第二話 『すべてが白になる 著・平中なごん』子牛と戯れなから
最近、一番下っ端としていろんな仕事を回される私なのですが、ブラックすぎるのですよ。労働時間=起きている時間ってマジでヤベェところに来てしまったのです。それをセシャト姉様は余裕でこなしていたというのが驚き以外の何者でもないのですよ。
「うしさんの赤ちゃーん! 可愛いのです!」
ぴょんぴょん飛び跳ねてミルクを与える体験に目を輝かせるマフデト。それを見てマフデトが通っている中学の女教師はその様子を見てこういった。
「眼福ね。この学校にきてよかった事は、可愛いショタがいることくらいです」
「先生、流石に教育者としてそれはどうなんですか?」
高柳麗子。
マフデトの担任、時折マフデトを呼び出しては学校に慣れたか? などのマインドケアを名目に美少年であるマフデトと二人っきりになる職権濫用を行使するダメ教師。
そして、そんな麗子の悪癖を突っ込むクラス委員の棚田アリア。呆れながらにそう言うので、麗子はこういった。
「アリアさん。貴女には分からないのよ。秋文くんや一二三くんといつも一緒にいる貴女にはね」
中学生女子に嫉妬する、女子教諭とはどうなのかとアリアはため息を吐いた。
「先生様! 牛さんの赤ちゃんと写真撮って欲しいのですよ!」
マフデトがそう言うので、合法的に写真が撮れると思った麗子は喜んでそこに向かおうとしてアリアが代わりにパチンと指を鳴らした。
そう、彼女は重工棚田の会長令嬢にして社長の妹。要するに財閥の姫である。
「マフデトくん。あんな変態に依頼しなくてもいいわよ」
専属のカメラマンによりマフデトを写真撮影させる。マフデトはそんなアリアに笑顔を見せた。
「ありがとうなのです! 白と黒で牛さんは可愛いのですよ」
「それにしても本当にマフデトさんが、セシャトさんの代わりなの?」
ベンチに座るとマフデトはうなづいた。
「当然なのです。じゃあ何か一つ話でもするのですよ。白と黒なので、『すべてが白になる 著・平中なごん』黒づくめで行ってはならない場所というお話なのですね」
「そもそも、黒づくめってファッションとして中々なくないかしら?」
そう、実は中々ない。葬式帰りが、ファッションセンスが絶望的に崩壊しているオタクくらいだろう。
「本作はユーチューバーの生放送、或いは撮影をしているリアルタイムで語られていく作品なのです。黒づくめという表現がおそらく黒い服ということなのですよ。白のブレザーに身を包んだ学生とあるのです。そんな事より、本作の不気味さの特筆点は、人が普通に存在しているところなのですよ」
都市伝説の不思議な場所とは、基本人のいない場所を指す事が多いが、本作は作中で実在する場所で展開されていくのである。
「これ……白タクって……」
「確かにここはいらねーのですね。流石に私も吹き出したのですよ。白タクは通常ナンバーの違法タクシーというだけであって白色関係ねーですからね。とりあえず無視して読み進めるのですよ」
実際、黒や白、原色という物は視覚的には落ち着かない。お店で出している物も徹底して白い。
「ホワイトチョコレートのガトーショコラ。ここまでくると、何かの信念すら感じさせる街ね。宗教的意味合いとか?」
「チョコレート好きには精神的に堪える街なのですよ。そう、主人公のユーチューバーも何か徹底した町おこしなんじゃないかと疑い始めているのですよ」
そしてようやく不気味さを感じさせる展開に突入するのだが、この牧場ネタにもなり得て、マフデトが大好きな飲み物に勝手に変えられる。
「ブラックコーヒーを頼むと、ホットミルクになって返ってきたのですよ! 何という素晴らしい店で隠語なのです!」
「いやいや、完全なオーダーミスか、詐欺よ。実際、淹れると白いコーヒー豆は存在するのだから、無糖の事をブラックと言うならそれ出せばいいじゃない」
アリアの当然のツッコミにマフデトは片目を閉じて面倒臭そうに語る。
「まぁ、ブラックがメニューにないという可能性だってあるのですよ。徹底して白を貫いているのですから、ブラックという言葉すらそこでは存在しないのかもしれねーです。ほら、白い石膏像があちらこちらにあるのですよ。この時点で不穏な空気を感じるのです」
白い街なのだから、そういう物があってもおかしくないと思うのが普通の読者。そして、読書を大量にしてきたマフデトや、アリアからすると……
「江戸川乱歩の地獄の道化師を彷彿させるわね……多分、そうなんでしょうけど……ここどういうルールで動いているのか、の方が気になって仕方がないわね。いきなり不思議な事が起きたわね……カラスがアルビノでもないのに、勝手に白くなったわ」
そう、この作品において、不思議な事がようやく起きる。説明できないような現象だったのである。ユーチューバーは目の前で黒いカラスが白くなる様子を見た。いきなりヒッチコックや星新一のような世界観に変わるのだ。
「どうなのです? 起承転結の転が、中々に本作は興味深いのですよ! ここまでくると、最終話は絶対に開きたくなるのです? 違いますか?」
