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セシャトのWeb小説文庫-Act Vorlesen-  作者: 古書店ふしぎのくに
第九章 絶望の箱庭~鳥籠の姫君~ 著・神崎ライ
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フラグとルートの違いと時々駄菓子

うまい棒値上げだってよ

「ぬぉおおおおおお! うまい棒が値上げだとぅ!」


 セシャトとマフデトが物語について語ろうとした時、店内に響き渡る声、セシャトは「あらあら」とマフデトは「あの野郎、来やがったのです」と、そう、我らが古書店『ふしぎのくに』のちんちくりん、その名も全書全読の神様である。

 パシャンと母家の扉を開く神様。


「おぅ貴様ら! 珍しく二人揃っておるのか! それに客もおるんだな。あぁ……今日は棚卸しであったか? という事はせどりの連中が割と金を落として行っておろう? まぁ、物は相談なのだがな? 今年からコロナの影響で物価が上がっておる。私のお小遣いを一日千円から二千円に」

「しませんよ」

「しねーのですよ! 頭沸いてるんです?」



 二人にそう言われ神様は下唇を噛むと手を広げてみせた。


「せ、千五百円でどうだ!」

「だめです」

「死にやがれなのです!」


 神様は肩を下ろして、うまい棒を取り出すと二人に差し出して、


「千二百円でも良いぞ?」


 往生際の悪い神様を無視して、二人は物語について話し始める。


「冬夜が学園に来る前の手続きの話なのですよ。ここでいくつかのフラグが立ったのです。これはフラグメントというよりはルートの意味の方が強いかも知れねーのですけどね」


 フラグを立てる、フラグを回収する等と言うが、これを伏線とも言う事はご存じだろう。あまりにも細かすぎ、読み飛ばしてしまうような事象。しかし、それが後にしてあー、あの事か! と思わせる物を断片を拾い集めるフラグ回収、逆に分かり易く読者にこれからこのあたりをちょっと気をつけて読みなさいよという伏線を立てる、要するにレールを作ってあげることを当方ではルートという。

 用途は似ているかもしれないが、物語としての動き、所謂スパイスとしては完全に違う物なので分かり易く二つの言葉を使い分けるようにしている。


「成程。マフデト兄様は、ここで主人公に特別性を与えている事と、学園長の何か二心抱いている部分、そしてリーゼさんも只者ではない……最後に、恐らくは表紙の少女について、この辺りをざっくり読者の意識に強調されていればよい感じでしょうか?」


 物語の、特に小説はどこを読ませたいのか? という部分に着眼し、強調し、意識付けしていく意外と数学なのである。これを逆手にとってミステリー作品などでは本来のヒントが隠れていそうなところを別の強調した表現や描写で隠したりするテクニックもある。


「一話が短いので、意識付けさせたい部分が、すっと入ってくるメリットはあるのですね! 読んでいて感じたのですよ。でもやっぱり考えものでもあるのですね。もう終わったのかという、現実に戻される感は否めねーのですよ」


 本作のデメリットが一つあるとすれば、やはりここだろう。よく物語が頭に入ってくる反面、一話が終わったと、一旦リセットされてしまう。

  

  パリポリとうまい棒を齧る音。当然神様である。安い油菓子の匂いを漂わせて神様は二人の話に割って入った。


「そこをデメリットと思わせるのは読ませる内容だからであろう? そうそう、悪い事でもないではないか」


 コンポタ味のうまい棒を食べ終わると、次は明太子味をもっもっもっと食べる。


「神様のおっしゃる事も一理ありますね。面白いから、もう終わっちゃったと思わせている部分も多くあるでしょう。ふむふむ、やはり奥が深いですねぇ! Web小説」


 小説という物は文章が良いに越した事はないのだが、Web小説はWeb小説という一つの文芸体系を持っているので、それ以外にも読ませる方法……それも継続して読ませるというテクニックが必要になってくる。

 一話が長すぎる、短すぎるというのは少なからずストレスを受けやすいが、本作を読んでいるとわかると思うが、もう終わってしまった。続きを読もうと次のページをクリックしている。

 これはひとえに本作に魅力があるからであるとも考えられる。


「貴様らは長編作品ばかり読んでおるから、物足りなさを感じておるかもしれんが、案外この分量の方が最近の若造共にはいいのかもしれんぞ?」


 神様、パッと見は駄菓子が大好きなちんちくりんにしか見えない神様はあんこ玉を取り出すとそれをピンピンと指で飛ばしてセシャト、マフデト、そしてもう一人ワインを楽しんでいる女性の手元に落とす。


「貴様、その赤ワイン、私にももらえるか?」

「構わないよ。これは愚姉の物らしいから実際自分に決定権があるわけじゃないけどね。付け合わせに餡子か、面白いね君。夢幻の巫女、面白い設定を持った女の子が登場した物だね? さぁ、君ならどう読む?」


 少し瓶を振るとそれをフラスコに移すバッカス、そしてグラスを用意すると神様の手元に置いて、フラスコに移したワインをグラスに注いだ。


「ほう、上手に花を咲かせよるの貴様」

「どうも、面白い物語を読みながら一杯飲むのが楽しみだからね、で私の質問に関しては?」


 神様はあんこ玉をポイと口の中に放り込むとグラスを揺らした。口の中に餡子がいる内にワインの香りを嗅ぐ、そして物語の面白さを飲み込むように一口含んだ。


「夢幻とは嘘でもある、そして儚い物でもある。それはこの一族の事を指しておるな。さらに言えば、現実と幻想の境目を夢幻とも言う。この意味もあるであろう。そしてこの言葉は時として裏返る。江戸川乱歩が言っておったであろう? 現世は夢、夜の夢こそ真実……とな? この少女はいると言えばおるし、おらんと言えばおらん、良い設定であると私は思うぞ!」


