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セシャトのWeb小説文庫-Act Vorlesen-  作者: 古書店ふしぎのくに
2021セシャトのWeb小説文庫小説文庫
75/126

2021年より愛を込めて

 ぐつぐつと鰹ぶし薫る出汁。セシャトさんはその出汁を味見してそれが納得のいく出来である事に頷く。


「お蕎麦は近くの行列ができるお店で買ってきましたようぅ!」

「神田明神の近くのところですね」

「はい!」


 マフデトさんは牛乳を飲みながらセシャトさんが購入してきた蕎麦の玉の数を見て閉口する。大食らいが何人かいるにしてもこれは買いすぎだろうと。


「セシャト姉様、今日は何人来るのです?」

「ふふふのふ! 分かりません! 皆さん、年末にはたくさん遊びに来られますからねぇ」


 確かにこの狭い古書店に何故か集まってくるのだ。お菓子やお酒も大量に購入している。ふとマフデトはセシャトに尋ねた。


「この金どうやって用意してるんです? この店、そんなに儲かってないのですよ!」


 セシャトさんと同じく、マフデトもまたこの店の店主である。店主であるからこそこの店の財政状況が絶望的であることを知っている。平均360円程の古書が日に数冊売れるかどうか、古い漫画の立ち読みにくる子供は大体お金を落とさないし、レアな本を入れるとすぐさませどりで持っていかれる。

 そして一番の問題は、金色の髪をしたアホ毛のちんちくりん、神様が毎日千円をもっていく事である。


「セシャト姉さま、いい加減あのヤローに千円渡すのやめたらどうなのです? あれは世界一の無駄遣いなのですよ!」


 最もであるマフデトのその言葉を聞きながらセシャトさんは稲荷寿司を作る準備をして答えた。


「あらあら、神様には少しお金を持たせておかないと、よそで迷惑をかけるかもしれませんからねぇ」

「そんなヤクザの下っ端みてぇな感じなのですか……」


 神様は近所では年配たちにモテる。みかんをもらってきたり、お菓子を買ってもらったり、時には焼き肉を奢ってもらったりと、確かにご近所にご迷惑をかけることが容易に想像できる。


「あのヤローも母様もクソなのですよ!」

「ダンタリアンさんですか? ふふふ、時々私やヘカさんを誘って女子会を開いてくれますけど、とてもお優しくて素敵な方ですよぅ!」


 アヌさんが開く、男会(女子も参加可)という男子でご飯やアウトドア、ボウリングなどのアクティビティを楽しむ会が、不定期で開かれている。全部アヌさん持ちなので参加率は高い、それに対してダンタリアンさんもまた女子会を不定期で開く、お茶や買い物、時々食事など、当然こちらもダンタリアンさんが全部持ってくれる。


「あいつらの金、どこからきてるんです?」

「古書店『ふしぎのくに』は出資者の方がいますからねぇ! ふふふのふ! 今年、その中の一人で大切な方が旅立たれました」

「あいつは、年寄りのくせに、子供よりも漫画やアニメに詳しかったのですよ。そして、心から作品を楽しめる奴だったのです。最近の二十代や十代はヤレヤレ系の無双物はうんざりしてるのに、あいつは喜んでみてやがったのです」

「ふふふのふ! 物知りでしたし、本当に楽しい方でしたね」


 男会では瞬殺でできる白菜一玉を使った漬物の作り方などを伝授してくれた。そしてそれをセシャトさんは冷蔵庫から出す。


「ジップロックでロックアイス作る方法も教えてくれましたねぇ!」

「あれのせいで母様と師匠ちゃんが毎日お酒を飲んでるのですよ!」


 セシャトさんは漬物をすこし切ってマフデトさんとつまみ食い。そしてその美味しさに笑い合う。


「うめぇのです!」

「ですねぇ!」

「ところでトト兄様は帰ってくるのですか? なんか空港で止められてるとかなんとか聞いたのですが」


 セシャトさんにそっくりな片眼鏡の美少年、トトさん。女の子大好きすぎる彼は海外や日本国内とほとんど同じところにはいない。そんな彼はコロナの影響で戻ってこられず、ようやく緊急事態宣言も明けたので戻ってこようとした時、新しいコロナのオミクロン株が流行し、締め出しに合っている。


「トトさんも謎の人物ですからねぇ!」

「第二世代はメンツが濃すぎるのですよ!」

「あらあら、マフデト兄様、それは私もですかぁ?」

「……そ、そんな事ねーのですよ」


 いや、濃いだろうとマフデトは思った。つまむようにセシャトが容易していたゴディバのキングサイズの箱に入ったボンボンチョコレートを先ほど開けたハズなのに、もうあと二、三個しかないのである。


「あら、もう無くなりましたね! もうひと箱開けましょうか!」

「ま、マジなのですか」


 と、引いているマフデトさんだが、彼は彼専用の冷蔵庫がある程度にはミルクジャンキーである。冷蔵庫の中を覗き、ジャージー牛乳に手を伸ばしてから、やめて大阿蘇と書かれた物を手に取る。


「牛乳好きですねぇ! マフデト兄様」

「当然なのですよ! 今年は牛さんの年なのです! 私は牛さんが大好きなのですよ! 大阿蘇はそのまま飲んでも当然うめぇのですけど、ここは少しガムシロを入れて飲むのがおススメなのです!」


 マフデトさん曰くであるが、割ものは大阿蘇が最強らしく、アイスやヨーグルト作りには六甲、カフェオレなどは小岩井、そしてストレートのコールドはジャージーが一番とのことである。


