ぶっ飛んでいる作品の楽しみ方
トントントントン!
そんな包丁の音を聞いてマフデトは目を覚ます。仮眠所から出て母屋の台所を見ると、ギャルジャージに身を包んだシーサーが朝食の準備をしていた。どうやらスパムおにぎりを作っているらしい。
「おはようなのですよ!」
「まーふー! はいさー」
昨晩どうやって罠から抜け出したのかは知らないが、今から店舗営業前の朝活の時間でもある。母屋のテーブル席の椅子を引いてマフデトはスマホを開く。
「金か、師匠ちゃんの勉強を受けてるので金は力というイメージがつえーのですけど、確かに一般的に金に執着があるやつはみっともない、金儲けばかりしてる奴は良いイメージがねーのですよね」
ちなみに、その師匠ちゃん、財布を持っていない。スマホケースに裸銭数万入れ、小銭は持たない。基本買い物はスマホ決済かクレジットカード、どうしても現金しか使えない時にのみ現金で支払うらしい。その方がお金が貯まるとかなんとか。
「金貸しに絡む正義の味方って構図は時代劇でもあるさー、ルードヴィヒもねー、これ金貸しからすると商売上がったりよねー」
「まぁ、クソヤベェ利子ふっかけてはきてるのでどっちもどっちなのですよ。というか時代劇もそうなのですけど、物語の展開すすめやすいのですよ。この金返せ、返さない、借金のかたに娘をーって展開はなのですよ。いい奴であるルードヴィヒはどうにか店を立て直そうと手伝ってくれるだけ、まだあの印籠見せてパワープレイする爺より遥かに合理的なのですよ」
圧力鍋という画期的な道具を使って調理の時短を手伝おうと言う流れである。本作がドイツ風の作品であり圧力鍋は大体300年くらい前には存在していたのではあるが、恐らくこの道具は我々の時代水準の道具と思える。
が、一点圧力鍋の弱点が本作では少し漏れているのでここは指摘しておこう。圧力鍋はその名の通り鍋の中の圧力を上げて調理するワケだが、30分程度で料理は出来上がるが、その瞬間は味が相当薄い。そこから少し放置してようやく味が染み渡ってくる。もちろん。ヤスミーネの作る料理が相当美味しくないのか、この世界観の味付けがヨーロッパ相当に塩のみとかかもしれないので一概には言えないが、圧力鍋の作り立ては味が薄い。
もちろん、先に作って客に出すので問題はないのだろうが、圧力鍋のマメを記載しておこう。
「しかし、ルードヴィヒはテンプレにモテやがるのですよ。なんというか、時代劇の日本みてーな世界観なのですよ」
「そーねー。ルードヴィヒじゃなくてもヤクザが騎士に喧嘩を売るとえらい事になるさー」
当方、ここで一つ面白いというぶっ飛んでるなと思えるシーンが意外にもヤクザのジェラルド氏が平気でハラリエルを刺し殺そうとした事である。ヤクザは脅しに意味があり、意外にも実際の傷害行為は敬遠しがちな傾向にある。何故なら、連中の行為は基本役である。脅す、成功する。見舞金やらの徴収で終了。脅す、失敗する。覚えてろよカモにできないのでさっさと撤退。
「ジェラルドのやつ、ヒットマンの素質ありまくりなのですよ。ここはルードヴィヒがやってみろ! とか言っても逆に脅しても面白かったのですよね。というか、騎士相手に喧嘩を売ってしまうヤクザ、やっちまったのですね」
しばらく静かに読んでいたマフデトは、今回の紹介がぶっ飛んでいる作品という事だったのだが……
「これ日本の話だろ! なのですよ!」
A級冒険者の用心棒がヤクザについている時代劇の一シーンかと思いきや、まさかの燕返しなる剣術。虎斬りの事と思われるが、切断することを目的とした日本刀の技としてしか意味がないので、このA級冒険者もまた剣客なんだろう。久々にこういう何がなんでもやってやろうという清々しい作品は最近稀で面白い。
「バーコードという言葉が平気で出て来てるねー」
「昔々の携帯小説時代というか、昔の時代劇みてーなのですよ」
作品設定や世界観からしてバーコードという物は恐らく存在しないだろう。読者に向けてという事なのだが、逐一突っ込むべきなのか実に面白い。
よく、異世界にサツマイモという物を出して叩かれる作品があったりするが、昔の時代劇なんかよく見ると、トラックのタイヤ痕とかあったりするので、そこはご愛嬌というところなんだろう。
が、今回はぶっ飛んだ作品紹介なので、どんどん突っ込んでいこうと思う。
個人的に素晴らしいと思う点をまた上げたい。
血の兄弟団という頭痛が痛いみたいな頭の悪そうな名前のヤクザへの沙汰の渡し方だが、善行をする限り生きながらえれるという点である。悪人といえど、このバーコードハゲの影響力はかなりの物だろうから、こいつを働きかけさせる方が、結果周辺地域はより開け潤うことだろう。
「ふぅ、なんだか少し疲れてきたのですよ。こんなに情報過多になったのは、アヌ兄様とジャイアントロボを観た時くらいなのです」
興味があれば、地球が静止した日という映画を見てほしい。
終始、えー! という声が出ることだろう。とにかくぶっ飛んでいる。
「でも、ちゃんと物語の方向性はあるからサクサク進むさねー」
「いやぁ、もう私もそれがびっくりなのですよ。1千万円とか出てきても私も驚かなくなってきたのです。むしろ、七万ユーロとかにしない分かりやすい美学すら感じるのです。金の先払い、師匠ちゃんみたいな事してるのですよルードヴィヒ、やっぱこいつ日本人なんじゃねーのですか」
ここで少し豆知識を語ろうと思う。
ルードヴィヒが詠唱するときに、エロイムエッサイムという文言を述べる。悪魔くんやら、エコエコアザラクやらでよく聞くフレーズで、下手すれば日本人の一番よく知る詠唱かもしれないが、これ、ヘブライ語で神様、仏様、お願いします! 的な事を言っており、絶対にないと思うが、深読みしすぎるとルードヴィヒは神頼み民族、日本人じゃねーのかというマフデトさんの言葉を裏付けできなくもない。
「出生まで何故か日本の貴族のようねー」
「こうなると、ルードヴィヒは日本人の末裔という筋で読んで行った方がおもしれーかもしれねーのですよ。光と闇を同時に扱うのも日本人だけなのですからね」
中国の鬼門遁甲からはじまった宿曜道、から陰陽道という物が生まれ日本ならではである。悪しき物を調伏するのに悪しきものの力を使おう的な。
6つの属性を使えるルードヴィヒ、五芒と裏五芒のダビデの星といったところか?
