妹が拾ってきた猫が女子高生にしか見えない
ここ数日、どうも年の離れた妹の様子がおかしい。
いつもどこかそわそわしているし、なぜかやたらと自分の部屋でご飯を食べたがる。そのくせ、理由を訊いてもはぐらかすばかりでちゃんと答えない。あと、俺が部屋に入るのを物凄く嫌がる。
「何か、あったのかなぁ……」
反抗期にしてもまだ早い……と、思う。それに、普段の態度は特に変わりないので、やはり反抗期とは違うと思う。となれば、あの妙な態度は一体何なのか……
会社からの帰り道、そんなことをつらつらと考えながら歩いていると、ふと天啓のようにひとつの考えが頭に浮かんだ。
「まさか、あいつ……外で犬か猫でも拾って来たんじゃないか?」
そう考えると、いろんなことの辻褄が合う気がしてきた。
自分の部屋でこっそり犬か猫を飼っているなら、俺が部屋に入るのを嫌がるのも道理だし、ご飯を部屋に持って行くのもエサのためだと分かる。
「うあぁ~そういうことかぁ。まあでも、小さい子供ならそういうこともあるか……」
そういうことなら正直に言ってくれればよかったのにと思う一方、言いにくい状態を作ったのは自分かもしれないと少し反省する。
思えば、最近仕事が忙しくて妹にあまり構ってやれていなかった。きっと、寂しい思いをさせてしまっただろう。
「親父とお袋が死んでから……まだ半年だもんな」
半年前、俺の両親は交通事故で亡くなった。
後部座席にいた俺と妹はなんとか助かったが、妹を庇った俺もまた、頭に重傷を負って一時生死の境を彷徨ったほどだ。あの凄惨な事故は、まだ幼い妹に大きな不安と喪失感を植え付けたに違いない。
「……そうだよな。寂しいよな」
しっかりしてるとはいえ、妹はまだ子供だ。一人ぼっちの家で、ペットにぬくもりを求めるのもおかしくないかもしれない。
「……とりあえず、帰ったら話を聞くか」
幸い、うちのマンションはペットOKだ。妹にちゃんと覚悟があるならば、犬猫の1匹くらいは許してもいいだろう。
「ただいま~」
そんなことを考えながら、自宅の扉を開くと……件の妹が、なにやらもじもじとした様子で玄関で待っていた。
「あ、お、おかえり。おにいちゃん」
「おう、ただいま……どうした?」
「うん……」
しゃがんで視線の高さを合わせるも、妹は顔を伏せたままもじもじとするばかりでなかなか口を開かない。
「どうした? 兄ちゃんに言ってみな?」
それでも優しく促してやると、妹はチラリとこちらを上目遣いに見て、ようやく口を開いた。
「あのね? おにいちゃん……」
「うん?」
「その……みぃちゃんと、いっしょにくらしたいの」
「みぃちゃん? それは……もしかして猫か?」
「うん」
「……そうか」
やはり、猫だったらしい。予想は出来ていたことだったので、驚きはない。
「猫か……でもな? 紫音。ペットを飼うっていうのは大変なことなんだぞ? 抜け毛で家の中が汚くなるし、絨毯や畳におしっこしたりするかもしれない。ちゃんとしつけをしないと、お前が大事にしてるものを壊されちゃったりするかもしれないんだぞ? それでも、ちゃんとお世話が出来るのか?」
「……できるもん。それに、みぃちゃんやさしいもん。わたしのものこわしたりなんか、しないもん!」
「……そうか」
どちらにせよ、もう名前まで付けてあるのでは仕方がない。こうなっては、無理に引き離すのは酷というものだろう。
「よし、分かった。でも、自分でやるって言った以上、ちゃんと面倒見るんだぞ?」
「うん!」
俺の言葉に、嬉しそうに頷く妹。
きっと、子供ながらの見通しの甘さからくる浅い覚悟だろう。だが、妹は一度引き受けたことを途中で投げ出したりはしない子だ。
やれるだけやらせてみて、どうしても手に余るようなら俺がフォローすればいいだろう。
「えっと、それじゃあそのみぃちゃん? を、紹介してくれるか? というか、野良猫でいいんだよな?」
「うん……くびわしてないから、ノラだとおもう」
「そうか。じゃあ、ちょっと連れてきてくれるか?」
「うん! みぃちゃ~ん」
猫の名を呼びながらパタパタと部屋に駆けて行く妹を微笑ましく見送りながら、俺はリビングに行ってネクタイを緩めた。
ジャケットをハンガーに架け、ソファに腰を下ろして一息ついたところで、妹が部屋から出てきた。
「おにいちゃ~ん!」
「おお、それがみぃちゃん、か……?」
「うん!」
嬉しそうな顔で、女子高生の手を引きながら。
……うん、女子高生だ。二度見どころか三度見したが、どう見ても女子高生だ。
紺色のプリーツスカートに、白のワイシャツ、ベージュのセーター。うん、どっからどう見ても女子高生。なんかけだるそうな顔したJKだ。
「えっと……どちら様?」
「え? だからみぃちゃん」
「いや、そうじゃなく……」
「かわいいでしょ?」
「いや、可愛いは可愛いが……」
明らかに意味が違う。というか、え、マジでどういうことだ?