「ふふふのふ! 私にも一杯頂きますか?」

「セシャト姉様専用の牛乳を出すのですよ!」


 大阿蘇に砂糖がけのイチゴをジューサーにかける。最後にひとつまみ塩をたす。


「ストロティ・ミルクなのです!」


 これは、セシャトさんがマフデトさんの家に遊びに行った時に実際に出された牛乳で、正直お店で売っているフレッシュジュースの数倍美味しかったというコスパ無視の牛乳である。


「はっひゃああ! これは美味しいですねぇ! 私の大好きなイチゴ、なんというか、なんでしょうこの美味しさ」

「イチゴはあまおうなのです! 私は王がつくものが大好きなのです!」

「あらあら、あまおうは甘い王ではなく、あかい・まるい・おおきい・うまいからきており、糖度はそこまで高いイチゴじゃないんですよぅ!」


 そして年間4000粒イチゴを食べるセシャトさんの登場である。1日十個以上食べているのだろうか? もはや病気である。

 セシャトさんの偏食は今に始まったことではないが、彼女は朝食はフルーツと野菜で、主食のようにイチゴを食べる。その時点であざとさマックスなのだが、さすがに血糖値やばいだろうと、健康診断では問題なかったが、ダンタリアンさん共々人間ドックに放り込まれた。

 恐ろしい事実がわかり、彼女は血糖値が凄まじく安定する体質らしい。普通の人からすれば甘いお菓子は食べ過ぎれば毒でしかないのだが、その一般常識が彼女には通らないのである。この娘、ホールケーキぺろりと平らげるんですよ。


「そうだったのですね……シーイー王みたいな感じなのですよ! セシャト姉さま、そういえば何故猫が嫌いなのですか?」


 猫を依代にしているマフデトからすれば由々しき問題、そして誰もが知らなかったその事実が今明らかになる。


「マフデト兄様、猫さんはですね……恐ろしい生き物ですよぅ!」

「恐ろしくねーのですよ! 何があったのですか?」


 セシャトさんは遠い目をしてゴディバのボンボンチョコレートをポイポイと口の中にチロルチョコでも食べるように放り込む。あぁ、勿体ない!

 そしてその味に頬に触れて微笑む、あぁ、あざとい。

 チョコレートの余韻を楽しんだ後に話し出した。


「今年よりももっと寒いこの時期だったでしょうか?」

「ほむ」

「私は、ホットチョコレートにおはぎを溶かして食べようか、それともお汁粉に板チョコとマシュマロを溶かして食べようか考えていたんですよ」

「常人には思い付かない組み合わせなのですね。結局同じ食い物になりそうなのですよ」

「案外美味しいですよぅ! そこでですね? カンカンと母屋のガラスを叩く音が聞こえたので、誰でしょう? とみに行くとそこには小さな白い猫さんがいたんです!」

「その猫がなんかやらかしたのですか?」


 それが猫が苦手になったセシャトさんの事実だったのかと思っていると……


「いえ、寒そうだったので母屋の仮眠室にある炬燵に入れてあげたんです! 私も一緒にあったまって、お行儀もよい猫さんでしたね」

「いい話じゃねぇですか!」

「ご近所様から削り節を頂いたので、それを少し食べてもらおうと思ったんですよ。すると……」

「すると?」


 牛乳がゴクリと喉を通るマフデト。


「増えていたんです……猫さんが、さっきまで一匹だったのに、おこたの中に三匹、私が接客をして戻ってくると、五匹、最大十三匹にまで増えたんです!」


 これは実話であり、セシャトさんは猫という生物の生態を知らずに起きた悲劇だったとでも言えよう。


「それ、母屋の小窓空いてたのです?」

「えぇ、換気の為に開けてましたよぅ」


 猫は暖かい場所と知ると、次々に何故か集まってくる。もしかすると、寒いのを我慢して最初の猫が教えに行っているのかもしれないが、そのあたりの行動は不明である。


「その日は、皆様にはお引き取り頂いたんですが……本当の恐怖はここからなんです」

「毎日、その猫共が母屋の前の小窓に集まってきたんですよ! そういう習性なのですよ! セシャト姉様が悪ぃのですよ! 下等生物共は餌もらったり優しくされるとすぐ依存しやがるのです!」


 珍しくマフデトに怒られるセシャトさん、そして外がそろそろガヤガヤと声が聞こえる。


「まふ? そろそろクソやろー共がやってきたみてーですね! 秋文にクリスのヤローにヘカ姉様、大友に理穂子、ミーシャーにさじ、欄にいろはも来やがったのですよ!」


 マフデトは耳をピクピクと動かしながら一人一人の足音で確認する。セシャトさんはそれを聞いてこう言った。


「マフデト兄様、では皆さんをお出迎えに行ってきますねぇ!」

「はいなのですよ!」


 セシャトが皆を出迎えに行って数分後!


「ひひゃあああああああ! ね、猫さんですぅ!」


 慌ててマフデトが玄関に向かうと、そこには、十三匹の猫が集まっていた。その内の一匹を抱き上げてマフデトは優しく頭をこずく。


「コラなのですよ! セシャト姉様にこれ以上トラウマ植え付けるなです! 来年はお前らじゃなくて虎なのですよ!」


 その後、古書店『ふしぎのくに』に集まってきた人々は何かに怯えるセシャトさんを疑問に思いながら今年がゆっくりと終わっていく。

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