『レモンの香る頃、きみと 著・青桐美幸』文学の神々と
とある事の罰ゲームが決まったのですよ。
獄激辛を二個食いか、ペタマックス一個食いなのです。
そして、突破者がいれば都度焼肉という流れなのです。四日に一回は焼肉に行っているので、正直ご褒美でもなんでもねーのですけどね……
マフデトは、課外授業も終わり、自宅に帰るとそこには金髪のちんちくりんが母屋でプリンを食べていた。
「テメェ! 神様、私の牛乳プリンを勝手に食いやがって! 許せねーのですよ!」
神様とマフデトが呼んだ少年とも少女とも見える褐色、水玉のパーカーを着たその神様にマフデトは苦言を漏らす。すると神様はほとんど食べ終わった牛乳プリンを見て……
「か、返すの?」
「いらねーのですよ! てめーは馬鹿なのですか? いや、知ってるのです。神様も母様も馬鹿なのですよ! とてつもない馬鹿なのです」
「貴様、ダンタリアンのせがれだからと言って私のことを馬鹿馬鹿言うでない! このど阿呆めが!」
「てめーにだけは言われたくねーのですよ!」
「まぁ、これでも食って少し、落ち着け……」
神様がマフデトに渡したのはコンビニで売っているレモンケーキ。それを手に乗せられてマフデトは瞳を猫のようにしてからそれをじっと見つめる。
「ま……まぁ今回はこれで許してやるのですよ。ったく……クソなのですよ」
「檸檬といえば梶井基次郎を思い出してたまらんな! 私も百年程前に、真似しにレモンを置きにいった物よ」
昔の事を思い出す神様にため息を吐くマフデト。一部の文学ファンは京都の某場所に行くとレモンを置いていく遊びがあるのだ。
「今はそんな檸檬よりも、もう少しライトな作品があるのですよ」
「ほぉ……話してみろ」
「チッ……偉そうに……まぁいいのですよ。私がテメェにおすすめしてやる作品は『レモンの香る頃、きみと 著・青桐美幸』なのです。中々、痺れる作品なのです。レモン香る季節……これは広島とか、レモン農業が盛んな場所なのかと、風景を感じさせるのです」
マフデトが目を輝かせている中で、神様は目を瞑り、自分の分のレモンケーキを齧って神様が呟く。
「心地よい文章を書く作家だの」
マフデトの猫みたいな獣の瞳、その瞳孔が大きくなる。それは言って欲しい感想を神様が言ったからなのだ。マフデトは認めたくはないが、この神様と自分の母親であるダンタリアンは自分とは比べ物にならないくらい作品を読む事に長けている。
悔しいが、楽しいのである。
「国語の教科書みてーなのですよ。ガキどもの淡い、甘酸っぱい描写がなんともいえず。続きを読みたくなるのです」
「貴様は、もう少しその言葉遣いなんとかならんのか?」
「うっせーのですよ! でも、私は最近学校に通わせてもらってるのですけど、オスガキもメスガキも、普通に距離感ちけーのですよ! 要するにリア充なのです」
本作の、男女の関係。
少し異性と関わるのが恥ずかしくなるというものは最近は実はあまり見られなくなってきた。男は硬派で、女は慎ましく。実は、古き良き考え方なのだが、今はすぐにやれ差別だと問題になりやすく、実はこういった背景も現在の男女の関係を変えていると言われている。
「まぁ、最近はオープンだからの。だけど、こういう関係、よくないか? なんか読んでいるとこそばゆく、恥ずかしい関係、みたいな?」
「……分かる気がするのですよ」
口寂しくなったところで、マフデトはやむなし、自分と神様の分の牛乳をポットに入れて湯煎する。直火で沸騰させないところがミソである。今回、マフデトがホットミルクに使ったのは小岩井の牛乳。
「神様、テメェ、角砂糖はいくつなのです?」
「当然、三個だの」
「全く、いやしんぼめ」
そう言ってマフデトは神様のジンベイザメの絵が印字されたマグカップと自分の牛が印字されたマグカップに角砂糖を三つとシナモンパウダーを入れる。
「なんつーか、この男の子も面倒くさそうなやつなのですね」
「まぁ、私からすれば初々しいがの……想いという物は本人の持つ意識を時として超える物なのだよ」
「何言ってるんですか? だから老害の言うことは分からねーのですよ。男女7歳にしてなんてクソなのです。男子の方は主人公の女の子を連れ出すのですよ! なかなかやりやがるのです」
そこで、主人公こと私は幼少の頃から今に至るまで、思いを馳せる。楽しかったこと、幼かったこと、悔しかったこと……そして連れ出された公園にてヤツこと、幼なじみの少年は引っ越し、私の前から姿を消すことを告げる。
「まぁあれだの……わざわざ呼び出してまで、伝えるという事はこの男の子供も私という少女に対して遠からずの気持ちを抱いておるのだろうな」
「うん」
マフデトは少し切なそうな顔をしているので、神様はマフデトが淹れてくれたホットミルクを飲みながら静かに話し出す。
「人間の人生など、出会いと別れの連続だからの。子供の頃、あの頃にはもう戻れないとそう思う。それは一歩大人に近づき、夢の世界から遠ざかるのだ。しかし、この男の子供。中々にいい男だの。昔風にいうとキザだの」
神様がそう言ってドーナツを齧るので、マフデトは言わんとしている事はわかる。この少年は、本当にいい意味で理想の男の子なのだ。思春期に異性といる事に小っ恥ずかしくなるようなそんな中だが、女の子は助けてあげなさいと男の子は大体、親にそう育てられる。