「なあ紫音……猫を拾ったって話だったよな?」
「え? うん」
「なんでJK?」
「え、なにが?」
「え?」
「え?」
キョトンとした表情の妹と顔を見合わせ、俺は咳払いをした。
「なあ、兄ちゃんは別に冗談を言ってるわけじゃないんだ。なんで人間の女の子がここにいるんだ?」
「おにいちゃん? なにいってるの?」
「いや、何って……」
心底怪訝そうな顔をした妹にグッと言葉を呑み込み、俺は続いて女子高生の方に視線を向けた。
「あぁ~その、君。迷子か? それとも家出か? 事情は分からないが、とりあえず自己紹介をしてくれないか?」
「なにいってるの? おにいちゃん。みぃちゃんはみぃちゃんだよ?」
「いや、それはお前が付けた名前で──」
「あっ」
その時、妹に手を繋がれていた女子高生がパッと手を離し、胡乱な目つきでこちらを一瞥すると、フイっと妹の部屋に戻って行ってしまった。
「あ、ちょ──」
慌ててその後を追うと、女子高生は妹のベッドの上で体を丸めていた。
「ちょっと、あんた何やってんだ!」
見も知らぬ他人が妹のベッドを占拠しているという状況に、俺は足取りも荒く女子高生に近付くと、乱暴にその手を掴み上げ──
「ッシャ!」
「痛った!?」
途端、パッと体を起こした女子高生に手の甲を引っ搔かれた。
「てめ──」
頭がカッと熱くなり、俺は思わず怒鳴り声を上げようとして──
「おにいちゃん!」
背後から聞こえた妹の声に、ハッと我に返った。
「おにいちゃん、だいじょうぶ? もう、らんぼうなことするから……」
心配そうにしながらもどこか非難がましくこちらを見てくる妹に、俺は混乱する。
なんだ? これはどうなってるんだ? ドッキリか? そのうち、どこかからカメラが出てくるのか?
「あ、ケガが……えっと、バンソーコーどこだっけ?」
「ああ、うん……」
慌てる妹を手で宥め、俺はしゃがんで妹に語り掛けた。
「えっと……紫音? 兄ちゃんな、ちょっと病院に行ってくるよ。みぃちゃん? と一緒にな」
「え? どうして?」
「あのな、野良猫っていうのはいっぱい病気を持ってるんだぞ? だから、一回検査をした方がいいんだ」
「そっか……じゃあわたしも」
「いや、もう遅いからお前は留守番だ。すぐ帰って来るから、いい子で待っててな」
「うん……」
真面目な声で言い聞かせると、妹は不承不承といった感じで頷く。その頭にポンと手を置き、俺は未だにベッドの上で我が物顔でくつろいでいる女子高生をじろりと睨んだ。
「えっと、それじゃあ……付いて来てくれるか?」
慎重に手を伸ばすと、女子高生は不信感に満ちた表情でこちらを見上げる。しかし、俺が多少強引に手首を掴むと、億劫そうにしながらも立ち上がった。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるな?」
「うん……いってらっしゃい」
妹に見送られて玄関を出ると、無言でエレベーターに乗り、マンションを出る。
そこで一旦左右を見回すが、やはりカメラが登場する気配はない。これがテレビ番組のドッキリなら、この辺りでネタバラシがあってもよさそうなものだが。
「……まあ、いいか」
まだ泳がせるというなら、俺は予定通りにするだけだ。
俺は女子高生の手を引いたまま夜道を歩くと、近くの交番を訪れた。
「あの~すみません」
「はい? どうかしましたか?」
顔を出した若い警察官に、女子高生の方を視線で示しながら言う。
「その……迷子、いや、家出っぽいんですが……」
警察に突き出されようとしているのに、この期に及んで女子高生の様子に変化はなかった。相も変わらずけだるげな表情で、胡散臭いものを見るような目で警察官を見ている。
(どんだけ豪胆なんだよ……)
その肝の据わりっぷりに、感心半分呆れ半分でジト目を向ける俺。そんな俺に、警察官の思わぬ声が掛けられた。
「えっと、迷い猫ですか? 首輪は着けてないみたいですけど……」
「は?」
「たしかに毛並みは綺麗ですし、飼い猫っぽいと言えば飼い猫っぽいですけど……首輪がない以上、警察としても飼い主の特定は難しくて……」
