『エルフの水 その海いずこもつなぐ 著・王立魔法学園書記官』帰りのバスで
さて、七月以降のMTGが今後の論点になるのです。そしてライターを募集してーのですが、Twitter上の作家はプロ含めて無理そうなのです。とにかく、私たちのメンバーはメンタルが強くないとダメなのです。10万文字、命を込めて書いた作品を最初から書き直し依頼を受けて喜んで3ループくらいできる奴……いるのですか?
帰りのバスの中でマフデトは隣の席に座る生徒がミルクチョコレートをくれるたので秒で懐いた。
「テメェ! いい奴なのです」
「マフデトだっけ? そのチョコレートうめぇだろ? 牧場の自販で売ってた。俺は茜ヶ崎理央」
「茜ヶ崎……テメェ、ヤベェ姉貴いねーのですか?」
「姉ちゃん? いんぜ。優しいねーちゃんだけどな」
「うむ、茜ヶ崎違いなのです。テメェはWeb小説とか読むのですか?」
「なんだそれ?」
ふふん、と笑うマフデト。それを怪訝そうに見つめる理央はマフデトにスマホの画面を見せられた。そこに書いてあるタイトルを読んだ。
「『エルフの水 その海いずこもつなぐ 著・王立魔法学園書記官』なんだこれ? 物語?」
「これはWeb上に投稿された作品なのです。そして、バスで中学に戻るまでに丁度いい長さで、そしてしっかりとした物語をチョイスしたのですよ」
「おぉ、エルフ出てきてんじゃん!」
「そうなのです。エルフは元々、自然信仰をしている森に住む人たちの事なのですよ。一般的に色白で、耳が長くて、美しい。作品とは直接関係ねーのですが、エルフのこの見た目、これはどういう事か分かるのですか?」
マフデトはしししと、Web小説紹介者のコンサルトとしてドヤ顔で説明をしようと思ったが、理央は賢い子だった。
「あれじゃねーの? 別民族とかで、自分たちと見た目が違うからとかだろ? エルフが最初に言われ出した時代背景を考えると、北欧の戦乱の時代だから、疎開とか、元の地から逃げてきた移民を現地の人が見て妖精みたいに思ってたとかだろ? 絶対数が少ないからさ」
一概には言えないが、エルフの源流。森の人、自然信仰、エルフの謳われる耳の形状等の容姿からして元々は理央が言った通りだろう。そしてどこの血筋系の民族かもある程度、把握はできなくはないが、ここでは多くは語らない事にする。
「てめー。見た目はそこそこやんちゃなのに、知的なのですよ」
「ハーフエルフってのもそう考えると、現地とのミックスって考えると、この話に深みが出そうだな? てか、これ文章力たけぇな?」
本作は、実に文学的である。
作者の力量もさる事ながら、言葉選び、これが実に絶妙なのだ。
逆に文章が下手、というより惜しい作品のパターンとして、作品に合っていない難しい言葉の濫用。あるいは、言葉が足りていない事による表現不足などが挙げられるが、本作は、作品にあった言葉選びがしっかりとできており、読んでいてストレスなく、作品に没頭できる。
やんちゃな見た目の少年。理央が目を動かして文章と戯れている姿にマフデトは嬉しくなる。この少年に本作を教えて良かったと目を細めた。
「本作はすげぇのですよ! どのくらいすげぇのかというと!」
「国語の教科書に載る、抜粋の部分みてーだな」
「むぅ……」
マフデトが言おうとした事を理央は先に言ってのける。そしてマフデトがヘソを曲げそうになったところでマフデトの手にミルクチョコレートを乗せてくる理央。彼は名前からして恐らくは文芸部に所属する理穂子の弟なんじゃないか?
いや、間違いなくそうだろうと思いながらチョコレートを口の中に放り込む。
「まぁ、そうなのですよ。読ませる文章を使いこなしているのです。それにしても、人間は終わりの時、水を選ぶのはなぜなんでしょうね? 国によって川、海、湖、池と様々ではあるのですけど」
「一般的には遺伝記憶とか言われてるけどな。羊水の中の記憶とか言ってるけどさ、実際は三途の川然り、俺たちは死の世界と水を世界規模で関連づける。その先入観だろうな。でもいいじゃん。海は全ての生命の起源。だなんて言われるしさ」
「では、貴様。蘇り、あるいは繰り返しについてはわかるのですか?」
「……それは……いや、やっぱしらね」
それまで答えると、マフデトがひっくり返って泣き喚きそうだったので理央は空気を読んだ。
「本作は、生命の始まり、あるいは終わりについてをエルフの作品で語っているのですよね。宗教論にもよって変わるのですけど、生命は有限、あるいは無限で考えられることがあるのです。繰り返される輪廻思想の考え方と、終わりと始まりの終焉思想なのです。これは哲学か法学かの違いなのです。ですが、日本、あるいは世界各国においてこれらの物語は多く作られてきたのです。それは本作のような優しい物語から、ホラー、ミステリーと……そして現代科学ですら研究を進めているくらいなのです。まさに、これは物語の一ジャンルとして確立すらしているのですよ。所謂、セカイ。というやつなのですね」
マフデトが鼻高々にそう話すので、セカイ系ではなく、セカイというあたりが、上手い事を語るなと、理央は感心しているようにマフデトの話を聞く。聞き上手は話し上であり、頭がいいのだ。
バスが高速道路に入り、後編を開くのである。
