわかってくれているような掛け声に、真美は思わず顔を上げて男性の顔を見た。
逆光でシルエットしか見えない。
だけど、男性は真美に向かって手を伸ばし更に続けた。
「よかったらうちに来ないかな?寝る場所くらいは用意できるよ」
なんとなくその声を、声から読み取れる表情を信頼できる気がして、男性の手を取った。
「僕の名はケイト。
昔は岡崎恵人だったんだけど今はただのケイト」
歩きながら男性が言う。
「岡崎って…」
「そう、岡崎恵人だったんだ。千葉で暮らしていた。」
真美は目を丸くして男性…ケイトを見つめた。
聞きたいことはたくさんある…が言葉が出てこない。
どうやってここへ来たのか
元に戻れるのか
家族には又会えるのか
どうやって暮らせばいいのか
ここで一生を過ごさなければならないのか
たくさん、たくさん浮かんできたが
「とりあえず家に帰ったら話をしよう。君の事も聞かせてくれる?」
ケイトの穏やかな一言で、なんとなく心が落ち着いた。
浜辺を囲むように林が広がり、色の白い木がまばらに生えている。
人が歩いて道になったような小径を通り、まだ奥へ進む。
不思議な場所だった。
海の近くなのに白樺のような高原の植物が生えている。
人口の建物もなく、それらはとても美しかった。
「もしよかったらつかまって」
ケイトが自分の腕をこちらに差し出してくれる。
真美は腕を組んで身体を支えてもらいたかったが、名前を知っているだけの男性だということを思い出しお礼を言って遠慮する。
日本人というだけで、人を信用していいのかわからなかった。
ケイトは
「そう…大丈夫?いつでもつかまってね」
と言って、また歩き始めた。
林を過ぎると開けた場所があり、石とレンガを積んで作った家があった。
少し離れたところにも同じような家が2軒建っている。
そのうち一軒の家の煙突からは煙が出ていた。
ケイトは一番近くの家に向かうと
「ここが僕の家」
と言ってドアを開け、中に招き入れてくれた。
薄暗く感じた室内は、目が慣れてくるとこじんまりとして暖かい空間だということがわかった。
台所とその近くには小さなダイニングテーブル。
椅子は木を削ったようで、似たような形のものが4脚。
テーブルの上にはこれもまた木を削って作ったようなカップが置かれていた。
暖炉には大きな鍋が置かれ、他に家具はない。
奥の方はやはり薄暗く見えない。
足元にジャガイモのようなものが転がっていた。
「疲れたでしょ。椅子、座って」
ケイトは私に椅子を勧めると、コップに何かを入れて戻ってきた。
「お腹空いてる?何か食べる?それとも先に話をする?」
真美は椅子に座り
「…その飲み物もらっていいですか?先に話を聞きたい」
と、少し考えてから伝えた。
拙い小説を読んでいただきありがとうございます。
一週間に一話ずつでも更新したいと思っています。