そういう風に思わせる作品という物は、構成と仕掛けが上手い。色んな小説を読んできた人間が、ここでファンタジックになるんだと驚くのだ。
「マフデトくん、これって……ちょっと思ったのだけれど、ある種、最近のユーチューバーの行動に対するアンチテーゼ的な意味合いもあるのかもしれないわね。死ぬってわかってて毒キノコ食べたユーチューバーいたじゃない……この主人公もそっち系よね? 再生数と、広告収入と命を天秤にかけられなかった。みたいな?」
アリアの言っている事に関して、マフデトも少し考えるところがあった。実際に黒い物は書き換えられるという状況を目の当たりにして、主人公は自分の心配ではなく、現象撮影を視聴者に信じてもらえない事を心配しているのだ。
十分に再生数中毒と言える状況だった。
「クリスの妹。アリアに聞きたいのですが、動いている車の色を変える合成って難しいのです?」
「実のところ、そんなに難しくはないわね。少し知識があればちょっとしたツールの応用で簡単にできるわよ」
この場合は生放送で変わる瞬間を放送するのが一番なのだろう。人工的天才であるアリアがマフデトにそう言うので、マフデトは何と夢のない話をこの少女は言うのかと思いながら話を続ける。
「ようやく主人公、目的も達して冷静に考えると事の重大さに気づくのですよ。予想する最悪の状況。そしてそれからの脱出が可能なのか……なのですね」
最後の最後で主人公はこの街の名前が現在自分の置かれている環境。と合致している事を知る。
「最後まで読むと、これは完全に星新一的なストーリーなのね。マフデトさん。よくこんな作品見つけてきたわね」
「中々に面白かったでしょ? アリアでも気にいると思ったのですよ」
結構な作品数を読んできたアリア。そんなアリアを楽しませる為にマフデトがわざわざ調べてきてくれたことに少しばかりアリアは嬉しくなる。
「そんな風に言われると、悪い気はしないわね。文章も読みやすいし、導入もオチも悪くないと思うのよ。うん、とても面白いお話ね……それにこの作品大きな疑問を残して結末に至るのもいいわね」
そう、この作品は非常に目の付け所も良い、そして面白い。が故に実はすごい気になる事がある。
「……これって白に挟まれるのか、或いは同一関係の物に挟まれるかによって見えてくる世界が違うのですよね」
本来、このオセロルールが適用されるのであれば、主人公は喫茶店の時点で何らかの白の変化を受けていなければおかしいのである。が、その変化が起きていないということは、上下の席に座っていた人は白以外の服を着ていた。そして飲み物だけが変化していたという事が予測される。
となると、単純に白に挟まれる事がイベントの発生要因ではない。が、ハトとカラス。別種ではあるけどジャンルが同じものではイベントが起きる。要するに、この街には白髪の人がほぼいないという事も見えてくるのである。
「まぁ、アリアが何を考えているか、余裕でわかるのですよ……ビジネスなのですね?」
「そうね。白に染めるとか、白い何かが必要な時、ここへの運送費だけで、オートで白くできるじゃない。そう考えるとこのオセロは面白いわね」
はぁとマフデトはため息をつき、自動販売機にて販売されている牛乳を購入するとアリアにも一つ渡した。
「ややコメディを感じさせるヒッチコックらしさと、少しだけ恐怖を煽る本作において、なぜそうなるか、よりもそのイベントを活用しようと思うのは、てめーがデザインチャイルドだからなのかも知れねーですね……どん引きなのですよ」
「あら、マフデトくん。古書店『ふしぎのくに』の住人なのに随分な言い方をするのね?」
マフデトはどちらかといえば結構、人に対して当たりは強い。というか人類は大嫌いなのである。今すぐに滅びを願うくらいには嫌い。
「当然なのです。下手に出てたらやってられねーから私みたいなのが呼ばれるのです! そんな事より、まだ時間があるので、牛さんの乳搾り体験にいくのですよ!」
嬉しそうに巨大なホルンスタインを指差して言うマフデト。ホルンスタインを白に染まる街へと連れていけば、一体どうなるのだろうかと、アリアは思いながら、可愛らしく牛乳をストローで吸っているマフデトの後ろをついていく。マフデトのお世話がかりを自ら言い出る少女達を横目に、彼女らを見て鼻でフンと笑いながら、このマフデト。中々に我が強い、だが作品の楽しみ方はあのセシャトさんと一寸も変わらない。それが何故か同じ中学に編入してきているのだ。それにはアリアの兄。かつて、古書店『ふしぎのくに』に牙剥き、そしてやり直すきっかけを与えてくれたのも彼、マフデトなのである。あの棚田クリスをしてマフデトを友人と言わしめた。
彼そのものがオセロのように人の色を変えてしまうのかと興味がつきない。
『すべてが白になる 著・平中なごん』今回の短編はミステリーなのです。私の中では推理小説よりもこういう不思議なことが起こる作品の方がミステリーだと思っているのです。全てが白になる。オセロは日本生まれのゲームなので、この街があるからゲームが構想されたとか思うと胸熱なのですよ!




