ヒロインのアーキタイプと現行の流行りについて
おせんべいを齧り、ゲーミングチェアに座る黒髪に虚ろな瞳の少女。
光速タイピングで文章を打ち、ぱかりと開けた口にモンスターエナジーを放り込む。そしてリターンキーをぱちーんと叩くと同時に、強烈な空腹を表現するようにお腹の中の魔物が雄たけびを上げた。
「お腹がすいたんな。セシャトさんに連絡なん。もしもしなん! お昼ご飯は……なん! もう食べ終わったな……しかたがないん。『絶望の箱庭~鳥籠の姫君~著・神崎ライを読んでるん?』 分かったな。こっちで適当に食べるんな」
彼女は自室の扉をバタンと開く、リビングで寛いでいる女性と少女を見る。
「欄ちゃん、いろはちゃん。飯にするんな! クソ腹が減ったん!」
暇そうに二人は動画サイトの映画を眺めながら、ポップコーンを摘まんでいたが、黒髪の少女がようやく天の岩戸たる作業部屋から出てきたので、魂が戻ったように反応する。
「お疲れ様っす。また誰にも読まれないようなWeb小説書いてたんすか?」
「誰にも読まれないんじゃないん! 一人か二人は読みにくるんな!」
「ヘカちゃん、可愛いんだから、ところでさっきセシャトさんとお話ししていた物語は? 面白いのかしら?」
ヘカは、同居の世界的犯罪者の二人がデリバリで注文したであろうヤンニョムチキンにかぶりつきながらスマホを見せる。
「ヘカは全部読んだんな? とりあえず二人は少しでもヘカと同じステージでお話ができるように読むんな?」
冷蔵庫からジンジャーエールを取り出すとヘカは静かにスマホを眺める二人を見る。自ら読むように言ったものの、手持ちぶたさより、話し出した。
「リーゼたんは古き良きヒロイン像なんな? ツンデレに並んで、この類のお堅い女子も最近減ってきたんよ」
二人は、リーゼは割とラノベのヒロインとしてはベタにいるんじゃないかなと思ってヘカの話を聞いていたが、ヘカの続いての説明を聞く。
「最近のヒロインは基本ビッチな女の子が多いんよ。基本的にラノベのキャラクターはハンコキャラと言って、テンプレがあるんな? そんな中でもテンプレの流行もあって、今は主人公大好きな男の子や女の子を造形する事が多いん! 主人公に共感を持ち限りなくストレスを感じる事がない作品作りが昨今の流行なんな! 欄ちゃんは昨今の流れならどうなると思うん?」
「そうっすね……冬夜くんの寝込みをリーゼさんが襲うとかっすか?」
パターンとしてはあり得るだろう。最近は過剰なエロスが好まれる傾向にあり、かつては漫画を描くのが上手いが、中々人気を得られなかった作家が、成人作品で人気を博し、少年誌へと進む手法がWeb小説に降りてきた感は否めない。性的な表現は当然、遺伝子に組み込まれた快感であり少なからず興味を引きやすい。
「だから最近やたらエロい作品が多いのね」
「そういう事なんな。人によっては嫌悪されやすいんけど、嫌悪されるという事は信仰されやすくもあるん。そう意味では本作は、イデアに対しては少し禁忌とうか恥ずかしさを感じるんな! 寝ぼけて抱きついた冬夜をビンタする。怒らせたら怖いお姉さんキャラという昭和のテンポが初々しさを醸し出してるんな」
知的で真面目で、風紀に厳しいリーゼ。かつては正統派ヒロインとして量産されていたが、最近はいるようでいない懐かしい造形でもある。
しかし、長年愛されてきた造形であり、安定的に彼女はユニークで、そして愛らしい。それ故に、動かすのが難しい点もあったりする。
「最近流行のビッチヒロインにしてもそうなんけど、どう他と差別化するのかという点は着目したいところなんな!」
「まぁ、ヘカ先生はなんかキャラがすげぇ立ってるっすからね」
「欄ちゃんもなんな! 語尾に何かつくキャラは目立つんよ! 迷宮図書館において新ヒロイン登場なんな。不思議系クーデレタイプなんな。これでちょっと、ヒロインの時代が進んだん」
とはいえ、かれこれ二千年代初頭より人気を博し十年程前よりメジャー化した。現在、このタイプの女の子のキャラクターは割とよく見られるがやはり亜種というべきか、本作登場の椿言乃花氏はそれらのアーキタイプ的安心感を感じる。
「確かに、言乃花はあれね。私たちがよく読んでいるラノベにいる女の子っぽいけど、それでもちょっと時代が進んだ程度なの?」
「いろはちゃん、物語も読んでいくんよ! 本作は初作故の荒削りさ、物語の進み方のテンポ等、それらに合わせてキャラクターを配置させてるん。作者目線で話すと物語に矛盾が生じないように強引にでも前後関係を説明させてるんよ。ヘカも昔はそんな事を考えて書いてたんな」
キャラクターの配置についての説明や経緯、過去などを比較的細かく展開しており、当方としては微笑ましく思える。決して悪い事ではないが、飛ばしても案外問題ない部分も多かったりする。
紙媒体の読書を楽しむ読者からすれば、少しストレスを感じるかもしれないが、逆にいえば丁寧な作りとも言えるので一概に悪いとも言えない。
