オメガバースという考え方もある。BLとはここまで進化した
「マフデト、ハンバーグプレートお待たせぃ!」
「待ってたのですよ大友! 今日はいやに繁盛してやがるのですね。今日は『堕ちた神父と血の接吻 ― Die Geschichte des Vampirs ― 著・譚月遊生季』なのですね。これ、盗賊ヴィルが意外としたたかな男なのですよ」
本作において、一番願いが叶っているのがヴィルであると言っても過言ではないだろう。失う物が少ないという意味もあるのだろうが、本作にある通り野生、ケダモノのように寝て食べて排泄する事で生を実感できるのであるから比例して幸福値も高い。
そしてこのヴィルもまたややメンヘラとM気質がある。
そして、ドライな読み手であるマフデトは本作においての一つのアンサーをチーズインハンバーグを大きく切り分けて大きく口を開けて食べながら言った。
「一生二人でやってなさい! って奴なのですよ! まぁ、そういうわけにもいかねーのですけどね」
どこぞの外国の少年が見た目に対して流暢な日本語で口がやや悪いという眼福な状況、そして彼は古書店『ふしぎのくに』セシャトさんと二枚看板の店主マフデト。作品のテラーとしても活躍している。
「コンラートのやつはまぁ、わかるのですよ。吸血鬼って暑いより寒い方が強そうなのです。でもヴィルのやつ超人なのです。ドイツの冬、クソさみーってトト兄様が言ってたのです」
本当にクソ寒いです。日本の冬はそうですね。向こうの秋くらいです。普通にドイツの冬は死ねるくらいの寒さです。平気で氷点下20℃を下回り、工場にある巨大冷凍庫みたいな気温です。北海道ではオホーツクに面した方くらいの普通の人間にはなかなかパンチの効いた気候であると説明しておきましょう。
実際、浮浪者はどこの国にもいて、どうにかして寒さを和らげ1日を生きてきたわけで、人間である以上限界値はあろうが、ヴィルがそれなりに低気温による耐性がある事はそういった兼ね合いだと思うとなんともやりきれない気持ちになる。
「不思議な事にホームレスは暖の取り方と安全に眠れる寝床をいくつか持っている物だからな。屋根があり、神父もいる今のヴィルからすればそこは都環境なのかもしれんがな」
中高生は残念ながら退店し、ディナータイムに間に合った社会人OL層と入れ替わり、店は満席を継続していた。木人は器用にフライパンを上下させて注文が入った料理を作っていく。
「私が注目したいポイントはコンラートのやつはしっかりと祈りに行くところなのです。人間って連中の習慣は60日続けると、習慣化すると言われてるのですよ。長い間教会で修行しただけあって、コンラートは神父としての役割を全うしてるのですよ。にしても、コンラートは教える側というプライドが強いのか、知らない事を学ぶという事にコンプレックスでもあるのですか?」
口の周りをグレイビーソースで汚しているマフデトは近くにいる女性客に口を拭いてもらいそう話すので、ここは店の店長として汐緒が一言と思った時。
「いやぁ、あれっすよマフデト君。ヴィルに教える側は自分で、ヴィルはあくまで教わる側でいて欲しいんすよ。じゃないと、もうコンラート神父は何も残らないっすからね。要するに、仲間に入れて! って言えない小さい子みたいなもんっすよ。でも、キャンプ知識に興味を持つコンラート神父も愛らしくねーっすか?」
コンラート神父、いちいち可愛いところが見え隠れする。木人的に言えば役が乗るというやつだ。そういう部分もヴィルが愛でたくなるところなのかもしれない。
今までは、コンラートとヴィルのいちゃつく日常を読まされてきたのだが、ここにきてようやく新キャラ登場、というか新展開となる。
店長としてここは主導権を取り戻そうと汐緒がいの一番に話し出す。
「モントラム狩と言えばエクソシストが登場かや、あちきもこの日本版によく追いかけ回されたものでありんすな。連中は押せば引く、引けば押す。ヴィルの心配の通り、化け物を滅ぼす術をいやらしいくらいに知っているでありんすよ」
「この作品においての吸血鬼は私達が知っている不死身とはニュアンスが違っている事は分かったのですよ。隣人を愛せとは言いつつ異端排除とは何処までも宗教って奴は矛盾してるのです」
我々が知っている吸血鬼とは杭を打てば死ぬ、太陽の光で死ぬ、ニンニクで死ぬ、十字架で死ぬ、首を落とせば死ぬ、銀の弾丸で撃たれたら死ぬ。
あれ? 吸血鬼不死身じゃなくね? みたいな認識なので実はコンラートは韻を踏んでいるのだが、よりリアルに生命として考えるとやたら頑丈で治癒力が高く吸血を好む人間の別種、物語的な差別用語を使えば亜人という事なんだろう。
そして、この亜人種という事であればヴィルの願いは叶うかもしれない。これは後述する。
それでは蘊蓄二人組の説明に移りたい。
