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セシャトのWeb小説文庫-Act Vorlesen-  作者: 古書店ふしぎのくに
第十章 『星空な瞳 〜願いの込められたヘッドホン〜 著・桜桃』
91/126

物語は結局、楽しかったかどうかというお話

びゅうびゅうと吹き荒ぶ風、何処かの学園の屋上でスマホの画面を見つめるセシャトにシア、そしてナツキにリツキ。

 

「むむっ! ここは5階くらいの高さでしょうか? それにしても思ったより風が強いですねぇ! そしてちょっとまだ肌寒いです。ここであったかいコーヒーなどを頂くと美味しいでしょうねぇ! 私もお二人のように制服を来て学校に通ってみたいですよぅ!」

 

 セシャトは屋上から覗く地上を眺めながら学校に通う自分を夢想する。そしてゆっくりとセシャトはスマホの画面を見ながら話し出した。

 

「“男性“は少なからず後悔されています。“私“と同じく“男性“もまた“私“と別れた事へ、どういう奇跡なのか触れる事ができなくても再び出会う事ができたのに、それを“男性“自ら“私“との現世の縁を切る事を選ばれました。それは非常に苦痛を伴う選択だった事は想像に容易いですが、それができるのもまた“男性“しかいないという自覚があったんでしょうね」

 

 本作の主人公は“私“である事は変わらない。“彼女“は最終話、あるいはエピローグである“涙“には登場しない。もう既に本文にもある成仏されたのか、見えなくなったのか分からないが、主人公不在で“男性“が誰に聞かせるわけでもない語部として物語を締めくくる。

 

「本来は、冒頭にこれが来た方がしっくりくるんやけど、どうしても“私“の特異性を隠して起きたかったから時系列を合わせて物語を畳んどる。物語の作り方としては基本やね」

 

 実際、この“涙“をプロローグとして頭に持ってきて最後まで読んでも、少し手を加えれば非常に綺麗に結末を迎える事ができる。感動や盛り上がる部分が少し変わってくるのかもしれないが……。

 

「男の子って、女の子の前だとすぐに格好つけますよね」

「あー分かる! 後先考えないところがあるよね? そこが可愛いところかもしれないけど」

 

 “男性“はスカした部分があるが中々のナイスガイである。彼は“私“と再開してから一度として涙を見せていない。“星に願いを“から読み取れるに、“男性“は“私“を愛していた。抱きしめたい程に、されどもう抱きしめる事も叶わなかった。されど彼は涙を見せない。最後まで“私“をスカした態度で看取った。

 

「しかし、ここはぐっときますねぇ! “男性“は一人になってようやく泣く事を自分に許したわけです!」

 

“男性“と“私“のなり染めや、思い出などは何一つ明言されていないので、最初から最後まで読者は傍観者でしかない。


「これって独りよがりな表現やと思わへんか?」

 

 シアがディスった。まさかこの最終話にて何故? とはセシャトは当然思わない。西のテラーは辛口なところも含めて驚かされる読み方をするのだ。しかし、そんな事を知らないリツキとナツキは驚き、シアの言葉に嫌悪感すら覚えていた。

 

「“男性“にとっての“私“とのお別れの余韻を楽しむところじゃないんですか?」

「うん、私はお互いが次に進む為のそんな気持ちを読むところだと思うんですけど……」

 

 高下駄をカンカンと鳴らしながら、シアは屋上の風を楽しむ。青い髪が風に揺れ、そして縦割れした瞳は大きく見開く。

 

「そんなわけないやん。だって、二人。“男性“そして“私“についてなんか知ってる事あるん? どこの誰で、なんという名前で、何歳で、好きな物、嫌いな物、二人の関係性。何一つ知らんくない?」

 

 もちろん、本作の楽しみ方は読者に任せるところは多いから、リツキやナツキのように想像を掻き立て、静かに終わりを読み解くのも一つの楽しみ方だろう。だが、身も蓋もない事のように思えるが、シアの言っている事はほぼ全ての読者に当てはまるだろう。“男性“と“私“についての情報は二人がプレゼントを受け渡す間柄だったという程度の情報でしかない。

 

「ふむふむ、ではシアさんはどのように物語を読まれるのですか? 私に本作をおススメしてくれる程ですから独りよがりという言葉には何か意味があるのでしょうか?」

「せやね。これは凄いで! テクニックとして独りよがりというフラグを立てとる。本来、作者の頭の中で完結してしまっている文章という物は小説の体を成してないと言われんねん。でもこの作品はどうや? ほとんど情報を与えてくれへんねん。だから、“男性“の涙の意味も“私“との別れを惜しんでいる事くらいしか分からへんよね? でも実際読んだ時、どう思った? 全然知らんハズやのに二人の関係性を勝手に更新してたり、それなりにジーンとしたハズや」

 

 補足をするとシアの言っている事は独りよがりとは少し違う。独りよがりな文章というのは、情景描写や、キャラクターの造形など、作者は全部自分で想像しているので完結してしまっており、読者は今、何処にいるのか? 結局、このキャラクターはどういう風貌なのか漠然としない中で進んでいく作品を言う。今回、この作品は作者の……ではなく“男性“の独りよがり、いいや。思い出の余韻を上手く表現している。思い出も胸の痛みも“男性“にしか分からないのだ。だから、第三者である読者は想像する他ない。