「編集とかだと、赤ペン先生よろしくで思いっきり削られたりするっすからね。Web公開されている作品って作者が表現したい事が全部掲載されていると思えばそれはそれでお得なのかもしれねーっすね!」
という事である。
当方も全部を隅々まで読み様々な視点から語るが、物語は楽しむに越した事はない。前回まででWeb小説はライブ感が大事であると語った事があるが、今回の迷宮図書館編においては盤外よりいつもなんらかの手を打っている学長の次のキーカードになり得る言乃花の登場と彼女の魅力を伝えることに焦点を当てる事に集中して読んでいきたい……が、一つ。
「十五話の最後もっすけど、たまにコピペが連続している部分があるっすね」
「そうね。怪獣、誤字ラが現れると現実に戻されやすいから、読者はこれに関しては指摘してあげる方が親切じゃないかしら? ヘカちゃん的にはどうなの?」
さて、作品に対してどれだけ指摘をしていいのか? これは凄いデリケートな問題であると思われるが、誤字脱字等の作成上ミスに関しては極力行ってあげた方がいいとここで記載しておこう。作品とは読者があって研鑽され、完成度を高める物であるから、安心してほしい。
誤字指摘で怒る作者がいたとしたら、それはちょっと心の病気かもしれない。
逆に、作品上の矛盾などを逐一指摘にするのはよした方がいい。物理法則やら色々とツッコミたい事はアマチュア作品以外でもよく考えれば多く存在しているわけであり、こういう点は私的ではなく、そういう物だと思って楽しめばウィンウィンの関係ではないだろうか?
全然関係ないのだが……
「人がお化けのキャストをしているお化け屋敷は怖がる自分を演出するのが、結果楽しいのと同じっすね」
「フジロックで、かかってこいとかいうアーティストに対して、大声を出して馬鹿みたいになる感じかしら?」
二人が身も蓋もない事をいうが、ヘカは冷蔵庫からゾーンを取り出すとそれに口をつける。
「まぁ、そうなんな。誤字脱字とか、掲載ミスは教えてあげるのは鉄則なんな! ヘカは本作屈指のイベントの一つとして、リーゼたんの呼び出しが挙げられるんな!」
作中でリーゼが語るように、自然に呼び出されてしまったと言っているが、まさにここは自然にリーゼと冬夜を切り離したシーンといえる。読者として読んでいた当方も、あー! これは自然に物語を繋げつつイベントを冬夜サイドとリーゼサイドで発生させている。見事な手法だと素直に思いますし、ちょくちょくこのように当方が本作から非常に光る部分を感じる要因でもあったりします。
「図書館編でのヴィランはノルンさんなんすね。冬夜さんが、リーゼさんのいないところでいちゃこら言乃花さんと洒落んでいるところ見つかってなんやかんやとか、が展開として予想されるんすかね?」
ヘカがヤンニョムチキンを全て食べ終え、二人に尋ねる。
「欄ちゃんといろはちゃんは学校の図書室にある本、どのくらい読んだ事あるん? ヘカは学校という組織に属した事がないから分からないんな」
「いやぁ、自分も仕事以外で学校と行かないので、全然っすね」
「私も学校なんて行った事ないわよ」
ヘカは聞く相手を間違えたかと、やや閉口する。迷宮図書館の異常な蔵書に関して語れそうな相手がいない。
「中高は無理だったらしいんけど、小学校の図書室にある本を全部読んだことがあるバストさんって人がいるんな? 図書室レベルでも六年かけてようやく全部読めるレベルなん。国立図書館みたいな迷宮図書館の中から必要な本を見つける事の無謀さがよく分かるんよ! そしてそんなところで空間と音を操る二人目の妖精ノルンと対峙するん」
ヘカが口元を拭きながらそんな話をしていると、欄が少しだけ悪そうな顔をして言った。
「何か食べ物注文するのもアレなんで、ふしぎのくにに手土産でも持って遊びにいきますか? 私たちも予備知識をつけた事ですし、セシャトさん達のお話聞くのも面白いかもしれねーっすよ!」
流石に超、自信過剰なヘカでも、物語の説明や考察はセシャトの方がわかりみが深いかと虚な瞳をカッ! と見開いて、大きく口をパカりと開けると親指をあげた。
「仕方ないんな! ヘカがいないと古書店『ふしぎのくに』も始まらないん! 逃げる二月を追いかけるように、ヘカ達も『絶望の箱庭~鳥籠の姫君~著・神崎ライ』を追いかけるんな! 手土産はレッドブルかモンエナにするんよ!」
それだけだと色気がなさすぎるので、上野にあるセシャトが最近ハマっているケーキ屋さんに立ち寄ってからお邪魔しようということになる。
『絶望の箱庭~鳥籠の姫君~著・神崎ライ』さて、いよいよ次回のご紹介が最後となりますが、Web小説を書かれる皆様、処女作を書いた時の事を思い出して、本作を楽しんでみてはいかがでしょうか? そこには初めて作品を書こうとした皆様の陽炎を感じる事ができるかもしれませんよ! そして自分の強みを客観的に思い出し再確認できるのではないでしょうか?
丁寧に物語のベースに配置されあストーリーやキャラクターたちが織りなす本作を最後までどうぞお付き合いくださいませ!