「まぁ、あれっすよ。マフデトくん。隣人というのは本来の教えでは異端の事を意味しているんすけど、宗教の現在の目的は金儲けなので同じ宗派じゃないと金にならねーんすよ。日本人は宗教関係なしにお賽銭入れるっすけど、外国はそうじゃねーっすからね。まぁ、不思議な事に日本の神社にきたらキリスト教徒もイスラム教徒もお祭りか何かだと思って賽銭箱に銭投げる姿を拝める不思議な国っすけど、なので隣人というのは見知った奴の事っすね。同じ神を信じると言ってもコンラート神父は異端なので、隣人じゃないという超理論が宗教では普通にまかり通るっす。あと自分が思うに、ダムダム弾であればコンラート神父を殺れると思うんすけど、おそらくエクソシストの対吸血鬼用の武器は榴散弾っすね」
銀の弾丸のイメージは毒を見破るなどの聖なるイメージがあるわけだが、アレルギー反応が起こりにくい銀より、体の内部から中毒症状で破壊してしまう鉛の方が実質生命には絶大な効果ある。またダムダム弾の使用でより人体に大きなダメージを与える。海外では少し前まで猛獣狩りにも使われていたので、このあたりが妥当と思えるのだが、本作の時代背景を考えるとダムダム弾はあと百年くらい経たないと存在しない。
となると殺傷能力が極めて高いこの時代の銃弾となれば榴散弾あたりが妥当だろうと考えられる。
実際そこまで本作のエクソシスト装備について詳細に説明されている描写はないが、補足という意味で語っておこう。
お待たせしました。これよりBL考察のお時間です。
「マフデト坊ちゃま。ご機嫌麗しゅう。クリス総帥のところのメジェドです」
「そういえば、テメェ、クリスのところにいた奴なのですね。噂通りのBL好きのカラクリなのですね。本作で何か気づいた事はあるのですか?」
パチパチと目を何度か瞑りメジェドはこう発言した。
「コンラート神父は妊娠できるかもしれません」
その言葉に店内の女性客は、なるほどと頷き、大友とマフデトは目が点になる。
「テメェは馬鹿な機械なのですか? 男は妊娠できねーのですよ」
男の体から出産したという事実は現実にもあるにはあるが、受精させた物を移したに過ぎず、妊娠機能は現在男性には備わっていない。割愛するが、実はそれらしき機能が備わっていた形跡は男性の人体にはあるらしい。
そんなところから海外の腐ったお姉様やお嬢様が考えたとても崇高なのか、呆れそうになるのかとある考え方がある。
「オメガバースでございます。コンラート神父は第三、あるいは第四の性別種に亞人になった事で変化している可能性があります」
「なるほどでありんすな。吸血鬼になるという事は出産できる身体になったと言いたいかや?」
「はい、汐緒店長。お赤飯を炊く頃合いです」
メジェドの冗談に店内に笑いが渦巻く。そんな店内の空気に反して、汐緒の朗読は一つ、店内の温度を下げた。
ついに人を殺めてしまった。人ならざる者になっても、業を重ねてもコンラートは神父であろうとした。されど、ついに一線を越え神父という尊い立場である自分すらも損なった。
そんなコンラートの憎悪を代行するように、少しばかりの妖力を言の葉にのせて汐緒が読み込む。
ゾクゾクと皆が楽しんだところで、汐緒は顔を上げる。
「お嬢様方、ここで一度、禁断の果実でもいかがでありんすか?」
桃を丸ごと一つ使ったチーズケーキ。セシャトさんおすすめのスイーツを汐緒は準備していた。半分に切った桃、その種をくり抜いて作っていたレアチーズを入れて、周りをゼラチンで固めてできる簡単なケーキ。
お客さんの一人が言った。
「あれ? 禁断の果実って林檎じゃなかったの?」
「桃はペルシャの林檎って言われてるのですよ。それにネクタル。神々の飲み物と同じ名前の桃がドイツにはあるのですよ。だから桃を選んだんじゃねーですか? 私は焼きリンゴが食いたかったのですよ!」
そう言って大口を開けて桃のチーズケーキを頬張るマフデト。どこに行っても生意気な彼に汐緒は微笑むとこう言った。
「さすがはふしぎのくにの店主かや! 只今より、バータイムの本格的な時間でありんすな? 大友くんは労基の問題で上がってください。代わりのバーテンダーも呼んでいるの、木人ちゃんと夜のヘルプにどんどん注文をよろしくでありんすよ!」
店内の女性客の残念がる声の中、大友は手を振ってブックカフェ『ふしぎのくに』を後にする。大友の代わりに誰がやってくるのかと思った時、ピョコっと顔を出した青年。
「ヒーローは遅れてやってくるやー! ワシ、参上!」
犬の耳みたいな癖毛をした目の細い青年がやってくる。その姿を見て、猫みたいな目でテンションを上げているのはマフデトのみ、他の女性は客は全員。
“誰だこいつ!“
という顔の中、マフデトが叫ぶ。
「アヌ兄様なのですよ! どうして東京にいるのですか! わーい! アヌ兄様、今日は私の店に泊まっていくといいのですよ!」
女性客のアヌとマフデトを見る目が変わる。そしてそれを見た汐緒は人選は成功したと頷き、次に読むページをタップした。
『堕ちた神父と血の接吻 ― Die Geschichte des Vampirs ― 著・譚月遊生季』さて、当方女性陣による感想をメインとした中で、男性陣からも様々な意見が飛び交いました。露骨に子供を欲するヴィルからして、コンラート神父はα型かω型に吸血鬼という形で変貌したのだろうと話されていました。されて、二人の堕ちゆく獣達の運命はどうなっていくんでしょうね? 6月、獣の月も後半分ですが、皆さんで楽しみましょうね! けい、おーす! なんちゃって^^




