物語の源流を夢想し宿にて休む
大友はお店のモップ掛けをしながら店長代理の汐緒に話しかける。
「書籍版の林檎転生。あれ貸し出しいつなんだ? 待ってるだけど」
美少女とみまごうメイド服の少年大友に燕尾服を着た汐緒は頬杖をつきながら答える。
「ダンタリアンさんが四部買ったのでその内回ってくるでありんすよ。アマゾンでも読めるのでしばらく待つかや」
ブックカフェ『ふしぎのくに』。平日の昼間は客は少ない、そんな店に一人のサラリーマン。営業まわりの休憩だろうか?
「ごめんください、コーヒーお願いします」
「いらっしゃいませぇ!」
「いらっしゃい、殿さん、今なら無料の会員登録でお茶菓子プレゼントでありんすよ!」
「ほんとですか? 是非!」
胸にさしたボールペンで会員登録証を書いて汐緒に渡す男性。
「ありがとうございます。こちら特典のオーナーお手製アップルパイかや!」
「うわぁ、美味そうだな。いただきます!」
これからの仕事頑張れると男性は手を振って退店。
静かに汐緒は大友を呼ぶ
「大友くん、ちょっとこれ見るでありんす!」
「え? えっ! .......」
氏名欄
" 古津 大輔"
年齢
満33
その日、小さなニュースで人身事故が流れた。
セシャトが選んだ旅館は滝の見える某有名な旅館である。というか、古書店『ふしぎのくに』においての大人チームと呼ばれた『おべりすく』さんやダンタリアンさん達が金沢に避暑に行くときに連れて行ってくれた場所である。
筆者は一泊うん万円の旅館なんてこの時、初めて泊まったわけで、セシャトさんも大変気に入っているのだ。
「ふぅ……良い場所だのぉ……びぃる……を頼もうかと思うのだがっ」
「ふふふのふ、ダメです!」
神様が大好きなお酒、今回は禁酒を約束に文無し、その日暮らしの銭も持たない神様の宿泊費用もセシャトが出してくれたのだ。
「ぬぉぉおお! 何故だぁああ!」
「そんなことより、神様お風呂の前にお茶でもしながら続きを話しませんか? 案外、神様を独り占めする時間ってあんまりないんですよぅ!」
知らない人の為にも補足するが、セシャトは神様によって生み出された。要するに子供である。今年三歳である。
「言葉の自動翻訳! ドラえもんの道具にありましたよねぇ?」
「ほんやくコンニャクか? あれは未来の道具だからの。絶対やばい薬品かナノマシンが入っておるぞ。それに対して、大輔はチートだから安全だの!」
「か、神様……足塚不二雄先生に謝ってください!」
大輔の文字が自動翻訳されるという設定に関してチートだからと言ってしまえばそれまでだが、当然文字、言葉という術式を元々習得している。要するに基本スキルに対して、まさに木が枝を伸ばすように上位スキルを習得できる環境が揃っていると思えばあながち、転生系というものはご都合主義だけでは片付けられない深い部分があるとも言えるだろう。
「なんというかあれだの……大輔リンゴだから一人称という名の三人称、いや神の目線。まぁこの場合はリンゴの目線か? グラスホッパー的な面白さを感じるの林檎転生」
そうなのだ。まさに読者の目線=大輔の目線といってもいい。なんともシュールで、新しい。
「神様、大輔さんが序盤でやっつけたセデルの大群です! これは異世界らしくなってきましたねぇ!」
セシャトはほこほことしながら作品を楽しんでいる。神様はお茶請けの饅頭を頬張りながら……
「セシャト、アリって最強クラスの昆虫だからの?……大群だとほぼ全ての生物が勝てん、女王によって統率された避妊プログラムされた雌の働き蟻、フェロモンにより無線通信する雄の偵察アリ、そして同一にすぐさまクローンディスクされる雌の戦闘アリ。安全地帯を作り無尽蔵の無敵モードで襲ってくるのだ。時と場合にもよるが、低い所にある大スズメバチの巣ですら壊滅させるんだぞ」