 

「せやけど、“私“がいなくなって“男性“程かは分からへんけど読者のウチらも喪失感を感じとる。これはなんでか分かるか?」

 

 目を細めるシア。彼女の語りは小噺のように的確な間と表情でその場を支配し楽しませてくれる。ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。そしてナツキとリツキは顔を横に振り分からないと意思表示をしたのでシアはそこから微笑んでみせた。

 

「ウチ等はずっと主人公“私“を追って物語を読み進めてたやろ? ようやく“私“という人物がどんな子か見えてきたあたりで、彼女の時間は終わる。読者であるウチ等は情報の少ない中で一緒に物語を追走した“私“の喪失。これはウチらの読者だけの物や。このウチ等読者の勝手な独りよがりの喪失感。それと“男性“の気持ちを重ねられる。かなり短めの短編やからできる裏技みたいなテクニックやけどな」

 

 文章が長くなれば長くなるほど描写やイベントのフラグやスイッチを増やす必要があり、どうしても不要な情報が増える。故に情報が少なすぎるが故に矛盾も少ないという面白い相乗効果を読むことができる。

 

「なるほど、シアさんの仰るように、より第三者として作品の世界を覗き込むという楽しみ方もあるんですねぇ! シアさんが仰りたい事は独りよがりな、いいえ、一人で余韻に浸っている“男性“という表現が上手だと言う事ですねぇ! いつもながら遠回しです」

「そら、ウチは上方やからねぇ! 作品の楽しみ方も、趣を大事にするんや! 本作は情報って実のところあんまり意味をなさへんねん」

 

 ナツキとリツキはシアの語りから目と耳を離せない。予想だにしない語り、暴論とも思えるが実のところそうでなく、心から作品を楽しんでいる。

 

「本作は、作者が綺麗な作品を書きたい。純文学とはまたちゃうんやろうけど、文学的に何か惹かれるような物を届けたいっちゅー事で書かれとるんや。だから深く考えんと、えぇ話やったなぁ! と物語の流れに身を任せてもええ。これは二人の読み解き方に似とるんかもしれへんね。だから、ウチは綺麗に一人の人間の、ここは“男性“と“私“の心のあり方を表現している事を評価する。それは“私“には“私“の役割があって。“男性“には“男性“の役割があったやろ? それを綺麗に完結させとる。それが正しいかどうかは、二人の中や」

 

 “男性“はどうやらヘッドフォンから音楽を流してはいないらしい。それは“私“のいない世界から離れたかったのか、あるいは“私“を少しでも感じていたかったのか……彼の願いは明言されていない。作品をどう読んだのかがそのアンサーなのかもしれない。

 

「「二人の中……」」

「これにて、今月の尊い作品『星空な瞳 〜願いの込められたヘッドホン〜 著・桜桃』かしこみやなぁ! おもろかったで!」

 

 シアは指輪にキスをして合掌。

 パァン!と景気のいい手打ちを鳴らす。

 

 気がつくと古書店『おべりすく』の母屋に戻っている四人。シアが濃い目の緑茶を淹れてくれるのでそれを飲み一息つく。

 

「別れから逃げるよりも、次の出会いに託した方がおもろいからな! ウチは嫌いやないで! 去りゆく三月。不安と期待の四月。また来年遊びにきぃや!」

 

 シアの前でナツキはバトン……いや卒業証書が入った筒をリツキに渡す。そして笑った。

 

「私は一年かけて、“男性“の願いを考えるよ。毎年貴女とは会えるわけだし、貴女も来年“男性“の願いを考えててよ! 答え合わせしよ!」


 卒業証書を両手で持ってリツキは同じく微笑んで頷いた。

 

「喜んで!」

 

 どうやら春が来たらしい。こんな風に季節が移り変わる様子をセシャトは初めてみた。ナツキは満足したように古書店『おべりすく』を出る。シアとセシャトはナツキをお見送りし、お辞儀する。

 

 そして次は、

 

「始まれば次は私がバトンを回す番ですから! しっかり行きます! お二人ともありがとうございました!」

「うん、また遊びにきぃ!」

「はい!」

 

 シアとセシャトはリツキを見送る。お辞儀をし、リツキがいなくなったところで顔を上げると、そこには開花したソメイヨシノ。

 

「あらあら! シアさん綺麗ですねぇ!」

「ほんまやなぁ! あのアホ二人呼んで今日は店はクローズにして大阪城公園にでも花見にいこか? ご馳走に甘いお菓子に沢山持って」

「あらあら! それはいいですねぇ!」

 

 そんな風に話している、リツキにそっくりな……少年? 彼は自分の顔を指差して……

 

「御免ください! すみません! この顔をした女の子。お店に来ませんでしたか?」

 

 さて、お花見はお預けで次のお客様の接客だなと二人は笑いながらお辞儀した。

 

「「古書店『おべりすく』へようこそ」」

『星空な瞳 〜願いの込められたヘッドホン〜 著・桜桃』今回のご紹介を持って本作のご紹介を終了とさせていただきます。桜桃さん、一ヶ月間ありがとうございました! 短編を一ヶ月間ご紹介した事は今までになく初の試みでした。長編よりも簡単な部分、難しい部分と非常に当方も楽しませていただきました。名もなき男女のラブソングは今もどこかで響いているのかもしれませんね! 

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