 同じくあんこ玉をフォークで小さく切って一口バッカスは口に運ぶと、ワインを飲んだ。餡子の濃厚さが、ワインの渋みに反応しなんとも言えない深いコクを産む。


「悪くない組み合わせだね。命を与える夢幻。その命は君の話からすれば嘘であり、命の境目であり、そしてこのメイを意味する。ちなみに、命と書いて、ミコトやメイなんて読めてしまうよね?」

「貴様、それは考えすぎではないか?」


 バッカスと神様は二人で話が盛り上がってしまう。物語の楽しみ方とは静かに物語に身を任せ読み進めていく者と、作品が公開される度にリアルタイムで考察を繰り返すのがこの古書店『ふしぎのくに』の物語の読み方であり、こんな話をされていると、店主である二人はいてもたってもいられなかった。


「ふふふのふ! 神様とバッカスさん、とても面白いお話をされてますねぇ! 私たちも混ぜてくださいよぅ! さてさて、メイさんの相棒であるウサギさんの人形のようなソフィーさん、さてファミリアのような方ですが……」


 セシャトが話に混ざろうとして、マフデトがそれに続こうとした時、神様とバッカスにバッサリと切り捨てた。

 

「命を吹き込まれた人形、それが話すんだろう? その名前が叡智だって言われれば、上がるよね?」

「名前と共に知恵を与えたって事であろう? それが夢幻の巫女というのもまた面白い組み合わせだの」

 

 そう、セシャトとマフデトはお客さん相手に広く浅い知識を持って楽しませるのだが、広く深い知識を持っている人相手ではたまにこのように聞き手に回るしかない。

 こういう時はもう下手にテラーとして物語の読み込みや読み語りを先行するより話を聞いて作品の楽しみ方を教わる方が良いのだ。


「忌み嫌われていたのではなく、能力を保有しているこの夢幻の一族がこの力を忌み嫌っているというのが結構ミソなのですよ! 実は珍しい設定だと思わねーですか?」


 命を司る力というものは、創作でも現実でも神のみが踏み込んでいい領域だと言われている。宗教によっては医療行為ですら禁忌の物として忌み嫌う事があったりするのだ。

 本来、力を持って生まれた者の異端が迫害される対象でありこう表現される事は非常に多いのだが……。


「可愛い坊やはまだまだだね」

「テメェ! バッカス喧嘩売ってるのです?」

「君さ。あれだろう? 異能力やチートとか欲しがりな子だろう? ないものをねだり、不思議な力があればなぁ! とか思って、その力の代償や責任、危険性とか考えた事ないだろう? そうだねぇ……人間のおける最強の力ってなーんだ?」

「……金なのです?」

「正解、金はいいよね? みんな欲しいよ。だけど、その金を持ちすぎていたらどうなる?」


 当然、妬まれ、時には命を狙われる事だってあるだろう。そして一度でもそんな危険な目に遭うと、そんな物、なければ良かったとそう思うのだ。


「マフデトの奴は、夢みるクソガキだからの! 基本的に力を持っている者はその力をできる限り知られないように静かに黙ってるものなのだ。そしてなんでこんな忌した力が自分達にあるのかとそう思うわけだの。だから、夢幻の一族は姿を消したわけだの、バッカスよ。ワイン」

「神様君、君はすごい偉そうだね。まぁいいや、君との物語の読み合いはとても楽しい。この二人の若者たちと話すのも悪くなかったけど、君との語りはとても有意義だ」

 

 全書全読の神様である。物語を読むということにおいてはそれはそれは優れた神様である。しかし、そのほかの事柄においては無能な神である。

 そんな神様と本作『絶望の〜』を一緒に読むのがバッカスは楽しかった。それに神様に生み出されたセシャトは、当然のことに微笑んでいるが、神様ではなく、神様のマブダチである書の大悪魔、ダンタリアンに生み出されたマフデトはそれが気に入らない。

 

「テメェ! バッカスこの野郎! 私との話し合いは有意義じゃなかったっていいてぇのですか!」

「いいや、君とそちらのセシャト君が楽しく語らうのを見ているのはとても楽しかったよ。君たちのような愛らしい子たちがどうこの物語を楽しむのかというのも興味深かったよ。ただし……神様君は別格だよ」

 

 情熱的な目で神様を見つめるバッカス。それに嫉妬するマフデト。バッカスが勝手にワインセラーからもう一本取り出すとそれを開ける。

 神様がグラスを差し出そうとしてセシャトが一言。


「神様、お酒は一日一杯までですよ。今日はお客様がいらしたので二杯までは目を瞑っていましたが……三杯目はダメですよぅ!」

 

 神様はグラスを握ったままそーっとセシャトに言う。


「の、のぉ! 続きを読まんか? セシャト! 盛り上がってきたではないか」

「えぇ! そうですね! でも、お酒はダメですよぅ!」

「な、なぜだぁあああああ!」

 

 神様の叫びを聞いてご近所さんからのクレームの電話が何件か入ってきたのをマフデトは「うるせーのです」とガチャぎりして後でセシャトが謝罪しにいく事になるのはまた別のお話。

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