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セシャトのWeb小説文庫-Act Vorlesen-  作者: 古書店ふしぎのくに
2021セシャトのWeb小説文庫小説文庫
73/126

第五話 『飛べない天狗とひなの旅 著・ちはやれいめい』

「ちょ、ちょっとオーナーのお店で勝手に……」

 ブックカフェ『ふしぎのくに』において珍事件が起きていた。年内最後の営業が終了したので、お疲れ様会を店長の汐緒と大友がささやかに行おうとしていた所、酒瓶を持った女性が入ってきてカウンターに立った。

「えぇ、ここ。一応私のお店でもあるんだよ。というか、元だけど! あはははは! それにしても、神保町で男の娘カフェって、TPO意識しなさすぎなんですけどぉ!」

「男の娘カフェじゃないでありんすよ! ここはWeb小説を読み聞かせ、読み合うお店でありんすよ」

「このコロナ蔓延している時期に?」

「割とお店は閉めてたでありんすよ。今はマイクでバイノーラル配信でありんすよ! 店長の読み聞かせの時は……アチキも……興奮するんでありんす」

 桃色の髪をした女性は、そんな話を聞き流しながら、勝手にバンホーデンのココアを沸かす。そして持ってきたお酒をドバドバと入れて自分と汐緒の手元に、そして未成年である大友にはアルコールを飛ばした物を差し出した。

「私の奢りちゃん! はーい、かんぱーい!」

 とりあえずヤベェ女だという事だけは間違いない。逆らって暴れられるのもアレなので二人は乾杯。すると、桃色の髪をした女性は銀色の鍵を胸元から出すと何を呟き大きな本を取り出した。

「『飛べない天狗とひなの旅 著・ちはやれいめい』のお話でもしようかな? 妖怪と女の子服を着て化粧をした所謂お化け」

「おい、ねーちゃん、誰がお化けだよ! 可愛いだろうが俺は!」

 大友がそう怒ると、桃色髪の女性は栗の甘露煮を勝手に開けて、一口。

「お祭りでお面を売っている理由知っている? 着流し、浴衣で遊びに行く理由。そう、例えば大友くんみたいに女装をしてお化粧をする理由」

「可愛いからだろ!」

「違うでありんすよ。大友くん、人か、人じゃないかが分からないようにでありんすな。寝巻き、部屋着で夕刻に踊るのもそういうがいても夢現という事でありんすな? そこで、妖怪のお話でありんすか」

「いいねぇ! 汐緒ちゃんは悪くないわね。じゃあ、ひなちゃんってどうかしら?」

「子供は時として、本当に妖怪を生み出すでありんすよ。それだけに、純粋なひなはフェノエレーゼのリミッターとして動いていくかや、はじまった時は冷や冷やしたでありんすな」

 大妖怪と大悪魔は盃、もといマグカップを掲げて笑う。それに苦笑しながら栗の甘露煮をフォークで上品に口へと運ぶ大友は話に割った。

「まぁ、だいたいこういう昔話だと、ひなかフェノエレーゼのどっちかがいなくなったりするもんな? というか、ひなが片足突っ込んでてもおかしくないかもと思って読んでた俺もいるわ」

 本作は、オリジナル、および古来から語り継がれてきた妖怪の数々が登場する。作者であるちはやれいめい氏によって独自解釈されたそれらは本作の世界観にしっくりと彩りを見せてくれる。

「優しい世界観よね? 妖怪の汐緒ちゃん的にはどうなの? ねぇねぇ!」

 ココアを飲み終えた桃色髪の女性はグラスを取り出すとそこに氷を入れて持参したラムをドバドバと入れる。

「飲む? 汐緒ちゃん、やれる口でしょ?」

「いただくでありんすよ」

「大友くんはカルピスね? それともアタシのおっぱいがいい?」

「……カルピスで」

 ややこしい酔っ払いとは基本的に関わり合いにならない方がいいかと静かにカルピスをもらう。

「天狗ってさ、雷と海外の天使や天女、仙人や、宇宙人とかが合わさったハイブリット亞人なんだよね。これ、実に日本らしくない? 食べ物で言えばカツカレーだよ!」

 酔っ払いではあるが、この女性の話は面白かった。しかし、天狗がカツカレーとはこれいかにである。

「セシャトさんともトトさんとも違うし、なんかおもしれぇな姉ちゃん。なんでカツカレーなんだ?」

「インドのカリィをイギリスがカレーライスとした食べ物を日本はライスカレーとしてさらにはお漬物をつけて、終いにはポルトガルの揚げ物手順でドイツの豚肉料理を乗せたでしょ? それと同じで最初は雷は天の使いである狗だと思ってたのよ、で長くなるからかくかくしかじか」

 そう、天の狗を見に行こうとした人々が山で出会ったのが世捨て人や山伏だった。その姿を見て恐れ逃げ帰った人たちにより姿形が与えられ、人里離れたところで暮らす連中は妖術や仙術が使えると風潮される。そこから日本に入ってくるは海外の宗教観や物語、翼まではえ、翼を持つ者は鳥、山に帰っていくは烏、そして世界中で目撃されるという長い帽子を被った人。

「分かる? 天狗って実は世界規模で当時目撃されていなと噂される存在なの、それが何かは分からないわよ? 口裂け女みたいなものかもしれないけど、考えられるのは未来人か宇宙人かってね」