「遡り……この世に挑むというのはマフ、面白くね? 仏教ではこの世は修行の場所、イスラム、ユダヤなどのゾロスの系譜ではあの世に行く為の練習場。この考えは神道に近いな」
「あぁ……八百万の考えなのですね? まぁ、本作はニュアンスが違うのですけどね。何故ならアオイは人ならざる者になりながらも愛を忘れぬのです」
「これって結構大きい矛盾だよね。だって、愛を語るモノ、愛を扱うモノは人以外にありえない。エルフの水ってのは……あれか? 自己の泉的な? なんていうんだけどこれ?」
マフデトの知らない単語。
理央はこれ以上、ややこしい話をするのはいかがなものかと思ったので、話を変えた。
「この作品の時系列は前編と後編でどう思う? 結末前から始まる物語だろ? これ?」
「ふふふのふなのですよ! 理央。本作は、とても読み考えると難しいのです。分かりますか? 遡り、かの地へ、あるいはこの世に挑む。周期思想という物を知っているのですか?」
これは流石に有名かとマフデトは思ったが、理央は首を横に振る。マフデトの瞳が大きく開き輝くのだ。理央はあえてマフデトに気持ちよく話をさせる事で楽しむことにした。
「これは日本、というより、海外の考え方なのですよ。人間は文明ごとやり直しているという奴なのです。たまにこれを扱ったSFなんかを日本の作家も書いていたりするのですよ? 世界は同じ世界、同じ文明、そして同じような人間を繰り返し、繰り返す。だからオーパーツがあるのだ。という主張なのです」
完全否定はできはしないが、惑星の活動限界があるので、実際これはあり得ないのだが、いまだに人間は神が作ったと考える連中もいるくらいなので、人間という物は理屈だけではままならないのである。
「だから、このアオイとエリバーのやりとりに関しては容易に結論できないとマフは言うんだな? 普通に考えれば、結末前から始まって、エリバーが昨日の未来へと向かうまでを情景別に語っているように思うのだけど、マフはそう考えるのは早々だって言いたいんだよな?」
理央はマフデトのプライドを損なわないように、しつつ話を誘導していく。うんうんと、理央は一見すると同い年に見えるが、どうも幼いマフデトに話をさせていく。
「この作品の通の楽しみ方の一つは、逆ルートなのです。後編から前編という読み方なのですよ。これは短編だからこそできる。楽しみ方と言ってもいいのです。分かるのですか? 後編から、前編だと本作のアオイの決意と、心の痛さを知った上で、彼女の物語を追想できるのです。前編は前編として一つの物語としての結を持っているので、もしかすると考えられてこの構成になっているのかもしれねーです」
この作品の作り方は割と様々なジャンルで使われていたりする。某有名なミステリー作家は、犯罪者の犯罪の結果から始まり、そのルートを探偵に相当する主人公が追想する作りになっている。逆に言えば、結末から読んでいくと、普通の推理小説になるのだ。
しかし、こればかりは流石の理央も心から驚いた。数多の作品を読み込んできたマフデトだからできる作品の楽しみ方である。
「へぇ、初めてマフをおもしれー奴だと思った」
と正直な言葉を述べさせてしまう程度には……
「前編、後編だと単純に感情移入してしまうのですよ! あぁ、いい話しだなぁという感じなのですね。が、後編、前編だと、所謂同化。作品への深い考察をしてしまうのです。そこを踏まえてもう一度読み直していくのですよ!」
とマフデトが提案したところで……理央はマフデトに言った。
「マフさ、俺の姉ちゃんもさ。アマチュアで小説とか多分書いてるんだよな。一回俺の家遊びに来るか? もしかしたら話あうかもしんねーからさ」
マフデトは理央の家に遊びにいくという事に瞳を猫みたいにしながら喜んでいたが、少しばかり怪訝なことがあった。
「ちなみに理央の姉君とはなんという名前なのですか?」
「俺の姉ちゃん? 理穂子だぜ」
その名前を聞いてマフデトは青い顔をする。そう、理央の苗字は茜ヶ崎、そっしてその姉の名前は……理穂子。数時間前まで語っていた。
「てめー! やっぱあの理穂子の弟じゃねーですか! てめーの家になんかいくわけねーのですよ! 理穂子はイカれてやがるので、すぐに私の事をぶん殴るのです!」
「ねーちゃんそんなことしねーって!」
理央の中では自分の姉はとても優しいとマフデトを諭すが、マフデトの知る一覧台学園文芸部の茜ヶ崎理穂子はとても凶暴なのだ。
自分の頭についている王冠の位置を動かしてくる一人である。
「だから……私の働く古書店『ふしぎのくに』に理央が遊びに来るのです。神保町のパン屋さんの近くに店を構えているのですよ」
マフデトのお誘いに理央は少し考えてから、微笑んだ。それは邪気なき微笑み。そしてスマートフォンを見せる。
「いいじゃん! 『エルフの水 その海いずこもつなぐ 著・王立魔法学園書記官』みたいなおもしれぇ作品教えてくれよな!」
「同じ作者の別作品もおもしれぇのです」
バスはようやく学校にたどり着く。課外授業は終わりを告げた。
『エルフの水 その海いずこもつなぐ 著・王立魔法学園書記官』本作は短編としてほぼ完成していると言って過言ではないのです。実のところ、作品を読み終えて理解できなかったとしてもそれはそれで一つの解じゃないかとすら思える。なんとも面白いつくりなのです。一度、寝る前に楽しんでみてはいかがなのです?