またしてもリアルな事を言う神様。セシャトは頬を膨らませて機嫌を悪くする。
「普通に考えればジ・エンドだの。そんな状況を切り抜けるのが、アリにとって餌でしかない……これだの!」
リンゴ狩りでお土産でもらったリンゴに牙みたいな歯を入れる神様。ガシュっと甘い香りが部屋に広がる。
「それにしてもフレッサさん、空回り系ヒロインでしょうか? 大輔さんのツッコミと、そしてフォローで聖女みたいになってきてますねぇ!」
「ハッタリをハッタリと思っておらんし、大輔というチートを持っとるからの。にしても同時に二つの視点から作品を楽しめるのはやはり、群像劇の要素もあるのぉ」
考えて欲しい。大輔はチートを賜った。が、偶然この大輔と出会ったフレッサもまた大輔というチートを手に入れている。物語のベースとして、人以外に転生する目的を探す系の作品と、勘違い系(勘違いされる系)主人公の成り上がり物が同時進行しているのだ。
「ギミックとして、フレッサさんを登場させているのが非常に趣がるという事ですか?」
「林檎をいかにして物語に絡ませるかを考えた結果、宿主がいると至ったのだろうな」
神様とセシャトは寛ぎながら話を進めようと思った時、コンコンとノックされる。
「失礼します。お食事の準備ができました。プランの方は林檎で良かったでしょうか?」
女将がそう言って丁寧に声をかけてくれるので、セシャトはこれまた腰低く女将に頭を下げる。接客業における職業病のように……
「はい! お食事楽しみですよぅ! お願いします!」
旅館の中にある料亭の食事、お櫃に入った温かいご飯と雅で豊かな逸品料理が十は乗った膳が運ばれる。
「ぬぉおおお! セシャト、貴様どれだけ贅沢をしようと思っておったのだっ!」
「神様、私は毎年積み立てして旅行を楽しんでいるんですよぅ! 神様は毎日千円をお小遣いにしていますよねぇ? それを溜めればここでお食事だってできたと思いますよぅ?」
「まぁ……あれだ。そういう考え方もあるの! そんな事より、ほれ! こういう所でしか中々見ぬ固形燃料だぞ! これが数分で消えるのを眺めるのもまたオツだの。ほれ、いただきます! という言葉、あれは命を頂きますという意味だからの、食べ物によって私たちは生かされておる。よって大輔を食うとびっくりドッキリ効果満載だ! 林檎は食べられる事が性分だからの。そういう好みでは主人公が食べられるって、アンパンマンと大輔くらいじゃないかの……にしてもリンゴって痛覚とかあるのかの?」
大輔が齧られて苦しむシーンである。体感したい方は麻酔を使わずに神経付近を削る歯の治療を行うといい。アヌさんという方が失神しかけたことがる。
果物、野菜に痛覚があるかどうか……
「どうでしょう。お店の外で育てている弟切草は間引きするとしばらく皆さん元気がなくなりますよね……リンゴは繊維質ですので……もしかすると」
痛覚の概念を人間と同様に考えると難しいのだが、植物も損傷すると各種成分が変わる。生きている以上、損傷伝達が起こる。それが植物の痛覚である。
「要するに、倍々で痛覚が走り回るのか……地獄だの」
「神様、ホルマーさんはまさに、命をいただきます! が実行されたんですね」
「まぁ、先祖返りだと思うと少しばかり感慨深くはないかの?」
「……どういう事ですか?」
禁断の果実、大輔はリンゴである。若返る禁断の果実をご存知ではないだろうか?