真面目な表情で困ったように言う警察官に、俺は引き攣った笑みでツッコミを入れる。
「いやいや……何を言ってるんですか。冗談は困りますよ」
「はい? まあもちろん、写真を撮らせていただいて、飼い主が探しに来た際に確認することは出来ますけど」
「いや、そうじゃなく! これのどこが猫なんですか! どう見たって人間でしょう!!」
「……はい?」
思わず声を荒げる俺に、警察官は完全に不審人物を見る目になる。
「……ああ、酔っ払いですか? 困ったなぁ……家、どこか分かります?」
「いや、酔っ払いとかじゃなくて……」
「はいはい……って、お酒の臭いはしないですね……まさか」
その瞬間、警察官の視線が鋭くなり、嫌な予感がした俺は慌ててその場を誤魔化すと、足早にマンションに帰った。
「ハァ……一体、どうなってるんだ……?」
警察まで巻き込むなんて、ドッキリにしたってやり過ぎだ。あまりにも意味不明な状況に、ガリガリと頭を掻きむしる。
「おや、こんばんは」
「え? あ、お隣の……どうも」
その時、マンションから出て来た隣人と鉢合わせた。
半ば無意識に会釈をすると、隣人の視線が俺の隣に向かい、俺はハッとする。
「いや、これは……」
「おやおや、新しく猫を飼い始めたんですか? いいですねぇ」
「は──?」
しみじみと目を細める隣人の表情に、特に冗談を言っている素振りは見受けられない。
「大丈夫ですか? あの子……何と言いましたか」
「えっと、紫音のことですか?」
「そうそう、紫音ちゃんでしたか。この子と仲良くやれそうですか?」
「仲良くやるも何も……これを拾ってきたのは紫音なので」
「え? ああ、それはそれは」
愉快そうに笑う隣人。やはり、この女子高生が猫であることについては何の疑問も抱いていないらしい。
もう、なんというか……ハァ
「それでは、僕はこれで」
「ええ、また」
理解を超えた展開の連続に思考を放棄した俺は、隣人と別れるとそのまま家に戻った。
「あ、おかえり~」
「ああ、ただいま……」
「あれ? おにいちゃん、ケガ……」
「ん? ああ、病院閉まってたんだ」
手の甲の引っ掻き傷を見て、妹にした言い訳を思い出した俺は、力なくそう誤魔化す。
「そっかぁ……ねぇ、じゃあもうきょうは、みぃちゃんとおフロにはいってもいい?」
「ああ、うん。いいよ……」
「わ~い! みぃちゃん、いこ?」
女子高生の手を引いて洗面所に駆け込んでいく妹を見送り、俺はリビングのソファにどっかと腰を下ろした。
「マジで……どうなってんだよ……」
本当に、夢の世界にでも迷い込んだ気分だった。だが、頬をつねるとしっかりと痛い。これは間違いなく現実だ。
「夢であって、欲しかった……」
ぐったりとそう呟き……ふと気付くと、なにやら洗面所の方が騒がしい。
もしや妹に何か!? と思い、慌ててリビングを出たところで──
「あ、みぃちゃ~ん」
「ブニャァ!!」
髪を濡らした全裸の女子高生が洗面所から駆け出してきて、俺は天を仰いだ。
* * * * * * *
……みぃが家に来てから、一週間が経った。
相変わらず、妹はみぃをこの上なく可愛がっている。
「みぃちゃん、おいし~?」
隣の席に座り、普通に同じものを食べている女子高生に、妹は楽しそうに話し掛ける。
当然のごとくみぃは反応を示さないが、妹もまたそのことに疑問を抱いた様子はない。
……対面でその様子を見ている俺は、違和感で頭がおかしくなりそうだが。
この一週間見てて気付いたのは、やはりみぃは明らかに人間だということだ。
こうして食事も妹と同じものを食べるし、用を足す時もまたしかり。
言葉を話さずに鳴き声を上げたり、お風呂を嫌がったりと猫っぽい振る舞いもするが、どう見てもただの猫のフリをする人間だ。しかし、妹は彼女を猫として扱うし、他の人間もそれは同様だった。
彼女が人間に見えるのも、その振る舞いに疑問を覚えるのも、確認した限りでは俺だけらしい。
「マジで、なんなの? これ」
もしかしたら、彼女はいわゆる化け猫と呼ばれる存在なのだろうか?
