酔っ払いはたまに面白い事を言う。成功例のイカロスの物語
さて、来るべき5月に少し色々と裏でやる事ができたのですよ。緊急事態宣言とか言って国内が元気を失っていくのは何ともいかんしがたいものですが、できる限り私たちもできる事をやっていければと思うのですよ
古書店『おべりすく』。阪急梅田古書の街から天満橋商店街の古書店街に移転したそこで店頭に立つ無表情の青年。
そして……
「おっしゃ! ヤクルトなんかいてまぇ!」
夕方よりテレビにかじりついてビールを煽っている青年。二人は、可愛い弟分であるマフデトを待っていたのだが、店主シアが迎えに行って数時間。戻ってこないと言う事は遊んでいるのだろうと確信。
「うぉーい! ばっすん! ばぁっすーん! もう店閉めてこっちでビール飲みながらタイガースの応援せぇや!」
茹でたソラマメとアスパラガスを酒の肴に野球中継を見ている青年。彼にばっすんと呼ばれた青年はハァとため息をついて表の看板をクローズにすると母屋に入る。
「アヌさん、また店長に怒られるっすよ? 今日はマフデトさんが好きな『飛べない天狗とひなの旅 著・ちはやれいめい』を読むんじゃなかったんですか?」
そう言ってタブレットを見せると、糖質0のビールをばっすん事バストに差し出してからアヌと呼ばれた青年は話し出した。
「流石に、長い事旅しとるから、フエノやんも大分丸くなって聞き分けがよぅなったよな? 今のフエノやんならワシ等と酒盛りできるかもなぁ! ほれ、ワシも旬の物くうてるやろ?」
ソラマメにアスパラガスかとバストは思い頷く。旬の食べ物は寿命が伸びると古来から言われてきた。神仙の類にお供物として旬の物を備える理由は神仙が永遠に生きられるようにという縁起物で、妖怪、神仙は旬の食べ物、自然のきのみや果実に山菜などが好きだという設定があるのはそういう事である。
それをお酒のおつまみで現すアヌにバストは少しばかり感嘆した。
が、しかしここにいるのは酔っ払いである。
「カー! ひなちゃんはええ子やなぁ! ワシ、ひなちゃんが遊びに来たら、あべのハルカスでもユニバでもどこで連れてったるのになぁ」
「まぁ、ひなちゃんはあれっすよね。今の子供にはない、無邪気という言葉を体現したような優しい子っすよね」
そして今回は雪女をモチーフにしたお話が始まるのだが、アヌは冷蔵庫から新しいビールを取り出すとバストに一本渡してから尋ねる。
「ばっすん、お前雪女の元ネタってなんかわかるか?」
当然、小説を読んできた人々からすればレフカディオハーンの『雪女』でしょう。が、そんなことは誰だって知っているであろう事から、民俗学に異様に詳しいアヌさんと、そして殆どの人が素性を知らないトトさん(ほんとあんな何者なんだ?)の考えを纏めると……東北、北海道などの雪国において度々起きたであろう遭難時に助かった人々が大量にアドレナリン酸化物をドバドバと分泌させて見た幻覚。凍傷で両手足を失ったが、奇跡的に助かった男が、美しい女性にあったと、それを信じた人々はこの男は雪山にいる美しい女の姿をしたモノノ怪に魅入られたのだ。
てな感じで伝わったのではないかと予測される。雪山での遭難で異常行動を起こすことは昨今の研究で解明されてきた為、元ネタはほぼ当方の二人が想像した通り、実際。幻覚とはいえ、存在する死の概念。雪女と思えば少し恐ろしくはないだろうか?
「はぁ、アヌさんってたまに物知りっすよね」
「たまにぃ? ワシは雑★学★王や! フェノエレーゼもガキの面倒まで見るよーなって当初からほんまええ感じになってきたよな?」
悪ガキみたいなフェノエレーゼだったが元々そこまで悪い奴でもなかった。根はいい子でありいい意味でひなに影響されている。
「そうっすね。しかし宗近さんも罪作りっすねぇ」
「ほんまやで! ばっすん! ぶっちゃけ可愛かったら人間じゃなくても化け物でも悪神でも宇宙人でも何でもワシなら大事にできるでぇ!」
というのが、今の人間の感覚だろう。が、元々信心深い昔の日本人は、神仏を重んじ、穢れを排除する傾向がある。そんな時代の宗近からすればどれだけ美しかろうと、人外であると知れば、畏れと謂れ、そして立場上、排除してしまう気持ちもわからなくはない。
「アヌさん、雪女って妖怪の位でいうとどんな感じなんですか?」
「知らんのかばっすん。雪女って妖怪というよりは山神の一種や、アイヌやとウパシラカムイとかそんなんやろ。実際、天狗であるフェノエレーゼより上位の妖かもしれんな」
ちなみにフェノエレーゼが使い魔のようにカラスを使う。実際、天狗という者は鼻が長いというイメージがあろうが、あれは元々カラスや鷹、鷲などのように嘴の長い猛禽類のことを指す。
「鴉天狗っちゅー方が有名なんはそういうこっちゃ、インドの信仰、人ずてに聞いた日本人のやらかした象徴の一つやろ。レモネードをラムネみたいなやっちゃ」
実際、天狗の語源はそうなので笑えないのではあるが、バストはちびちびとビールに口をつけながら、雪女と恋仲に落ちた宗近について考える。
「これって、ちはやさん、あえて雪女の物語を追走してるんすかね?」
パチンとアヌは指を鳴らした。
「それな。ワシも思ったわ。雪女を追って夫が雪山に入って死んでまうってな」
誰しもが知っている雪女伝説。こんな雪の日には思い出すね。
何をですか? 不思議な綺麗な女性が子供のころに訪ねてきたのさ。
それは誰にも言わない約束では?