聞いたことくらいはあるかもしれない。桃源郷から流れたきた桃を食べた老夫婦が若返り、その二人の間に生まれた子供が鬼を討伐する。
「儒教のある中国にキリストの物語が入ってきて魔改造された物だの。リンゴから桃とな……国によっては柘榴とかあるらしいがの。そんな中国版若返る禁断の果実が日本というファンタジー先進国でリンゴとして逆輸入されるというのも面白いの……なんとかの法則と言うのだ」
物語というものは宗教の経典も含めて全て元を辿ればなんらかの源流に行き着くというものである。それは噂や嘘ですら突き詰めていくと一つの事実につながるという考え方がある。
気になる人は有名な釣りスレッド“鮫島事件“この源流を調べて行くと、面白い歴史的事実にぶつかる事に驚くだろう。
セシャトは鰤の作りに少量のワサビを乗せて刺身醤油につけて口に運ぶ。蜜柑の香りに驚きつつ咀嚼。
「ふむ。なるほどですねぇ……して、私はふとニヤケてしまうのが、大輔さんは目の前のタスクに対して一つずつトライアンドエラーを繰り返すところですね。もう、これは日本のサラリーマンですよぅ」
「まぁ……日本のサラリーマンは経験した事もない仕事をいきなり回されて、それでも対処して行くものな……殊勝なものよ」
神様はツミレを大きな口を開けて食べる。イワシの独特な風味が神様にビールを飲めと誘うが目の前のセシャトはただただ微笑んでいる。
「本作のような物語はネトゲと……あれだの兵糧ゲーをプレイした物からするとわかりみが深く、数世代前のファンタジー作品を好む読者は疑問符が頭に浮かぶというがセシャト的にはどうなのだ?」
セシャトは茶碗蒸しに手を伸ばしスプーンで一口。出汁薫るそれに目を瞑りながら食事を、そして『リンゴ転生』を楽しむ。
「そうですねぇ、物語の流れを起承転結と言いますが、一般的なファンタジーや一部転移、転生系は目的が決まっていて、その目的の為にストーリーが進んでいきますよね? 要するに過程を楽しみます。かたや本作のような。巻き込まれ系と(某サイコ漫画家曰く)言われる作品は、目的が決まっていないのでイベントとフラグ、目の前のあれこれを楽しむことになります。ゆくゆくは目的ができて、流れも変わっては来るんですけどね。私はどのパターンでもいけますよ!」
綺麗にご飯粒ひとつ残さずにセシャト、そして神様は夕食を食べ終える。そう……デザートのご登場を待つだけなのだ。お櫃ひとつ分のご飯を平らげてまだデザートを待っている神様にやや閉口するセシャト。
「失礼します。デザートをお持ちしました。お食事、片付けてもよろしいですか?」
「あっ、はい! お願いしますよぅ!」
二人の前に用意された、ひんやりとしたまぁるいリンゴ。丸まるひとつを使ったシャーベットである。
「ふふふのふ、旅行をしていると、何もしないでお食事とお風呂の準備をしてもらえる事になんという贅沢なのでしょうと思ってしまいますよぅ!」
「貴様、今年三歳であろ? そんな枯れた事を言うものではないぞ」
「神様がもう少しお手伝いしてくれれば私も楽なのですが?」
痛いところを突かれた神様は食べていたシャーベットを半分に切ってセシャトの皿に乗せる。
「ま……まぁこれをやるので、今日はゆっくりと骨を休めるといいぞ!」
「神様……まぁいいでしょう! 今日はこれで許してあげます」
デザートも食べ終え、歯を磨いてセシャトは自分と神様の布団を敷くと、布団に入り吊り下げ式の電灯を消す。
「神様、おやすみなさい」
「うむ!」
…………
パチっ!
セシャトは電気を突然つける。
「うおっ! 何事かっ!」
神様は隠し持っていたスキットルでなんらかのお酒をちびちびやっていた。
「神様、あまぁいリンゴの香りがしたので……それは何を飲んでいるんですか?」
「いやぁ、これはの?」
「私、約束しましたよね? 今回ははお酒はダメですって……」
「……落ち着け、これはのカルヴァ……や、やめろー!」
セシャトは神様秘蔵の高級ブランデーを全部洗面所に流して捨てた。
『林檎転生』『プラネットアース』みなさんは読まれているでしょうか? 作品は作者の名刺といいますが、どちらも優しい物語ですよぅ! 皆さんはどちらが好みでしょうか?
私はどちらも大好きですよぅ!
暑い夏休みですが熱い物語でのりきりましょうね!