いや、だとしたら俺だけ化かされてるということで……逆ならともかく、俺だけ人間に見えるというのは意味が分からない。俺だけ化かしてどうするのかという話である。
「なあ、お前って結局なんなんだ?」
夕食後、ソファの上で体を丸めるみぃに問い掛けると、みぃはのっそりと顔を上げてじろりとこちらを見遣る。
しかし、すぐに興味を失った様子でググッと伸びをすると、ソファから降りて妹の部屋へと歩いて行った。
「ハァ……」
完全に猫そのものなツレない反応をするみぃに、ただ溜息を吐く。
実際、俺には人間に見えるというだけで、特にそれ以外で問題は起きていないのだ。精々食費が嵩むくらいだが、世話の手間が掛からないのでペットとしては優秀……なのかもしれない。
「あ、おにいちゃんあがったよ~」
「ん、ああ」
そこへ、風呂から上がった妹がやって来た。
「ねぇねぇ、どようびあいてる?」
「ん? 今のところ予定はないけど?」
「じゃあ、みぃちゃんのくびわかいにいこ!」
「う……」
それは、今までなんだかんだ避けていたことだった。
本当なら飼うと決めた時点で首輪を着けるべきだったんだろうが、それどころじゃなかったというかそれをしてしまったら取り返しのつかないことになる気がしたというか。
(いや、待て……もしかしたらプロのペットショップ店員なら、何か気付くんじゃないか?)
ふと浮かんだ考えに、俺は希望を託すことにした。
「……分かった。じゃあ土曜日はみぃも連れてペットショップに行こうか」
「わーい!」
歓声を上げて喜ぶ妹に、俺は悩みを一旦脇に置いて笑みを漏らす。
そうだ。一般人には無理でも、普段から犬猫に触れてるプロなら何か分かるかもしれないじゃないか。誰か一人でも理解者がいれば、少しは心が軽くなるだろう。
* * * * * * *
……と、思っていた時期が俺にもありました。
「ありがとうございました~」
特に何の疑問もツッコミもなく、俺達を見送る顔馴染みの女性店員。
嬉しそうな妹と、妹と手を繋ぐどこかブスッとした表情の女子高生。その首にはしっかりと赤い首輪が。
「いや、絵面」
どう見てもアウトだ。アブノーマルなプレイにしか見えない。しかし、この異様な光景を、道行く人達は一切気にせず通り過ぎていく。マジでどういうことなの?
(ハァ……まあ、でも……)
腹をくくるしか、ないのか。
原理は不明だし今なお違和感は半端ないが、こうなったらもう受け入れるしかないだろう。
紫音の気持ちを思えば今更追い出すなんてこと出来るわけないし、どうやら本格的に気にしているのは俺だけのようなのだから。
俺も覚悟を決めて、この謎の女子高生を新たな家族として迎え入れるべきだ。
「……改めて、よろしくな? みぃ」
諦念のにじむ笑みでそう語り掛けると、みぃはこちらをじろりと見てから、首輪をカリカリと掻きながら言った。
「……きつい」
「……」
「おなかすいた」
不機嫌そうに呟くみぃに、俺はすぅっと息を吸い込み──
「しゃべれんのかい!!」
思わず全力で叫んでしまった俺に、通行人の不審そうな視線が一斉に突き刺さった。
慌てて2人の手を引いてその場を離れつつ、俺はみぃに問い掛ける。
「おい、なんで急にしゃべり出した?」
「ずっとしゃべってたわよ……あんたがきづかなかっただけでしょ?」
「いや、そんなはず……」
「おにいちゃん? みぃちゃんはずっとしゃべってたよ?」
「紫音……マジで言ってんの?」
真顔で問い掛けるも、妹は曇りのない純粋な目で見返してくる。……いよいよ頭が痛くなってきた。
「ハァ……まあいい。とりあえず、自己紹介してくれるか?」
ズキズキと痛みを発する頭を押さえながら問い掛けると、みぃはかったるそうに口を開く。
「……なまえはみぃ。としは……3つくらいかしら?」
「あっ、そ……」
そのテキトーな自己紹介に溜息を吐き、俺は妹の方を見た。
「じゃあ、紫音にとってはお姉さんになるな。言うまでもないが、仲良くしろよ?」
「うん! よろしくね、みぃちゃん!」
「……ええ」
嬉しそうに飛びつく妹と、めんどくさそうにしながらもそれを受け入れるみぃ。
対照的な2人に苦笑しながらも、俺はこれから訪れるであろう新たな生活に、少し心が浮き立つのを感じるのだった。
あらすじの『問:この女の子は果たして猫でしょうか、人間でしょうか』に対する模範解答はこちら↓
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