一話紹介① 『俺はラブコメが書けない 著・ひろ法師』
10月は神様がいません。神無月であり、某県だけは神有月になります。
当然、当方の神様も新幹線と特急を乗り継いで、妖怪県の隣の県に向かいます。
「して、貴様ら。セシャトが作ってくれたおにぎりを食べるかの?」
「いただこう全書全読。では秘蔵の蜂蜜ビールを」
「おぉ、すまんなゼウス」
神様の目の前にはゼウスさん。神様の隣には冷凍みかんを齧るククルカンさん。そしてその目の前にはアスラさん。全員手元にはワンカップに缶ビールを持ってサキイカやら柿ピーやら駅弁やらをかっくらい既にほろ酔い気分。
「全書全読。ジャンプ読む?」
「うむ、読もう」
「全書全読、バナナ取って」
「ほれ、もんげえバナナは皮ごと食えるからの!」
「全書全読、あとどのくらい?」
神様はなんと、名前がない神様。全書全読の神様というだけで無能な神様。しかし、その他神様から神様と呼ばれるわけもなく通り名で呼ばれるのだが……
「貴様等、なんか私に愛称とかないのかの? ニックネーム的なの?」
「「「「サメ?」」」」
「いや、もう良いわ」
神様は出目金の財布からジンベイザメの小銭入れを取り出して、ワンカップ焼酎を購入した。
お小遣い前借り、一ヶ月分。果たして神様は効率よく使えるのか?
さて、どうしたものだろうと秋文少年は考えていた。
古書店『ふしぎのくに』へと向かおうと、新しく買ってもらった自転車。
前カゴにはセシャトさんと食べようとミスタードーナツを千円分程購入したのだが……
「あの?」
「くるしゅうない! さぁ夜を運びたもれ!」
文字のみのアキバTシャツを着た女性。
長い黒髪に黒目、キラキラとした自信に溢れる笑顔。
美人でありなが一目でやばい人だとわかる。そんな人が秋文の自転車の荷台に座っているのだ。
「貴女は誰ですか?」
「夜か? お前達に安らかな伽の時間を与え、そして心地よいメーヘラと出逢わせるもの。夜は女神。ニュクスなり」
「ニュクスさん……ですか? 僕は秋文です。その行くところがあるので、その自転車からどいてくれませんか?」
「ふしぎのくに、無能な神や卑猥なる悪魔に会いにいくのだろう? 旧友にて夜もまたそこへ向かう。さぁさ、これなる乗り物を」
「違います。店主のセシャトさんとWeb小説の話をしにいくんです」
「ほぉ……ほぉ……ほぉ! そのセシャトさんとやらに、小童は好いておる。そしてその甘美なる香りがするものは貢物と見た」
「違いますよ!」
「構わぬ。構わぬ。ほたえんでも良し。して? その“うぇぶしょうせつ“なるものはこれいかに?」
秋文がある程度概要を説明すると、ニュクスは自転車からどくどころか、ドーンと座って腕を組んでこういった。
「許す。話すといい」
「……はぁ、じゃあ一作お話しますので、それ聞いたらどいてくださいね?」
「断る!」
「はぁ……えっと、『俺はラブコメが書けない 著・ひろ法師』という作品なんですけど、ラブコメっていうのは恋愛にコメディ要素の入ったお話で」
「良い良い、長い説明は要らぬ続けよ」
秋文は本作の概要を説明、文芸部部員の高林一喜は部長に言われ、ラブコメを描きたければ恋愛をしろと物語が始まる。
「県立大学ということはそこそこ頭がいい男なのだな」
「そうなんでしょうか? (なんでそういう事は知っているんだろうこの人……)」
「しかし、小童。アキフミよ。小童の語る“らぶ☆こめ“なるものは、恋愛などとは程遠い、悶々としている選別されなかった雄が妄想の限りを尽くして作り出すものではないのか?」
流石の秋文もこの偏見を軽く通り越えたニュクスの質問に閉口せざる負えない。
「ラブコメは、非現実的な部分がありつつ。面白おかしい日常に起きる事件や催し事を通じて、主人公がヒロインやあるいは多数のヒロイン達との恋愛に至るまでを楽しむ。どちらかといえば恋愛小説で楽しめる疑似恋愛ではなく、お芝居を楽しむ感覚じゃないでしょうか?」
主人公一喜が可憐な経済学部の女性と出会ったイベントを上げてニュクスに説明すると少し考える。
「なるほど。少しばかり趣を感じた。この一喜という男を中心に、物語が進むのか? この一喜という男。演者として恋仲になるというのに、真に恋仲になれるかと期待している。実にさもしい。がそういうところを楽しむということか? まさに歌舞伎のようなものか?」
