基本は基本に忠実にあれ、その頃の『ふしぎのくに』
ジュージューと鉄板を前に二人の若い青年が静かに獣の肉が焼かれていく様を見つめていた。
「アヌさん、どうぞっす」
二枚目の青年がやや三枚目の青年に琥珀色の瓶を向ける。
そう、麦酒である。麦酒、ビールを知らない人の為に説明しよう。エジプトやらで生み出されて、ドイツやらアメリカとかで主流になり、日本の風土に根付いた酒。
そうアルコールである。舌を刺激する炭酸にホップは食欲を誘い、喉越しに命のありがたみを教え、数ある酒の中でも一番健康にいい。
デメリットは太る事だろう。
とくとくとくとく、しゅわしゅわ、この音の後に人間はこう命令される。
「ぷはああああ! うまいのぉお! どらばっすんも」
「いただくっす!」
返杯。
これは酒を注ぎ飲み干した相手より、対等あるいは信頼されている時に起こる広く世界的にも見られる酒を飲む際の礼儀の基本中の基本。
国や文化によって、兄弟、親子の盃などと言われるが、酒を飲んだ程度では法律上は本当の親子になるわけではないので注意が必要だ。
男達は何をしているのか? 大人のおままごととでも言えるようなその光景。なんらかの肉を鉄板で辱め、火炙りにする。周りにはそれらが生前食べていたであろうピーマンやにんじん、玉ねぎ、とうもろこしなどが鬼畜にも焼かれてる。
鉄板の温度は推定200℃に達するであろう。補足ではあるが、200℃の温度に耐えられる哺乳類は実は……存在しない。
彼らは悪魔か? それとも獄卒か? なんの為に誰の肉にここまでの戒めを課すのか?
「ほら、ばっすん。そっち焼けたで! ほら取ったるがな、皿。あぁ、もう面倒や! そのまま食い!」
「すみませんっす。んっ! うめぇっすね」
三枚目の男は二枚目の男に焼いた肉を自らの箸でつまみ、食べさせた。誰かの肉を食べさせたのである。
お分かりいただけるだろうが、彼らは目の前で焼いた肉を食べているのである。
「アヌさん、セシャトさんから送られてきた林檎転生。持ってきましょうか? 結構中毒性あるみたいっすよ」
「ええわ、自分で買うたからな、他の子に回したり」
「了解っす」
林檎転生、なんのことかは分からない。なんの事か分からないが、中毒性、送られてきた。まわす。ダメ! ゼッタイ! の類だろう。私はそこで席を立った。
「ちょっと君たち、お話を伺いたい。こんな公共の場で何をしているのか話を聞かせてもらおうか? 私はこういうものだ」
私が見せた手帳。
「刑事さん? そらご苦労なことで、ワシの祖母の敷地でBBQしようかと思ったんやけど、煙出るからやきまるくんで二人焼肉やな! アメリカ産の肉やけどごっつうまいでぇ! 刑事さんもどないや?」
「……ごまかしか、ならば林檎転生とは何か?」
それに二枚目の青年が一冊の本を私に渡す。中身を見る。紙に付着させているものか? いや、これは……
「小説か、何かかな?」
「あぁ、そうっすね」
今日も日本は平和である。
私はその事を誇りに思う。
「まーふーがいなーよー」
「まーふーと一緒にクーラーの効いた部屋で日がな一日マフマフするはずだったしょや……こんなハズじゃあ……」
マフデトの知り合い、沖縄のシーサーさんと北海道のカムイさん。ショタ好きのギャルは古書店『ふしぎのくに』の制服を着て客の来ない店で並んでガリガリくんを齧っていた。
「ねぇ、シーサー。あんた、まーふーに飲ませて酔わせてショタすけべしようと思って持ってきた泡盛あるっしょ? あれ飲まない? まーふーいないとか飲まないとやってられないくない?」
「じゅんにな? 仕事ちゅーよ?」
「誰も来ないわよこのお店」
二人は顔を見合わせて悪い顔で笑う。
「カームー、あいえぃなぁ! “夢航海“」
「リンゴ風味の泡盛? 珍しぃ! そういえばまーふー……あらお客さん?」
からガランと夏休み真っ只中で閑古鳥が鳴く古書店『ふしぎのくに』への来訪者。どうせしょーもない客だろうと、カウンターで氷を入れた泡盛に口をつける二人は吹き出した。
「シーサー!」
「かーむー!」
「「ショタだ!」」
「しょ? こんにちは、えっと……新しい従業員の方ですか? マフデト君もセシャトさんもいないんだ。あの、予約していた『林檎転生 ~禁断の果実は今日もコロコロと無双する~ 著・ガトー』受け取りに来たんですけどぉ……ええっ!」
「まーふーと一緒にいた秋文くんだぁ! なになに? お姉さん達に教えて教えて! その魔界転生?」
