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セシャトのWeb小説文庫-Act Vorlesen-  作者: 古書店ふしぎのくに
第十章 『星空な瞳 〜願いの込められたヘッドホン〜 著・桜桃』
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東西の店主が話す文脈から物語の奥行きを読む事

「セシャトさん、いらっしゃい! ゆっくりしていってなぁ!」


 西の古書店『おべりすく』への研修とやってきた東の古書店『ふしぎのくに』店主のセシャトは店の母屋でお茶を出され、次から次へとお茶菓子をだしてくれる西の店主。シア。


「ふふふのふ! ひと月たくさん勉強させてもらいますねぇ!」


 出された甘いお菓子を次々にセシャトは食べ進めていく。

「これ美味しいですねぇ! こちらの最中も可愛いですねぇ!」


 はにわ型の最中を口に運びながらセシャトは微笑むが、大量の甘未を胃袋に収めていく様子にいつもの事ながらやや引く。


「ほんまセシャトさんは美味しそうに食べはるなぁ。まぁそれはそうと、ウチの店のアホ共も昼には来るから、好きなだけこき使ってかまへんからね。それまでなんかお話しよか?」


 タブレットを取り出すと、青い髪を耳にかけて、自分にもお茶を淹れるとセシャトの前に座った。

「セシャトさんなんかおススメある?」

「そうですねぇ。いろいろありますが、ここはシアさんのおススメを読んでみたいですよぅ!」

「せやねぇ、セシャトさん。文章は、いや文字はなんの為にあると思う?」

「想いを伝える為でしょうか?」


 セシャトの返答に星野のお茶を上品にすするとシアは頷く。文字は読んで字のごとく、文、形の字、あざ。代わりである。そしてそれを突き詰めていくと文は形は変化し文化となる。歴史であったり、ルールであったり、なんなら、言伝であったり、人から人に想いを伝える為にそれは古来に生まれて今に至る。風流というのか、西の古書店はそういう物に重きを置いて作品の考察を行う集団でもある。

 

「第一話から既に結末がある程度垣間見れる短編の作品やねんけど、セシャトさんこういうの好きなんちゃうか?『星空な瞳 〜願いの込められたヘッドホン〜 著・桜桃』ウチの店のアホ共が来るまでこの作品のお話しよか?」

 

 セシャトはシアにおススメされた作品を開くと、お茶を一口、そしてゆっくりと本作の文章に意識を乗せていく。

「ふむ、最初の一文が、現在のセリフなのかそれとも過去の言葉なのか、まずはそこが気になりますねぇ」

「ほんまセシャトさんは本の虫やなぁ! ええとこに気ついてるね。本作の作者の作品の傾向を話すと比較的どれも素直な物語が多いねん。要するに、物語は基本を忠実に撚りを入れるより、文章や内容で読ませたいんやろね。そこから踏まえると大体セシャトさんの予想通りの展開やけど、この一文、最初にして実のところ一番考えさせられるねん。この一文は、今なんか、それとも過去なんか、それを頭の片隅に入れて読んでいこか!」

 

 物語は、主人公の或いは神の視点から漏れた言葉から始まるのである。

 

 “ある日を境に、周りの人達は、私を──……“

 と、私をどうするのか? どうなるのか? それは非常に分かりやすく、そしてとても冷たい現実が私を襲う。

 彼女は学校において突然無視されているの。友人達に話しかけるも彼女の言葉を誰も聞いてはくれない。

 

「ふむふむ、先ほどのシアさんのご質問の意図がやんわりと理解できますよぅ! 叡智を携えた人はコミュニケーション、それも言葉を使ったそれが奪われてしまう事の意味。その方は言葉通り、そこにはいない者なんですねぇ!」

 

 お茶を一口飲む間にセシャトは用意された沢山のお菓子を遠慮なく口に運ぶ。いつもの事ながら、彼女の為に用意したとはいえ、甘味に対してこの食べっぷりはシアもただただ笑うしかなかった。

 

「この子は、一人になりたくて屋上へ向かう。一人になりたいなら化粧室で個室に閉じこもってもええと思うけど、正常性バイアスっちゅーやつやね。今自分に起きている事をまだこの子は少し余裕を持って考えようとしとるわけや、で。この一言、ちょっとええと思わへん?」

「“なんで空は一緒に泣いてくれないんだ“というくだりでしょうか?」

「うん、よう分かってるやん。ここは二つのテクニックを使って感情表現してくれてるのが素直に整うわ」

 

 空が雨降り泣き出してくれればせめて自分も感情を吐き出せるのかもしれない。だがしかし、教室内のクラスメイトのように空もまた私を無視するかのように晴れ渡る空を見せつけてくれるのだ。

 要するに、最悪な気持ちであると彼女は感じているのだ。別に雨が降って欲しいわけじゃない。天気なんてどうでもいいのだが、怒りや悲しみをぶつける相手がもうそんな物しかない。

「大変、不愉快な気持ちだということが伝わってきますねぇ。しかし第一話のタイトル、瞳というのは、タイトルはかけてあるのでしょうか? 今のところは星空とは関連性がなさそうですねぇ」

 

 セシャトのいう通り、第一話を読んだ上では、星空要素はない。彼女を映す瞳、屋上にて出会うヘッドフォンの男性の事なのだろうが、彼の瞳に映っているのは青空である。

 