と雪女は家を去っていく、それを夫は追いかけて雪山に消えるというやつだ。
師匠ちゃん曰く、雪女はヤベェ、ヤンデレ女の歴史上初出代表との事。
話を戻すと宗近はムツキを追いかけてきた。
「この物語はどう転ぶのかっちゅー話やな。宗近自体は実際存在しとった人物やし、大業物を世にたくさん出したからの。妖怪と知り合っててもおかしくはないかもな。足利義輝の三日月も確かこの刀工ちゃうかったか?」
剣豪将軍、足利義輝は刀剣マニアでもあった。鬼丸国綱、童子切安綱、超有名な大般若長光。そしてこの三日月宗近などなど所有していたとか、マフデトさんがミーティングが延々と語っていた。
現在でも宝刀、最高の一振りと言われた三日月宗近。明らかに現在の方が金属の加工技術が進んでいる筈なのに、昔ほどの大業物が作れない理由がある。
それは昔の刀工の方が腕があった……という事ならロマンがあったのだが、今は作れる刀の本数に取り決めで限りがあるのだ。要するに試行錯誤できる数が圧倒的にすくない。おそらく、今の技術と古代の知識、そして天才共に作らせれば令和時代最高の大業物が生まれるかも知れないが、それは夢のお話なのだ。
「渡辺綱、一条の鬼って茨木童子じゃねーんすか?」
「まぁちゃうな。よく混同してる作品が多いけど、よく考えるとおかしいねん。大江山の鬼退治であの集落の鬼は駆逐されとるから、羅生門におる鬼は、酒呑童子とかとは別格の化け物やで」
鬼は大概人間に討伐されるのだが、この羅生門の鬼は斬られた腕を取り返した。要するに人間に滅ぼされなかった。
され、これが誰なのかは文献からは見えてこない。江戸末期くらいの草子からは茨木童子となったが、それでは少しネタにならないので、古書店『ふしぎのくに』として……第六天魔王であると推してみたい。
「そもそも、髭切。鬼切丸と呼ばれたのは鈴鹿御前と刃合わせをしたからやからな。綺麗な女に化けてでた羅生門の鬼。鈴鹿御前。あるいはその縁者かもしれんへんな。まぁそれはそれや。ナギの言う通り、そして読者の思う通り、フェノエレーゼは丸くなった。いや、人の、命の意味を何となく理解しつつあるんやろな。見えている翼以上にフェノエレーゼの羽は強く、大きくなっとるんやって」
今までのフェノエレーゼの翼はただ飛べるだけの物だったのかも知れない。それは飛べた頃のフェノエレーゼ。飛べない天狗としてのフェノエレーゼ。どちらが多くの物を掴めたのかは読者からすれば一目瞭然だろう。
「宗近と一緒になったムツキに対しての言葉。少しだけ胸が痛くなるっすね」
彼は子供であるひなと共にある。フェノエレーゼからすれば昨日の事のようにひなは育ち。彼女は大人になる。そして、それはムツキに尋ねた事がそのまま返ってくるのだ。
いつか、ひなは童女から女の子になり、大人になる。そしていつかはひなも歳をとり、フェノエレーゼとはどういう形かで別れがくる。
「命が回るという事をまだわからへんフェノエレーゼ、フェノエレーゼはひなちゃんと共に、いや、フェノエレーゼこそが雛なのかも知れへんな。フェノエレーゼが翼を広げて飛ぶときは……慈しみを覚えた時、それこそが、妖怪から神仙の類、天狗になる巣立ちの時なんかもな」
これは当然、古書店『おべりすく』における深読みに過ぎない。飛べない天狗とひなの旅。可愛い子には旅をさせろ。そういう意味では本作の主人公である一人、ひなちゃんは巣立ちを一つ終えている。
フェノエレーゼのストッパーとしての役割も果たしているのだ。
飛べない天狗、そして雛の旅。
妖怪、妖精という存在はどこか大人になりきれない存在として語られる事が多い。そして神々は大人かどうかは別としてある程度の分別を持った者として表現される。サルタヒコの元に仕える、修行をする妖怪、聖獣の類。それらが神仙に昇華するにフェノエレーゼはあまりにも脆く、幼い。
そんなフェノエレーゼに、万物の理を学ばせる話なのだとすれば、それは成功例のイカロスの物語なのだ。
「っちゅーのは流石にワシらの考えすぎかの?」
「物語の楽しみ方は人それぞれっすから、何かを学べれればそれはそれでいいんじゃねーですかね?」
バストは缶ビールにウォッカを混ぜてロシアビールを作るとそれを一気に飲み干した。
お酒に弱い、アヌは小さな寝息を立てている。お酒に弱く、そしてお酒が好きなアヌ。彼もまたシアという店長の元で修行をしている存在だと思うと、少しばかり感慨深く思う。
「フェノエレーゼさんはツンデレですが、章を重ねる事にデレの割合が大きくなっていくっすねぇ」
スマホにシアから行きつけの店で寿司を五人前注文しておくように指示が入る。注文し、アヌを起こしてシアとマフデトが来る前に再度『飛べない天狗とひなの旅 著・ちはやれいめい』を読み直しておくかとテーブルを片付ける。
『飛べない天狗とひなの旅 著・ちはやれいめい』本作を読んでこの作品に合う曲は何? と聞けば満場一致でスキマスイッチの雫なのですよね。フェノエレーゼは逆に飛べなかった頃の記憶。それこそが大事な物になるんじゃねーでしょうか? 是非その結論を実際に読んで出してみて欲しいのですよ!