 なんの根拠もないが、面白いことをこの桃色髪の女性は語った。そして、続いて語る。

「フェノエレーゼは飛べなくなり、力も奪われ、良い事をしろと言われるわよね? アタシからすれば、何それ? プークスクス! じゃあ人間滅ぼそう! というのが良い事じゃない時点で、この物語のコンセプトは教訓と成長の物語ね。ひなちゃんと一緒にフェノエレーゼは成長していくの、取るに足らないと思っていた人間の浅ましく、されど広すぎる心の在り方にね。逆に妖怪や神仙の類は深く、狭い世界で生きているという事、人間と神仙・妖怪は陰陽のようになくてはならない関係性なのね」

 突然だが、桃色髪の女性はひなを含み人間達の行動が浅ましいと語った。嘆かわしい、程度の知れている事。そう、ひなも出来る事を、正しいと思うことをしているのだ。

 桃色髪の女性の意見は……

「大友くんが引いてるでありんすよ。あちきや、貴女様のように、人外から見た人間の在り方を語られても困るでありんす」

「うふふ、バレた? 陰陽とか言ったけど、ひなちゃんとフェノエレーゼは同じなのよね。全く穢されていない真っ白なキャンパスなわけ、この二人の旅はそのキャンパスに描き始める物語なのね。きっと、いつかきっとひなちゃんは妖怪を見る事ができなくなると思うの、でも描いた絵は消える事はないからね。フェノエレーゼは、永遠に慣れるってことかな」

 空いたグラスにラムを継ぎ足そうとして無くなったので、ぽいとゴミ箱に瓶を放り込むと、冷蔵庫を漁る。

「おっ、ポートワインあんじゃん!」

 ワイングラスを取り出すとそこに注ぎ込み、香りを楽しみ一気に入れる。大友はスマホで本作を読みながら、ふと呟いた。

「フェノエレーゼってツンデレだよな」

「いいところに気がついたね。大友くん、昔って男の方がツンデレキャラが多かったのよ。助けにきておいて、お前を倒すのは俺だ! とか超寒い事言うキャラクターが一杯いたんだけど、それらも時の流れの中で絶滅して、今や女の子のツンデレキャラも絶滅危惧種よね。そんなツンデレフエノさんとひなちゃん、いく先々で妖怪絡みの揉め事に首を突っ込んだり巻き込まれたり、人間を知り、妖怪を知り、素直なひなちゃんを理解し、フェノエレーゼの心は随分最初の頃で決まっていたのかもしれないよね」

 フェノエレーゼは中々の駄々っ子だが、共に旅をする幼い子供、素直だが中々にこちらも我が強い。

「袂スズメもだいぶんバカだけど、愚かじゃないもんな、昔話的な感じでいくとサルタヒコはだいたい分かっていてフェノエレーゼの翼を奪ったってことか?」

 さて、そこまでの力があったかは分からないが、一つの可能性として、国主のサルタヒコによる試練的な意味合いの物語である。彼一人ではなす術もないであろうこの試練に都合よく果たしてひなが遭遇したのかどうか……これは本作でも語れていないので偶然なのかも知れない、必然を含んだ。

「この作品ってもう読めなくなってるよな?」

「多分、文フリ系で販売する作品にしたんじゃないかな? アタシが小説紹介してた頃じゃあ考えた事もないお話だけどね。堂々巡ってフェノエレーゼも人間とはいかなものかという事を知って、最後はひなちゃんにもデレて想像していたような悲しい結末ではなく、気持ちよく物語は幕につくわけだ。妖怪や妖精ってさ、世の中の現象、事象。災害、厄災とか、因果の代わり。逆に言えば、良い事は回り回ってかえってくるのも因果だよってね」

 ポートワインを一人で空にして真っ赤な顔でそう語る女性。冷蔵庫を漁って何か目当ての物を探すも見つからないので諦めて次はコーヒーを入れる。

「まぁ、そうとも言えるでありんすな? ひなちゃんとフェノエレーゼ、実は似たもの同士の旅だったわけでありんす、この手の作品は年々減少傾向にもあるので希少だったかや、読めなくなったからこそ、Web小説の生き物性は高いでありんすな」

 作品を紹介する際、その作品が読めなくなるという事が、たまに起きうる。今回のように商用作品になったり、あるいは作者が作品を取り下げたりと色々と理由はあるのだが、その作品が存在していたという証明に本作の紹介は一躍かっているのかも知れない。

「二人はさぁあ? 大晦日にはアタシの古書店『ふしぎのくに』へはやってくるのぉ? あそこ、お酒もぉ、食べ物もぉ、結構おいてるからいいわよぉ〜 あぁ、汐緒ちゃんと大友くん、洗い物お願いねぇ」

 ふぁわぁあとあくびをしながら桃色髪の女性は手を振って去っていく、最後に瓶のトニックウォーターをとって栓抜きで王冠を抜くとそれを口につけながら実に眠たそうに、自然に出ていった。

 あまりにも強烈な登場に、強烈な退場に驚きしばらく固まったが、大友が洗い物を片付けながら汐緒にきいた。

「あれ誰よ?」

「わ、分からないでありんすよ……もしかしたらオーナーの知り合いかも知れないかや……とりあえずこれかたして古書店『ふしぎのくに』へ向かうでありんす。お土産のケーキも作ったかや」

 そう言って冷蔵庫を開けると、ケーキだったであろう物が入ったお皿にイチゴのヘタだけが残っていた。

 数分後、汐緒が絶叫する声が響く。

 

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