“どんとこい!“
そう書かれた白いTシャツを着た謎美人が少し面白い事を言ったので、秋文は頷く。
「歌舞伎は一定の流れを持ってます。ただし有名な演目でも演者や時代で随分変わります。面白おかしく、ちゃんと結があり、そうですね。“与話情浮名横“とかは今のラブコメの原型と言えるかもしれません 」
「その年で歌舞伎も詳しいとは、アキフミ。気に入った。ほうほう、一喜はこのハナなる娘と旧知の仲であったと? これは趣がある」
当初は女の子と出会えてラッキーくらいだったが、当人は中学時代の知り合いだったが、大学生の今気がつかなかったというアレである。極めて気まづいそれに秋文は笑った。
「でも流石に中学時代の知り合いなら、流石に分かりますよね?」
クスクスとそこを秋文は面白がっていたが、ニュクスは違った。
荷台から降りないまま彼女は目を瞑る。
「アキフミよ。女という者は化けるぞ? あやかしを化生というように、女は化粧をして見違え化ける。十三、四の娘から数年後。見違えるものだな。アキフミは子供故まだ分からないか、夜の方が女に関しては知っているようだ。愉快、愉快」
足をバタバタさせて喜ぶニュクス。
言い返すこともできないし、したらしたでなんだか恥ずかしいので秋文は話を続ける。
「ニュクスさん。ここまで大体の環境やキャラクター……登場人物の相関関係が分かったと思います。ここからこれを踏まえて物語が始まります」
本作は、とても丁寧にラブコメのいろはを持っている。風呂敷を広げすぎずに、いつ、どこで、誰が、何をするか? を語られている。それを簡潔に語るとすれば……
「ほうほう、要するにアキフミ的にいえば、ここまでが演目。そしてこれからが演者と、書き手による流れということか? 夜は趣を感じる。しかし、幕の内がない事が少しばかり口寂しいな?」
じっと自転車の前籠に乗っているドーナッツを見つめる。Web小説は何か甘いお菓子を食べながら、というのは古書店『ふしぎのくに』の鉄板である。秋文はセシャトさんと一緒に食べようと思っていたドーナッツの箱を取り出すとニュクスの前に出して開いた。
「たくさんありますので、好きな物をどうぞ」
「夜への献上。許す。ではこのまあるい数珠のような菓子を」
ポンデリングを掴むと指で摘み、上を向いてブドウの実でも齧るようにニュクスは食べる。
「うまい!もちもちしていて、趣がある。さて、続けよ!」
ヒロインの重すぎる過去設定と、同じ時間軸を過ごしていたのにも関わらず一喜はどこかズレている。ヒロイン側の重めの設定というのも定番といえば定番なのだが……
「アキフミ……一喜の奴は鉄人か何かか? 凄惨なつまはじきをされていて思いの外普通に大人になっている」
そう、一応主人公である一喜にも重い設定はあるのだが、彼のメンタルは鉄人なのかと思うほどには普通に社会復帰している。その貢献者としてハナさん達がいて、場合によっては彼は恨まれる側なのかもしれないという作り込みは少し類を見ず面白いと思われる。
「しかし、男というものは見栄を張るものよな? アキフミ。お前も珈琲を飲む際に砂糖やミルクを入れない派であろう?」
コーヒーは知っているんだなと思いながら、ブラックコーヒーを好むセシャトさんの前で秋文は確かに同じくブラックで飲もうとしたが、セシャトさんに教わった。そもそもコーヒーとは砂糖やミルクを入れて飲む物であるから無理しなくてもいいこと。
「コホン……セシャトさんのお店では酸化していないコーヒーが飲めますけど、基本的に世の中で出回っているコーヒーは殆ど酸化しているので、砂糖やミルクを入れる事は恥ずかしくはないんです……えっと、ニュクスさんの言う事は、まぁ、男の子は大体経験しているんじゃないかなと」
素直に負けを認める秋文にニュクスは口の端をにぃと緩める。
「憂いな。実に憂いぞ秋文。生命として出現が新しい雄は生命として出現が古い雌により自分をよく見せようと、子孫を残そうとするのは人も動物も、神も同じだからなぁ、夜と子作りでもしてみようか?」
