『ミニトマトと炎症性 著・ハルハル』
車と言えば、アヌさんと師匠ちゃん。特に後者のアヌさんは自分で楽しむ用。みんなを乗せる用と車を使い分ける。そして相方と言ってもいい後輩のバストさんには軽自動車を買わせ、それで二人で暇さえあれば遊びまわっている。今回はそんなアヌさんと、一台の高級車をずっと可愛がって乗っている師匠ちゃんがオススメする物語です。
そう、秋文はニュクスを名乗る女性を後ろに乗せてえっちらおっちら神田方面に向かっていた。
「アキフミ。このあたり。元々海であったのだぞ? アキフミが生まれるずっと前だがな。全書全読はこのあたりの土地をどうやって手に入れたのだ?」
古書店『ふしぎのくに』、ブックカフェ『ふしぎのくに』、そしてヘカが住む元々はダンタリアンのタワーマンション。そんな話をしていると、ニュクスは言う。
「何か暇つぶしを話す事を許す」
それに秋文は思い出したように語る。
「『ミニトマトと炎症性 著・ハルハル』これはWeb小説というより、短編集にあるような完成度の高い不思議な物語です」
「ほぉ、“きゃくほんか“の安部公房が書いたような作風だのぉ。いかにも全書全読が好きそうな物語である。アキフミ、時に喉が焼けるような酒を所望する」
「ダメですよ。僕中学生なんですから、お酒なんて買えませんよ」
「全く、アキフミ。お前は憂いなぁ。知っておるか? AB型の人間は車が好きでも、時に車を猫可愛がりしないらしいのぉ?」
「血液型と性格って関係ないんじゃ?」
血液型と性格は関係ない。が、同じ血液型の人間達は遺伝子レベルで言えば似ている。深い部分での行動決定が似ていてもおかしくはない。本作のジャンルは何か? これを秋文少年はこう語る。
「この作品ってSF、サイエンスフィクションとして捉える事ができると思いますが、実際のところ、大事にしている車について語られているんです。それも意識や感情を持っているかどうかは別として、車を大事な家族のように、語られるんです」
「アキフミ、そう夜は言ったが? 安部公房。そしてその安部公房に影響を大きく受けている伊坂幸太郎。このあたりの作風を強く感じるからのぉ」
続きを表現する必要がないショートショートであるからこそ、生み出せる世界観。本作の作者は二名程名前を上げさせてもらった、脚本家や小説家に追随するレベルの世界観を上手く表現していると言える。
「不思議な事と魅力的なことは小説においては同義語になりますよね?」
「おや? アキフミ。趣のある事を言う。いかに? それは車という重い鉄の塊が浮くからか? それとも、病気があるからか? 話す事をゆるそう」
ぐわんぐわんと自転車の荷台を揺らすニュクス。秋文にしがみつくように喜ぶ彼女。背中の違和感を気にしないように秋文は話した。
「僕のお父さんも車を運転するんですけど、時々車のトラブルに見舞われることがあります。このお話は確かに不思議なお話ですが、実際にある事を示唆、あるいはモチーフが想像されるからより世界観に深みが出ると思うんです」
「続けよ。許す」
本作はまず、車が僅かに浮かぶというところから始まる。抑えれば、大人が乗ればしっかりと足がつくが、浮かび上がる。
さて、ここからはお馴染みの当方、古書店『ふしぎのくに』ミーティングにおいて、車好きなアヌさんと師匠ちゃんの仮説をもとに話していく。
あくまで、当方のメンバーによる見解である。
浮かぶ、上がる……蒸発し干上がるという意味があるのだがバッテリー上がり、を意味しているのではないか? 何故なら、温度が下がるとこの状況になるというヒントが隠されているのである。
「その“ばってりぃ“とやらが上がっているというのはどうすれば治してやれるのだ? して、整備不良や、乗り手のうっかりで起きるとならば、それは車の生活習慣病のようだな。くはは」
「生活習慣病ですか?」
「だってそうであろ? 乗り方によっては新車でも起こる。まさにそれではないか、良い、続けよ」
「たとえば、本作に記載のある放っておくと三階まで浮かび上がってしまった事例ですね」
「ほう」
バッテリー上がり、よくまぁ一番この日本でも起きうる車のトラブルだが、それを放置したらどうなるか知っている人は実は少ない。ガソリンの劣化、ガソリン詰まり、あるいはバッテリー液漏れ、引火すれば月までとは言わないが、3階くらいの高さには爆発炎上する。
本作は最終的にはブースターによる充電をされたのか、あるいはバッテリーを交換したのかは定かではないが、どうやらモーターオイル等。エンジンオイルの類を入れる事を推奨される。
「ほう、では最後のトマトというのは収穫時期、修理が終わったという事をいいたのかの?」
冗談でニュクスは言ったのだが、秋文は小学生の頃の夏休み、鉢植えで赤々と実っているトマトを思い出し、なるほどと理解した。
「ニュクスさん、それは面白い見解ですね。いや、もしかするとそう持っていかれているのかもしれませんね!」