「まぁ、この時点で、“私“は現実でも、表現上でもヘッドフォンの君の瞳には映ってへんという事やな、この時点で想像できる事。“私“はもう既にこの世におらへん存在なのか? でもヘッドフォンの君は“私“を認識しているねんな。一旦ここはまぁええわ。状況が理解できない“私“にとって、今の状況はまさに暁光やろうね」

「そうですねぇ。皆さんに無視され続けている中で、ようやく反応してくれる人がいれば、ちょっと怖いなぁと思う方でも嬉しいですよね! 私はこの作品の主人公視点の方の気持ちになるとよりそう思いますよぅ!」

「そらそうやろうね。多かれ少なかれ、人間は言語とコミュニケーションを覚えた事で自己顕示欲と承認欲求を持っとるから、元々集団に身を置いてたらそこから孤立する事には全然慣れてへん。せやけど、“私“はその後天性の感情より、遺伝子に組み込まれた自己防衛の方が先に働いとる。まだそこまで自暴自棄になる程やないという事が文章から読み取れる」

 少し話が逸れるが、本当にどうしょうもない心理状況の人間はこの自己防衛が働かず自分が楽になる方に堕ちる。よくある悪い友人と付き合い始めるだの、よくない薬に手を出すなどはそういう経緯がある。

「なるほど、もし“私“が誰かに縋りたい状況だと、“怖い“ではなく、“話したい“になるわけですねぇ、切羽詰まっている人が、自分にブレーキをかけられない理由がちょっと分かりましたよぅ!」

 

 確実に彼女の気持ちは、周囲の自分への扱いから、屋上遭遇した“男性“への興味へと優先順位が移っている。ここでさらに細かく読み進めると、“私“は、この学生であれば風紀が乱れた“男性“、そしてその所有物であるヘッドフォンを何処かで見たような記憶がある。

 ここは少しポイントであり、よほどのマンモス校でもない限り、これだけキャラクターが立っている“男性“の事を覚えがないという状況に陥るだろうか? これは否である。名前は知らなかったとしても人間は異端に対しては強く意識に根深せる。誰かは知らなくとも、まず間違いなく認識はあるハズなのだ。

 

「そこまで、凝って物語を作っているかはさておきやで! システム部におる師匠ちゃんみたいに片耳にピアスぎょーさん付けてる奴がおったら嫌でも目につくやろ? まぁ最近はそんな子ばっかりの学校もあるけど、ピアス=風紀違反であるような認識からして普通の学校やと文脈から読み取れるやろ」

 

 上方の古書店『おべりすく』の従業員の読み方は独特だ。古典を読み解くように文節を読む、文脈から世界を読み解く。セシャトは、成程なぁと話を聞きながらこの“瞳“における結について話す。

 

「“私“から始まった物語として、環境をしっかりと理解させていただいた後に、この第一話を締め括ったのは、この“男性“のきつい一言でしたねぇ! クラスのお友達の反応もまずまず悲しいですが、面と向かってこう言われるのはどうなんでしょうか?」

 

 これは捉え方による。この“男性“は風貌通りの粗暴で噛みつかれるようなこの反応に萎縮するのかもしれない。が、つい先ほどまで“私“は非常に居た堪れない空間の中にいたわけで久方ぶりのコミュニケーションを取ったことになる。それに少なからず安堵したかもしれない。

 

「まぁ、女の子にかける言葉とは思われへんわな? せやけど“なんでお前がここにいる?“という発言からして“私“を知っている人物なんやろう。この短い中で、誰が、何処で、何をしたか? という説明がなされたわけや! 頭に本来ならくるハズの“いつ“は冒頭の一文で、現在なんか、過去なんかがまだ不明瞭なままやな! 当然、それを知ろうと思ったら次を読んで行かなあかんわけや!」

 

 本作はしっかりと、小説の体を持った作品である。そしてシアさんが説明した物も崩しのテクニックで、“いつ、誰が、どこで、何をしたか?“ 一般的な文章作成の四つの説明の一部を欠ける事で想像力を掻き立てる。派生パターンとして時には“どこで“を省いて謎を深めたり、“誰が“を消してしまう神の視点等もある。結に至る“何をしたか?“を省くのは進行上難しいので当方は読んだ事はない。

 

「どや? セシャトさん。物語は通して読んでから考察するのもええけど、本作は読み終えると、全ての伏線が顕になるから、どうしても色眼鏡で見てまうやろ? ウチはこの作品の結末まで分かっとるけど、一回してできひん考察の世界にセシャトさんをウチが招待したるわ! さぁ、続きは店内で仕事でもしながら話しよか? えらいあのアホ共店にこーへんから、アヌのアホが競艇でも寄っとるんちゃうかな? 後で殺さなあかんわ! ほなセシャトさん、用意してや!」

「はい! ふふふのふ! シアさんと二人でお仕事は初めてかもしれませんね!」

 

 神保町の店主セシャトは、西の古書店街天満橋の店主シアと共にスマホを持って店内へと出ていく。東と同じく、西にも不思議な来店客が待っている事にワクワクしながら……

はい、今月の紹介作品は『星空な瞳 〜願いの込められたヘッドホン〜 著・桜桃』となります。短編を一カ月間ご紹介するのは今回がはじめてかもしれませんね? 当然、通して何回も読ませて頂いていますが、実はミーティングでは1話ずつ先を読まずにフレッシュな気持ちで考察を行っておりましたよぅ!

もちろん、何度も読み理解して行く楽しさも有るのですが、最初の読了の気持ちはまた全然違いますからね! 是非、最初の読了感想を持って一カ月間楽しんで頂ければ幸いですよぅ!

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