第六話 『林檎転生 ~禁断の果実は今日もコロコロと無双する~』『プラネット・アース 〜地球を守るために小学生に巻き戻った僕と、その仲間たちの記録〜』著ガトー
「セシャト姉様、今年のWeb小説で言えば、何か思い出に残っている物ってあるのですか?」
年の瀬の古書店『ふしぎのくに』はせどりをしにくる常連か、中古漫画の立ち読みにくる子供たちかがやってくる程度。母屋で二人でティータイム。マフデトさんはセシャトさんにそう話を振りながらアップルパイを一口。
「ふふふのふ、これは中々良いアップルティーですねぇ! ムレスナですか?」
「さすがなのです……ってここに答えがあるのですね」
セシャトさんはタブレット端末を開くとマフデトさんも同じ作品を表示させる。
「「『林檎転生 ~禁断の果実は今日もコロコロと無双する~』『プラネット・アース 〜地球を守るために小学生に巻き戻った僕と、その仲間たちの記録〜』著ガトー」」
古書店『ふしぎのくに』にはテレビはないが、ラジオはある。ガトーさんもまたWeb小説をラジオというツールを持って紹介する活動をされている。毎回欠かさず聞いている程度には当方も参考にさせていただいている。
「セシャト姉様は、林檎転生とプラネット・アースだとどちらが好きなのです?」
「そうですねぇ……おそらく、マフデト兄様と同じじゃないでしょうか?」
要するにどっちも! なわけである。彼、そして彼女程Web小説を愛する存在はいないだろう。ありとあらゆるサイトに、あるいは個人ホームページやブログでしか公開されていない物ですら網羅している。
「どちらも、無双系の作品ですが、明確にプラネット・アースは主人公がそこに至りますが、林檎転生はどちらかといえばプラネット・アース、その主人公の相棒側の物語となりますよね。マフデト兄様、お代わりは?」
「ホットの牛乳をお願いするのですよ! 私のサロベツ牛乳でお願いするのですよ!」
「ふふふのふ! 本当に牛乳お好きですよね!」
マフデト専用冷蔵庫から、大阿蘇、六甲、小岩井、蒜山等の高級牛乳から楽農協で作られたお手頃な牛乳。週の牛乳消費量が実際に6リットルというマフデトさんの牛ニスト具合は凄い。
「林檎転生の方が派生系のストーリーは作りやすいのですよ。フレッサにホルマーとかとのバディで進めて行くのですよね!」
「ふふふのふ、外伝系は各々が特異な力を持っているプラネット・アースの方が作りやすいですよね。約束の解決が一本の話でまとめられるのは強みですね」
当方ではフラグ回収の事を約束解決と呼ぶ、フラグを多重に作りすぎると、フラグ回収どどのようにしなければ矛盾が生じるかということから約束の解決順番と仮に呼んでいた事が一般的になった。
「面白いというところではなく、今回は各々のデメリットを話すという事なのです?」
「そうですねぇ! デメリット、というより両作品がどちらの作品との差別化として見ていくという方が具合がいいですよぅ! これは明確に、当方でも林檎転生の方が好きだ! という方とプラネット・アースの方が好きだ! という方もいるところですから、では何処が好きなったのかという部分から見てきましょうか?」
「まふ……了解なのです!」
二人はペラペラと作品を通し読みする。そしてマフデトから話を始めた。彼もまたセシャトと同じで両作品が大好きである。
「まず、簡単にプラネット・アースが好きだ! という人たちは昔ながらのヒロイックファンタジー、それもちょっとSF入っている部分への評価が高いのですよ。かつてはこういう作風が多かったらしいですからね。ただし、主人公が強すぎるという部分が当時作品の主人公とかけ離れているという部分は否めねーのですよ」
「ふむ、元々大人の方が転生というか、タイムリープしてますからねぇ。知識や経験はいいとして、地球を救える程のチートを初手から持っているという部分ですね。これはWeb小説ならではといったところでしょうか?」
「そう、Web小説の川と谷なのですよ」
Web小説は一話で飽きられるとそこで終わりなので、本来魔の川である最初のさわりで興味を持たせて、死の谷である展開やキャラクター、世界観で楽しませ、そしてフラグを回収していくフェイズであるダーウィンの海に持っていくという一般的な作品の作り方が嫌われる傾向にある。
一話目にしてダーウィンの海に飛ばす必要があるので、努力や過程はすっ飛ばしてチートをつけるのが一般的だったりする。
「展開の早いWeb小説やWeb漫画で読むには面白いんですけどね。これが形を持った物になると少々厳しいことになります」
「確かに昔の視聴者や読者はクソ長い作品を楽しむ傾向にあったからストレス耐性が強いのですよね。ただし、明確にやる事が決まっているというこの点が大きな強みであり、終わりを目指す感じなのですね!」