「……林檎転生です。えっとぉ……タブレットとかお持ちですか?」
我らが秋文くん、本来聞き手に回るはずだが、キャバクラよろしく、肌の露出が激しい酔っ払いのお姉さん二人に作品の話をする事になった。
「バイブス激しい作品ね? 命と宝石の等価交換ね。昔から人間ってそういうところあるわよね」
「あぎじゃびょぃ(下劣極まりない)!」
作品の話を少ししてこのテンションである。秋文も流石に少し引いた。がしかし、裏表なく作品を楽しめる昨今珍しい読者である。
「林檎のカムイ?」
「林檎の開闢よ!」
「お二人は、林檎に転生したこの展開、不思議に思わないんですか?」
ポカンとするカムイにシーサー。そう、この二人は特殊な信仰文化のある北海道と沖縄、ありとあらゆるものには命があり神がある。
林檎に生まれ変わり、活動している事も何らおかしいと思わず。作品の展開にワクワクしているのだ。
あらゆる作品において最高の楽しみ方という物ができるのは物心ついた小さな子だったりする。どうしても知恵がつくと“ん?“と思ってしまう経験はあるんじゃないだろうか? 矛盾であったり、何となく不自然だったり、ねーよと思ってしまうあれら人間の愚かしい感覚。
人間が知恵の実を食べた罰の一つかもしれない。が、多様性を受け入れ、素直に作品を楽しめる連中からすると……
「あーきー、ゲルゲレ!!」
「そーね、ゲルゲレはきっとやばいわね!」
本作における虎のような危険な魔物。本作でも初出のそれが存在するかのように焦る二人。秋文は自分より年上の女性が紙芝居を楽しむ幼児のような反応に少しおかしくなる。
故に秋文は二人に聞いてみた。
「風の刃で切る……という事に関してお二人はどう思われますか?」
創作における魔法などの力において、あらゆる原理を持ってしても再現不可能な唯一の力があの三日月状などの風の刃である。ちなみに、それ以外の属性の大袈裟な魔法的な表現の全ては理論上は全て可能である。
さらに補足すると、風の力で物質をぶった切る事は可能である。刀や剃刀で切ったような綺麗な切り口ではなく、ズタズタに破壊する感じであるが……とんでもない運動量で実際それが起きたら街一つくらい消滅するだろう。
「めーよ? すぱーって切れるさ」
「あらゆる物が簡単に斬れるんじゃないの?」
「えっと……うん。そうですよね! 風の力ってなんか特別感ありますよね!」
風で物質が斬れるという物語の設定は一体最初に誰が言い出したのかは分からないが、これはもうそういう物なのだ。小石が跳ねた鎌鼬現象からなのか、原理や理論などではなく、風の刃という物は幽霊や都市伝説と同じで、そういう物として認識し、存在している。だからカムイやシーサーはこれらに疑問を持たない。小さい子が絵本などを食い入るように見て楽しめるのは、あの物語を物語ではなく、そういう事実として理解しているからだ。
「認識のジレンマってやつだ……お二人は、物語を心から楽しめるセシャトさんみたいな方々ですね!」
秋文は少し伸びすぎた前髪に触れながら嬉しそうに微笑むとカムイにシーサーは瞳をハートにさせる。二人はショタ狂いのギャルなのである。
人間かどうかはさておき……
「ちむどんどんすりゅ!」
「尊い! あずますぃ!」
要するに、キュンとするとか、最高に可愛い的な事を南と北の難解な言語で言うと秋文に抱きつく。
「わわっ! ちょっとお姉さん達……!」
「この作品、林檎に絡めてるの面白いね? 秋文くん。林檎を食べさせたら、輓馬の馬みたいになっちゃったよ! 林檎は元々栄養価も高くて、毎日一つ食べれば病気をしないなんて言われてたんだよ。大袈裟に見えて、お馬さんも林檎食べると元気になるんだよ? 知ってた?」
「そうなんですか?」
競走馬はメロンや蜂蜜、バナナにリンゴなど、甘い物を好む。そしてそんな物ばかり食べて舌が肥えると案外人参嫌いなお馬さんもいたりする。
日本に林檎が入ってきたのが今からおよそ千年くらい前、既に生食していた事から海外では品種改良と栽培を行なっていた事になる。当然、糖度がかなり高い果物の為、食べると血糖値が緩やかに上昇して元気になる。
実際に林檎とは命を繋いでくれる程の栄養価があり、今でもそうだが高級品。
神秘の果物である事は歴史が証明しているのだろう。
「あーきー! こん話小悪党が多いさー、でもそんお陰で安心して読めるわけさー!」