「この、普通の言葉を話してるのに、心の声は方言ってなんかじわじわくるのですよ。ちなみにもう私はジャーマンポテトくらいでは驚かねーのです」
「たまに大事な部分を読み落としてもう一回読む羽目になるねー」
そう、面白い。何度でも言おう。こういうWeb小説が本当に最近減ったと思われる。別の所が気になって物語の大事な部分を読み落としてしまいこれどういう事だっけと読み返してしまう。
あーそういう事か、と思いながらもツボった所を再び読んで思わずニヤリなわけだ。本作、文章力や表現力はっきりいってまだまだ今後を期待な部分も多いが、それ以上に魅力的な世界観を楽しめる。
「五芒星出てきたのですよー。魔法の祖であり、陰陽術もこれをまねてるのです。にしてもルードヴィヒ、達観し過ぎなのですよ。正直、まだ親に甘えても許される歳なのです」
「まーふー……」
「言うななのですよ」
十七世紀頃にいたドイツ厨二病軍団、薔薇十字団がそのままの名称で登場するのだ。要するに昨今で言えばイギリスの黄金の夜明け団。
超心理学に陶酔してそれらを信仰する海外初の厨二病の連中である。
総帥ローゼンクロイツなるもう日本人の厨二心をくすぐる名称もあいまって超有名なので説明は不要かもしれないが……
「比較的、政治的なシーンは至って普通で説明的文章とも作風が合うので、いきなりこんなまともなシーンが始まると頭がバグりそうになるのですよ。だが、それがいい! というやつなのですね」
当方でも編集関係の人間から文章が説明的すぎるとお叱りを受けることが多々あるが、比較的激重のハイファンタジーなどはこれに相当する。一例を挙げると封神演義なのであるが、逐一説明を読んでいかないと内容の理解ができない為、マッチしているのだ。本作でもそうだが、政治や情勢を知るのは世界観を知る新聞のような役割があるので、そこはやはり説明文章でなければ多くの情報を処理するのは難しいだろう。
おそらく本作の作者さんはできる限り全ての描写を理解してもらおうとこんな感じで描かれているのだろうが、ルードヴィヒを中心とした話とのギャップが中々に強烈な印象を与えてくれる。
「そろそろ秋文が店にきそうなので、なんかお菓子でも買いに行くのですよ! 付き合うのです?」
「まーふーとデート?」
「ちげーのですよ、頭沸いてるのですか?」
店舗も開店しながらとなるので、簡単に本棚に叩きをかけて、売れもしないようなどこにでもある本達を前だし、今月は歴史ミステリーフェアという誰得なんだろうという作品を置いていく。大分前に人気を博したダヴィンチコードを前だししてマフデトは古書店『ふしぎのくに』の鍵を閉める。外出中の看板を出しておいてがまぐちを持つとマフデトはコートを羽織る。
「よし! 準びオーケーなのですよ! スケープボーイまで駄菓子を買いに行くのです」
「駄菓子屋さんなんてあるのー?」
「東京なんめな! なのですよ!」
ザ・駄菓子屋に向かって歩くマフデトとシーサー、その間も『双剣のルード ~剣聖と大賢者の孫は俊傑な優男だが世間知らずのいなかもの~』を読みながらその話をする為にお互いスマホの画面は先ほどまでと変わらないまま、自然に手を繋いで目的地へと向かった。
「テメェ好きな駄菓子あるのですか?」
「こざくら餅が好きよー」
「わかってやがるのですよ!」
『双剣のルード ~剣聖と大賢者の孫は俊傑な優男だが世間知らずのいなかもの~』本作の楽しみ方が幅広すぎて二周目を読んでより色々出てくるのですよ。むしろ、小説を書き始めた頃の楽しさと言うのは本作から思い出すことができるのかもしれないのです。まだまだ続くのですよ!