秋文がそう、喜んで言うので、ニュクスは少しばかり無言になる。そしてゆっくりとパァアアアと花が咲くように笑顔になる。実に心地いいのである。これがWeb小説を語り合うという事の楽しさかとニュクスは抱きつくように秋文にしがみつく。
「そうであろう? そうであろう? もう一巡、もう一巡読もうぞアキフミ。もっと面白いものが見えるやもしれん!」
なんでもそうだ。小説でも映像作品でも絵画でも二回、三回とそれにじっくりと向き合った時、あるいは月日が経って再び同じ作品に触れた時、要する視野が広がる。それを人は、作品が新しい顔を出したと錯覚し、それをまた楽しむ。
「感想は自由だと言いますからね。ではどのあたりから?」
秋文が尋ねると、ニュクスはうーんと空を見上げる。そして秋文の耳元で囁くように言った。
「この物語は、車を主に話が進んでいるけれど、どうしてこの車の持ち主の心情はこうも穏やかではないのかとかは趣はないかのぉ?」
「それは車が浮かんでしまう症状が起きてたからじゃないんですか?」
「しかし、この持ち主は、この症状については見知っているらしいぞ? それだとおかしくはないかぁ? アキフミぃ」
「ひゃっ! 耳に息を吹きかけないでくださいよ! でも、確かに……じゃあなんで?」
これも仮説の域を出ない。
が、作品の前後を読むとこの車の持ち主の状況や背景が少しばかり見えてくる。それをニュクスは二回目の読書で予想した。
「この持ち主は若いらしい。車は何歳から運転できるのだ秋文?」
「普通車は確か十八だってお父さんが言ってたかもしれません」
「この持ち主は二十代と数年表現しているであろ? 半ばを過ぎたと言うような表現をされていない事から二十二、上下一程度であろう。そして車を譲り受けた時には免許は持っていなかった。さらに言えば、近くの買い物に車を使うことを即決できていない。要するにどう言うことか分かるか? アキフミ」
ここまでお膳立てされると、秋文もニュクスが何を言いたいのか分かった。この車の持ち主は、ドライバーとして随分浅い。あるいは、車を所有してはいるが、あまり普段使いしないのかもしれない。先のバッテリー上がりの説を考えてから持ち主の行動を鑑みると案外後者である可能性も高そうなのが本作の面白いところである。
いわく、車を十二台程乗り換えているアヌさん曰く。車を持っていることが好きなだけで殆ど乗らずよくバッテリーを上げる持ち主はいるとの事。
がしかし、それだとこの持ち主のこの焦りようは説明に至らない。
秋文は子供ながらの回答をして見せた。
「もしかして、運転に慣れてなくて、お父さんとか知り合いの人とかでこの症状を知っていただけってことでしょうか? だから、いざ自分の車がこの病気になった時にすごい焦ってしまっているという感じで」
秋文の回答にニュクスは後ろから秋文を抱きしめる力をやや強め、頬を擦り寄せる。
「アキフミ、いい子だ。夜はそう読んだ。これは、この話は運転初心者の持ち主が初めて直面した自家用車の“とらぶる“に戸惑い、安堵するまでの話という事だな。それを少しばかり不可思議な、独特な世界観で語られているのであろう」
あくまで感想である。
一つの読み取り方と言ってもいいだろう。が、これがそう示唆されているのであれば、もう少しばかり面白い記載がある。持ち主はずっとこの車に乗っていられるとそう思う程にはこの車に愛着があるらしい。
が、ガソリンスタンドで洗車をしてもらおうと思っているらしい。自分では行わないというところが、この持ち主は車への扱いという物をあまり理解していないという事ではないかと、結論。
そこまで運転や車という機械に慣れていない事と取れると他人に絶対自分の車を触らせない師匠ちゃんが淡々と語っていた。
「ニュクスさん、凄いです。この作品。多分、物語に意味を持たせていると思うんです。だから、ニュクスさんの読み取り方は正しいか正しくないかは別として、本作の表現したい意味という物を考えて読むという事が本来の楽しみ方なのかもしれません」
そう、本作は不思議な世界観という物から始まるが、実際何を語ろうとしているのかを楽しむ国語の教科書にでも選ばれそうな物語じゃないだろうか?
二人乗りの自転車は桜門商店街の前に到着した。二人はゆっくりと古書店『ふしぎのくに』へと向かう。
今回紹介させてもらった作品を初めて知った方は一度を読んでみてください。当方の一例としても読み取れるかもしれません。あるいは読者の方が感じる世界観や表情がみれるかもしれません。
今回の紹介はここまで、書き手は命を込めて作品を書いています。ならば読み手である私たちもまた、それに応えるくらい、読み込んでみてはいかがでしょうか?
『ミニトマトと炎症性 著・ハルハル』さて、本作を読まれた方はこう思われるのではないでしょうか?
あぁ、古書店『ふしぎのくに』のメンバー、あるいは私。セシャトが好きそうだなぁと! 確かに本作はとても趣のある作品ですが、一番推したのは西の古書店『おべりすく』のアヌさんと、システム部の師匠ちゃんさんでした。二人は実は文学的な作品を好んで読まれるので、読書が好きな方は是非、本作を楽しめるのではないでしょうか?