モンスターも人間も比較的、コミカルに表現されている。本作に限った話ではないが、人間、特に不安因子を多くもつ日本人は疲れているとあまり負荷がかかる。要するにストレスのかかる情報を遺伝子的に拒絶しやす傾向にある。
それがほのぼの日常系アニメやそれに準ずる作品がいつの世もそれなりのシェアと評価を求められる所以である。
それだけ日本人、疲れているんでしょう。
そんなWeb小説大好き中学生の秋文君はそれらをこう語る。
「そうですね! 物語の内容をしっかりと読ませつつもストレスを感じさせない手法……というより作者のガトーさんの人柄というか、おもしろおかしく読んでもらいたいというテクニックや気遣いの部分が大きいんだと思いますよ! 大輔さんとグリダさんがツッコミむ事で、展開への不安を感じさせず。でも気になるじゃないですか! 次はどうなるのかな? という気持ちをプラスで読めるからだと思いますよ。ホラー作品とかだと気になるけど、怖くて一人で読めない。みたいな気持ちの真逆の感覚ですね!」
本を読むという事に関して面白い否定になるのだが、ホラー作品は読めない! と思わせる程恐怖を煽れればもう正解であり勝ちなのだ。逆に、ファンタジー系は気になって止まらないというのが一つの正解だろう、
「あーきー、可愛いねぇ! 賢いねぇ!」
「まーふーとは違ってるけど美味しそうっしょや!」
「あはは……お酒飲み過ぎですよ……迷宮探索とか僕、憧れちゃうなぁ! お二人はどうです? ダンジョンとか迷宮を冒険とかしてみたくないですか?」
擬似的に体験したければアトラスの異様に難易度が高いゲームがシリーズ物で売られているので探してみればいい。
「二人で入れない迷宮とか、ないわ! だって秋文君やまーふー連れ込めないじゃない」
「ショタがあらんどぉ? やーねー! 迷宮もダンジョンもやーなぁあ! 迷宮はとらえるところもんね?」
聞き流していたが、一つ。パワーワードを秋文は聞き漏らさなかった。
シーサーは迷宮はとらえるところと一言言った。
「シーサー、お姉さん? それどういう意味ですか?」
ダンジョンと迷宮の違いについて、本作でも表現されているように、迷宮は迷宮として作為的に作られている。ダンジョンとはなるべくしてダンジョンとなった言わば自然現象。
からガランとドアが開かれる。そこには軍服のような制服を着た銀髪、色白の少年。
そしてこの店の店主の一人。
「迷宮は迷わせて出られないように作られているのですよ! それは外部からじゃなくて、内部にいる物が出られないようになのですよ。ミノタウロス、サイキロプス。そういう連中が迷宮に放り込まれているのは何故か? 考えればわかるのですよ! そして……私の店でテメェら何してるです? あと秋文君にくっつくのをやめるですよ!」
迷宮を外から攻略しようとするとダンジョン攻略になる。迷宮とは、迷って出られないようにする為の装置である。某、悪霊が沢山住う家と呼ばれた屋敷は増築を繰り返し、ダミーの扉を大量に作り、悪霊が逃げられないようにしているという。
要するに出してはいけない者が迷って出られない場所が迷宮。気になる人はミノタウロスやサイキロプスの元ネタが何かを調べれば分かるだろう。かつて、古の昔に日本にも座敷牢という形式で行われていた。
さて、林檎転生における迷宮とは……そろそろお時間です。
「まーふー! まーふーよ!」
「まーふー、私に会えなくて寂しかったっしょやぁ! 今日は秋文君もいるし、みんなでお風呂入ろっか?」
「入らねーですよ! てめーら、ガオケレナの宮殿にぶち込んで帰れないようにしてやりてーですよ!」
古書店『ふしぎのくに』店主の一人、マフデトが戻ってきた事で本日話していた内容のまとめとなった。
コミカルなキャラクターに若干感じる昭和の空気、
演目の流れにあるようなベタなオチ付け、物語は基本に忠実であれ……と。
皆さん、もう気がつくと8月も末ですねぇ! 天気の悪い日が続いたり、中々お外に行けなかったり、大変かもしれませんが、気分をフレッシュな気持ちに切り替えてみませんか?
雨の日は雨の音を聞いて読書をしたり、傘をさして図書館に足を運んでみたり。
少しいい紅茶やコーヒーを自宅にお届けしてもらい、理想の作業環境や読書環境を作ってみてはいかがでしょうか?
来るべき読書の秋に向けて、私はもう全力で準備中ですよぅ!
林檎転生、プラネット・アース。後半戦も残すところあと二話です! 皆さん次回もお楽しみに!