まさにその理想を形にしたような少年である。
作品を楽しみながら……だが、マフデトはこの少年と少女のやりとりに関してこう言った。
「ただし、イケメンに限るを素でやってのけるのですよ。でもリアルなのです。中坊って連中は本当に恥ずかしい事を平気でいいやがるのですよ」
本作における素晴らしい点を一つ挙げるとすれば、マフデトが言う恥ずかしさ、初々しさ、懐かしさ……ではないのだ。
こんな思春期の青春を味わいたかったなと思わせるお手本のような流れなのである。
要するに……
「物語らしいという事だの。小説本来としての面白さを、感じさせてくれる作りだの。現実と理想の差分を楽しむと言ってもいいかもしれんな」
主人公の私は、これでもかというくらい奴、及びアイツ。幼馴染の少年を意識している。本人は好きであると言及しないのだが、読者には微笑ましかったり、少し痛々しかったり、バレバレな行動や態度がなんとも可愛らしい。
「しっかし、写真ばっかり送ってくるというのもあれだの。私が女だったら、甘いお菓子くらい送りつけてこいと言うの」
食いしん坊の神様である。毎日一千円のお小遣いをもらい、古書店『ふしぎのくに』の売り上げを食い荒らすモンスターである。
「てめーはロマンとは程遠い奴なのですよ。この男の子は、何をあげればいいのかわからねーのですよ。少なくとも、主人公が喜んでくれる同じ物を繰り返す。硬派でいいじゃねーですか」
これは実は昭和の男。というか、昭和の恋愛物に出てくる男性の行動によく似ている。その人が好きなことを、楽しいことをずっと行なってあげたいという考えから選択肢が一パターンになるのだ。昔の女性は慎ましく、そういう風流を楽しめたのかもしれない。
今は映えの時代、動きがないものには興味を示さなくなる女性もいるだろう。まさに恋愛模様も時代様式が見えるのだ。
「その間くらいはサプライズなのですよね」
「そうだの。人間の恋愛とはえてして実に面白いものだの。マフデトよ」
自分よりも背が小さく、幼く見える神様だが、残念ながらマフデトはこの神様と本気で作品を読み合えば感動や感嘆させられることばかりなのだ。
「チッ……てめーも母様も作品を読むことだけはうめーのですよ。この作品の最大の見せ場。たけなわなのですよ」
古書店『ふしぎのくに』では盛り上がりをたけなわと言う。評価シートにそう書いてあるからそれをいつしか誰かが書いたのだが、盛り上がって、興奮し落ち着く様を終わりに見立てているのだ。
「レモンが送られてくるのだな」
そう、二人の思い出といえば、少年の家で育てられているレモンをお裾分けに持ってくる。それが物語のたけなわで送られてくるのだ。
本来は少し、ジーンとするそんなシーンにおいて、食いしん坊の神様はマフデトに尋ねた。
「時に貴様、大量のレモンが送られてきたらどうする?」
「食うに決まってるでしょ。バカなのですか? 神様」
「どうやって食うのだ?」
「レモンのパイに、レモンケーキ、大量なのはレモンの蜂蜜漬け、砂糖漬け。自家製マヨネーズに、揚げ物なのです」
マフデトをニヤニヤしながら神様は見つめると、スマホを取り出した。そして誰に電話をするのかといえば……二十年以上離れ離れだった旧友以上の存在。
「もしもし、私だ! ダンタリアン貴様。ブランデー持っておるか? ニコラシカが飲みたくなっての! ちょっぱやで一杯やろうではないか!」
マフデトは声に出して「げっ!」と言った。自分を生み出した書物の大悪魔ダンタリアンが来るという。ここは程なくしてとんでもないことになるのだ。彼女の酒癖の悪さはマフデトは閉口ものであり、セシャトの留守を守っている古書店『ふしぎのくに』を散らかされるわけにはいかない。
「せっかく、少年の一筆で盛り上がりを演出して終わるところの余韻を楽しむところなのですよ! 主人公の大いなる惚気も相まって、ベストな締め方なのです。それをてめーは、母様を呼びやがって!」
いい感じで静かに作品の読了を楽しもうと思っていたのだが、信じられない勢いで彼女はやってきた。
からがらんと古書店『ふしぎのくに』のすずがなり、扉が開かれる
「神くん、ただーま! そして私の可愛いマフデト、さぁ、みんな一緒に! だーん、たーり、あーん!」
両手を上げてそう叫ぶので、マフデトがイラついていたら、ダンタリアンはマフデトのスマホを取り上げてから言った。
「『レモンの香る頃、きみと 著・青桐美幸』へぇ、マフデト。いいの読んでるじゃない! レモンたっぷり買ってきたから、何か作ってよ。神くんとお酒飲みながら、この作品について語り明かそう」
マフデトは閉口しつつも、この二人の話を聞くのも悪くないかと冷食の唐揚げでも揚げる為に母屋に入った。
『レモンの香る頃、きみと 著・青桐美幸』Web小説と呼ばれるよりも前、ネット小説なんて呼ばれていた頃はどちらかといえば恋愛小説が覇権を握っていたのです。そして、本作は、伝えたい事も直接的で、まさに小説という体を示すお手本のような物語なのですよ! 彼ら、彼女らのその後というものも気になるのです!