鳥が先か、卵が先かは分からないが、生命はまず女性が生まれ、そしてそこから男性が生まれたのはあらゆる生命において間違いはなく、某宗教で男を作ってその骨で女を作ったというのは生物学的には完全に間違っているのである。
そして、いつも雄も男も、つがいになる雌や女性を得ようと頑張るわけだ。そして、雌からの誘惑に雄は遺伝子的に弱い。そしてそれが魅力的な雌であればあるほどに……がしかし、秋文は古書店『ふしぎのくに』のセシャトさん一筋である。
「ニュクスさん、そろそろどいてくれませんか?」
「……ほう、ふかしよるわ。良い。許す。さて、ハナという女に守られたクソ雑魚ナメクジだった一喜は大人になり、いや。まだ大人になりきれておらずか? そこからハナを守ろうとするその心意気やよし……が、こやつ、マジか!」
ラブコメに限らず、少し前の学園モノには主人公のお助けキャラ的な友人などがいたりするのだが、それに相当するキャラクターがいるとすれば文芸部の部長なんだろう。が、彼女も女性という事で、攻略対象になり得るのだが……一喜ぶは作品創作における疑似恋愛に関わらず恋心が芽生えたハナを守り、相応しい相手になる為、弟子入りする。あろうことか、その相手がハナの親友宮部、女性である。普通に考えればニュクス氏のいう通りヘタレを通り越していると思われるのだが……
「これがラブコメの流れですね。恋愛作品でありながら、どこか抜けている、笑える。そして結末に向かう為の全てはまわり道、いいえ! まわりり未知ですね」
秋文くんの言うまわり未知
そう、当方の造語ではあるが、かつてはほぼ相思相愛である主人公とヒロインに、それぞれライバルのような物が現れてはドタバタコメディが入り、最終的には結ばれるという読者が安心できるような作りであったが、昨今のラブコメとは誰が攻略対象になり得るのか、完結まで読まなければ分からない物が主流となりつつある。主人公を中心に登場する少女達。
ここまでの紹介で登場する主要な女性キャラは、部長、メインヒロイン・ハナさん。宮部さん……可能性としては早乙女さん。これら表現されている女性達と、一喜がまわり道をするように関わっていき、お互いの事を知っていく。道は進んだ先は何があるのか分からない。故に未知。まわり未知。スタッカートのように心に問いかけてくる。
これが……
「ほうほう……“らぶ☆こめ“というものか……して? 弟子入りをした一喜はどうなるのだ? 話して良い! 許す!」
「えっと……僕。そろそろその古書店『ふしぎのくに』に……」
「そうであったな? 夜もそこに行こうと思っていた。そして、アキフミが夜をふってまで逢引きしようとする、神様の子供。セシャトさんとやらにも興味が沸いた。さぁ、夜を運ぶといい。許す!」
これでは振り出しに戻るだ。
秋文はため息をつき、サドルに腰を下ろして後ろにニュクスを乗せたままペダルを漕いだ。ニュクスは抱きつくようにタンデムするので、秋文は背中に感じる柔らかさを意識しないようにペダルを漕ぐ速度を早める。
「これも、らぶ☆こめであろ?」
いわゆるラッキーすけべなるあれだが、秋文は答えず、耳の後ろまで真っ赤に染める。近くにパンの匂い香る古書店『ふしぎのくに』近くへとやってきた。
※今回の紹介において、『俺はラブコメが書けない 著・ひろ法師』の主人公一喜が宮部さんに弟子入りするまでをプロローグとして捉えています。それ以降のネタバレはアポイントを取って話を進めていない為、続きは興味を持たれた読者の方でお楽しみいただければと思います。ヘタレだけど、メンタルは鉄人。そしてすごいいい奴である一喜君と魅力的な女性達との心をざわつかせる展開をお楽しみください。
今月は、一話完結にて複数の作品を紹介させていただきますよぅ! 読書の秋がきますので! 沢山の作品を紹介していきますので、興味を持たれた作品がありましたら、是非。今月のお楽しみにされてはいかがでしょうか?
『俺はラブコメが書けない 著・ひろ法師』。ラブコメというよりは少し、重めな部分もあるかもしれません。ですが丁寧に作り込まれ、広すぎない世界観の中で物語の時間は確実に進んでいきます。一人一人のキャラクターもとても魅力的です。私、セシャトは千葉部長が大好きですねぇ! 次回はどんな物語か、私も楽しみですよぅ!