プラネット・アースは何をするのか、何の為にここにいて、何の為の力なのかが分かり、小さな伏線を回収して未来のルートを変えるという創作になる。
「細々とした伏線って忘れる事が多いんですけど、本作は物語のゴールが設定されているので、その伏線と回収で物語が展開できる強みがあるんですねぇ!」
続いて、林檎転生についてセシャトガコーヒーを一口飲んでから話し出した。
「さて、林檎転生です。こちらは魔の川はタイトルですね! 林檎に転生するんだろう! という部分です。そして死の川の部分ですね! グリダさんを登場させる事で悲しい独り言にせずに物語を進めている部分ですね。神の声である大輔さんとグリダさんの掛け合いで状況説明していくのは極めて面白いですね!」
本作は一人称で進めていく作品ではあるがやはりこの手法は一人称だけの視点と違い汎用性が高い。
「同じバディものでも全然違うのですねぇ、どっちもオッサンなのですけど」
「ふふふのふ! マフデト兄様、まだまだお二人ともお兄さんで通る年齢ですよぅ!」
大輔はチートの塊であるパンドラとして役目を持っているわけだが、彼が猛威を振るう為には魔法使いであるフレッサがいないと発動しないという隠れ蓑に使う事で大輔的にも物語的にもぶっ壊れすぎない緩急はかけられている。
「チートでボン! 系も大変なのですね。ワンパンマンもサイタマが出てくるまでの物語で読ませてからサイタマ出したりするんですもんね」
チート無双系は設定は簡単だが展開を動かすのは割と難しいものである。要するに主人公のチートを上回るストーリーを考える必要があるわけで、鳥を先に出すのか、卵を先に出すのかという違いに他ならないのだが、Web小説とチート物が異常な程シナジーがあるという事何だろう。
「一話一話で楽しむタイプの物語なので、プラネット・アースを推す読者からすると、目的が不明瞭な部分がストレスなのですよ。これは大輔の奴も林檎になったからどうしよう? という状態になってるので彼がなるようになる物語なのではあるのですよ。師匠ちゃんとかシステム屋はこういうの苦手なのですよね」
当方でもシステム部は欲しい機能を依頼されて実装していくのでゴールに対して過程を逆算していく物語は好まれる傾向にある。方や、古書店『ふしぎのくに』はザ・Web小説である林檎転生はプラネット・アースの後作品である為、作品としてのクオリティは確実に高いと推し、こればかりは好みの違いなんだろう。
「共通して良いところは、林檎転生の大輔さんもプラネット・アースの達也さんも非常に人間が出来ているという事ですね! これは聖人というわけではなく、一般的に良い人だ! という事です。ですから時には悪い考えにもなる。読者が嫌悪しない人格者ですね!」
悪党すぎても聖人すぎても嫌悪されやすいという人間の心とは計りかねない難しい物であり、作品のキャラクターが受け付けないなどとはよく言う物で、そういう意味では本作紹介の二人は気持ちいいくらいに良い奴なのだ。友達になりたいくらいに良い奴。
そう、それは……
「ガトーさんがとてもお優しい方ですからね!」
「うん、ガトーのやつはいい奴なのです。生みの親に創作の子供も似るものなんですかね?」
基本的に作品の主人公や登場人物は、自分がモデルだったり、自分の知り合いがモデルだったり、理想の人物だったりするわけである。
それがどんな人物であったとしても熱量を割かれて生み出されたキャラクターは何か訴えかけてくるものがあるのだろう。
「作者は、経験した事に影響されるという奴ですね。たまにえげつない登場人物が出てくる作品を世に残す奴がいたと思ったらマジモンの猟奇殺人鬼だったなんて有名な都市伝説なのですよ」
要するに人の心は、作品によく出てくるという事なのかもしれない。アップルパイも無くなりそろそろ時間も良い頃合いになってきた。
「そういえば、母様じゃなくて師匠ちゃんが、リンゴの入った高級ブランデーをガトーの奴に購入しているんですけど、まだとどかねぇのですよ!」
「あらあら、この時期にアマゾンさんも大変ですからねぇ!」
古書店『ふしぎのくに』でご紹介した作品で何らかの書籍化した方々に資金運用をしている連中が、浮いたお金で成人している皆様にはそこそこお値段の張るお酒をご用意しております。何か、どこかの機会があればお渡ししますので、今後も創作活動を頑張っていただきたいと思います。
セシャトさんはマフデトに渡された林檎転生の第二巻を母屋の本棚に入れると、エプロンを取り出した。
これから蕎麦を作って、稲荷寿司を作って、大勢のみんなと年を越すのである。二人の姉的な暴君であるヘカには欄やいろはと共に買い出しに行ってもらっている。
古書店『ふしぎのくに』は大晦日の15時まで営業し、1月2日の10時から開店するのだが、来年は喪中の為、一月は営業を中止、二月からまたみんなで新しい作品を読み漁るのである!




